百合の君(105)
改修された煤又原城は地上六階隠し階一階、小山を覆い尽くすその曲輪はまるで木片に生えた黴、小さな雌に乗っかるだんごむし、穂乃はなぜかその超巨大な城に、あるいはそれが巨大すぎるためか、かえって小さなものを連想した。黒い大きな門は厳めしく、屋根瓦の紋章が穂乃を見下ろしていた。
「養子をとったというのは、本当ですか?」
「本当だ」
義郎は事もなげに答えた。
「なぜです?」
「跡取りが必要だと言っただろう」
「それは珊瑚殿に」「するとは言っていない」
ここで腹を立てる事は自分の誓いに背くことだが、穂乃はそれに気づかなかった。
「でもなぜ実子がいながら、養子が必要なのです?」
穂乃はあくまで、度重なる義郎の裏切りに怒っているつもりだ。
「考えてもみよ、このまま出海を滅ぼしたらその後はどうなる? 木怒山の、ただ真面目なだけが取り柄のつまらぬ息子を跡取りにせねばならぬではないか。私は天蔵と初めて会った時、やっと私に必要なものが揃ったと思った。
あやつは戦が楽しいと言う。ただ戦うために戦っているのだと。あやつが跡取りになれば、私が年を取っても、喜林の敵と戦いその力を示し続けるだろう。そしてもし私が出海に敗れたとしても、私の養子と実子が戦い続ける。
これほど愉快なことはないではないか」
愉快と言いながら、義郎は笑ってはいなかった。
「その天蔵とやらはどこにいるのです? 会わせてください」
「会ってどうする?」
「ただ話がしたいだけです」
「それはできない」
「なぜです?」
「木怒山に預けているからだ。あやつは若い頃の私の師範だからな」
「蟻螂、そんな家族があなたの望みなのですか?」
「お前があのとき浪親殿を否定してさえいれば、こうはならなかった」
義郎は再び捕虜の少年と同じ、初めて会った時と同じ、怯えた孤児の瞳をした。義郎の言う通り、それを甘やかしてやりさえすれば、状況はもう少し良かったのかもしれない。しかし、そうすることがこの孤独な男のためとは思えなかった。そして何より、穂乃の性に合わなかった。
「いいえ、私は関係ありません」
義郎は目を伏せたが、それは一瞬だった。
「そうだな、これが私の望む家族であり、願う天下だ」
向けられた赤い瞳に、穂乃は精いっぱいにらみ返した。城の最上階では、雌を呼ぶ鳥のさえずりも遠かった。
「そんな天下、私が滅ぼしてみせます」
「そうか、では、私に力を見せてみろ」
笑い出した義郎に、穂乃は平手を放った。が、その手首は容赦なく掴まれた。血管が浮き出て、破裂しそうだ。
「こんな力で、私に敵うとでも思っているのか?」
義郎はやっと手を離した。
「私の力は、腕力ではありません」
穂乃は踵を返した。
「私には、できることがまだまだあるのですから」
もうそれは、義郎に向けた言葉ではなかった。冷たい新築の煤又原城を出ると、穂乃は百合隊のある真津太に帰った。
百合の君(105)