*星空文庫

ピント

赤羽根 比呂 作

ピント
  1. 『アングル』
  2. 『花村写真館』

『ピント』2部作です。

『アングル』


 入学式当日。
 去年同様写真部の僕は入学式の記録にかり出されていた。
 体育館上のギャラリーにいる僕は一眼レフカメラを構えながら入場して来る初々しい女生徒を眺めていると急に、片耳に付けているイヤホンから顧問のダミ声がノイズ雑じりに聞こえてきた。
「泉、次入って来るクラスをー、右のアングルから先頭の方撮れるか?」
「だーかーらー任せて下さいよ」
 イヤホンの横から伸びるマイクに言った。
「ダーメ。お前は女子しか撮らないだろ」
「そんな事ないって」
「とにかく右のアングルで。よろしく」
 ブチッ…。
 と強制的に切られてしまい「面倒くせー」と愚痴りながら僕はぞろぞろと歩く新入生を体育館上のギャラリーから指示通り撮っていた。
僕に気づく生徒もいるが直ぐに前を向いてしまうのにある女生徒だけ、じっと僕を見つめていた。
 ん?
 その女生徒にピントを合わせ顔を見ると何処かで会った覚えがあり、女生徒の方も僕を知って居るのか軽く頭を下げた。
 誰だっけ?
 黒く長い髪を一本に束ね少し細い目と小さな口の綺麗な顔立ちで思わずシャッターを押していた。
「あっこれ俺のフィルムじゃないんだっけ…」

 入学式が終わり、僕にとって高校生活最後の一年が始まった。
 そんなある日の放課後。
 校内で誰も居ない廊下の写真を撮っているとちょうど運悪くすぐ側の教室から出て来た女生徒ごと撮ってしまった。
「あっごめんなさい」
 「あぁいいよ。気に…」と女生徒の顔を良く見るとあの入学式の時にじっと僕を見つめていた女生徒だった。
 あっ…。あの時の…。
「気にしなくて良いから…」
「はい。あの…私の事覚えてませんか?」
「あぁ入学式の時に…」
「じゃなくてもっと前に…」
「え~っと…やっぱり会った事あったんだ」
「はい」
 あの日からずっと思い出そうとしてたけど全く思い出す事が出来なかった。
 何も応えようとしない僕にしびれを切らしたのか「今日はもういいです。宿題です先輩」と軽く頭を下げ行ってしまった。

 次の日から何が面白いのか、女生徒は僕を見つけると必ず寄って来た。
 それも運が良いのか悪いのか、移動教室が同じ時間らしく女生徒と廊下ですれ違うたびに「思い出して下さいね先輩」と楽しんでるようだが、こっちにしてみれば生き地獄のようなものだ。
 ずっとこの何とも言えないモヤモヤにしつこく付きまとわられるのだから。
 いつものように廊下ですれ違い、僕は女生徒がいつもの台詞を言う前に言った。
「なぁ」
「はい」
「そういえば名前は?」
「村山鮎菜です」
「ちなみにスリーサイズは?」
「先輩に教えた覚えありませんけど」
「あっそ…村山鮎菜ねぇ…やっぱりあだ名はアユ?」
「えぇまぁ」
「中学の後輩では?…」
「無いです」
「だよね…じゃ急いでるから…」と僕はその場から逃げた。
 村山鮎菜? って言われてもピンと来なかった。
 いっこうに思い出す気配もなく学校帰りに近所の大きな公園に寄った。
 僕はベンチに座りポラロイドカメラのファインダーを覗いたままブランコや砂場で遊ぶ子供達を見てると僕に気づいた若い母親が近づいて来た。
「何撮ってるんですか?」
「とくに決めて無いんです」
「そうなんですか」
 「ママー」と砂場の方から聞こえこっちに向かってやって来た三歳ぐらいの女の子は手に持つ四葉のクローバーをしゃがんだ母親に渡す瞬間を撮った。
 ポラロイドから出て来た写真を「はい」と母親に渡すと写真を見ながら「ありがとう」と喜んでくれた。
 ん? まさかな…。
 僕は親子に「じゃ」と告げ、急ぎ家に帰るとクローゼットの段ボールを取り出しプリント袋に入れたままの写真やネガを片っ端から見た。
 あった…これだよな…。

