百合の君(100)
日はすでに高かったが、吐く息は白かった。守隆が兵に号令をかけようとした時、遠くから地響きが迫って来るのに気付いた。
「喜林か?」
「はい、その数、約一万!」
思ったより早かったが仕方ない。守隆は兵に命じて園を捕らえた。
「喜林の兵に告ぐ、我々は百鳥望公が嫡男、百鳥園を人質にしている! 人質の命が惜しければ、退けぃ!」
しかし返答は、意外なものだった。
「百鳥公は国境で討ち死にされた。人質は勝手に処分されよ」
喜林軍が城を取り囲んでいた百姓達の外郭を襲い始めたらしく、叫び声が聞こえて来た。寄せる波のように、百姓達にパニックが伝染する。園も守隆の腕のなかで暴れた。臭い髪の毛が鼻先に迫って来て、腕に涙か涎か知れぬ液体が垂れた。
「なぜ、わらひは何もひていないのに! これではまるでケダモノだ」
「ケダモノだろうがなんだろうが、これが現実だ。お前のおかげでみんな助かると思ったんだがな」
守隆が解放した途端、百姓たちは園に詰め寄った。
「てめえがお城に行こうなんて言うからこうなったんだ!」
「なにが平和の使者だ!」
園は「はっ」とか「あっ」とか言葉にならぬ声を発し、へっぴり腰になって逃げようか説得しようか決めかねている様子だったが、決めきる前に一発目の拳が頬に届いた。園は酔っ払いのようによろけ、懐から何かを落とした。よく見ると義歯のようだ。なんだ、持っていたのか、守隆がそう思う間もなく、一人の百姓がそれを拾ってメリケンサックのように装着し、園を殴った。
ほう。
人間とは不思議なもので、こういう危機的状況の中で、どうでもいい些末な事に気付いたりする。守隆は、城を囲む百姓を見て最初に感じた違和感の正体に、やっと気が付いた。反戦を唱える彼らの瞳が、戦に興奮した足軽とそっくりだったのだ。
守隆の脳は、瞬時にその理由を探った。人は単調な毎日にいつまでも耐えられるものではない。非日常のお祭りが必要だ。そしてそのお祭りは、戦でもよいし、戦に反対して城を囲むという行為でもよいし、またさっきまでの指導者を私刑にかけるということでもよいのだ。
守隆が感心している間にも、目の前では園が袋叩きにされている。よく見えないが、声もしなくなったようだ。
このままでは殺されるかもしれない。守隆は兵に号令を出し助けようかと思ったが、死んでも動かぬと言っていた男だ。そのまま城内に去った。
百合の君(100)
記念すべき百回目なので、もう少しお祭りのようなエピソードにしたかったです。