 翌日の朝。
 僕は玄関で村山鮎菜が来るのを待っていると僕を見つけた村山鮎菜は近寄って来て「おはようございます先輩」と笑った。
「ちょっといい」
「良いですよ」
 僕は食堂に連れて行き「これだろ」とあの写真を渡すと、見ながら村山鮎菜は口の端を持ち上げた。
「やっと思い出したんですね…」
「やっぱり、何であの時逃げたんだよ。それずっと渡そうと思ってたんだけど、あの時名前も住所も聞けなくて、後からかなり後悔してたんだぞ」
「そうなんだ。ダメだな先輩。今度からは住所と名前ちゃんと聞かないと」
「だからあの時逃げてったのはそっちだろ」
 「そうでしたっけ?」と村山鮎菜は笑った。

 その写真は3カ月ほど前、ちょうど入試の朝公園によるとベンチで教科書を真剣に見つめる中学生の女の子がいた。
 その凛とした顔を気に入り写真を撮ってしまった。
 気づいた女の子は僕の顔を一瞥すると僕が声をかける間もなく行ってしまい、写真を渡せず段ボールの中へ。
 村山鮎菜は写真を見ながら「そっかあの時社会の教科書見てたんだ」と懐かしげに笑っていた。
「なぁ何か部活入ってる?」
「ううん。まだ…」
「写真部入らない?」
 じっと見つめる村山鮎菜は「…うん」と笑った。


 - end -

『花村写真館』


 二日前、母方の祖父の葬儀が終わった…。
 数日前までは元気に老舗の『花村写真館』で働いていたのに急に倒れてしまい、そのまま逝ってしまった。

 一週間ぶりに店を開けることになり、僕は学校帰りに『花村写真館』に寄り店番をしていた母と交替した。
 前掛けを付け僕は机の上に置きっ放しだったカメラを構えファインダーを覗いたまま壁に飾る額に入ったモノクロやカラーの写真、棚の古い型のカメラや様々な大きさのレンズを見渡した。入口に気配を感じ振り向くとセーラー服姿で中学の頃同じクラスだった久保あかねがこちらを見ていた。「あっ」と僕はファインダーを覗くのを止め「久保ってこの辺なの?」と声をかけ、「うん。すぐ近く。泉君は何してるの? バイト?」と久保は透き通る声で答えた。
「そんなようなところ。そっちこそ」
「今朝お店から電話が来て写真取りに来て下さいって言うから…」
「そう…。写真取りに…ちょっと待ってて」
 僕はカウンター下の棚にある段ボールをカウンターの上に置き「控えは?」「あっうん…」と久保は財布から取り出した。
 渡された用紙を頼りに封筒のナンバーを探してると壁の写真や機材を見ていた久保は「いいなー」と呟いた。
「久保って写真部なの?」
「うん。あっすごい。一眼レフ沢山ある」
「気に入ったのあるんだったら持って行って良いよ」
「え?」
「ここうちのじーさんの店なんだけど死んじゃったし、店閉めるんだと」
 「閉めちゃうんだ…」と儚げな顔。
「仕方ないよ。誰も継ぐ人いないんだし」
「そっか…」
 また儚げな顔をされるのが嫌で僕は「あった」と久保に控えと封筒を見せ渡した。
「ありがとう。いくら?」
「お代はいりません」
「え?」
 キョトンとした久保の顔が面白く笑いを堪えながら「そこに書いてあるだろ」とレジ横に貼られた手書きの紙を指さした。
 『もしこちらの都合で送れた場合代金はいりません』
「でも…」
「それだけは守ろうと思って…」
「そう。じゃ手伝わせてよ。ね」
「…うん。いいけど」
 写真を取りに来た人に「遅れてすいません」と頭を下げる方が多かったが「ありがとう。残念ね」と閉店の紙を見てそう言ってくれる人もいた。
 僕はカウンター横の机の中を片付けていると奥の方に店の名前が入った古い茶封筒が見つかった。
 『下河優子』と言う人宛に送ったらしいが届かずに戻って来たみたいだ。
 封は切られておらず思い切って中を開けると趣味で撮ったらしき数枚のモノクロ写真が入っていた。
 そこには久保そっくりの少女が無邪気に満面の笑みを浮かべていた。
 店の前で撮った若かい頃のじーさんらしき人物とその少女の写真もあった。
 「冗談だろ…」と僕は呟き、気になった久保は「どうかしたの?」と僕の肩を叩いた。
 「なぁこの写真に写ってるのって久保に似てない?」と写真を渡すと「うん。似てる…」と茶封筒を見ながら呟いた。
「下河優子…。下河? あぁ。でも何で…」
「何だよ。一人で納得すんなよ」
「たぶんそれお婆ちゃんだと思う」
「お婆ちゃん?」
「うん。若い頃私とそっくりな顔してたって聞いた事あるし、この辺住んでたらしいし…」
「そうなんだ…。この写真その人に届けたいんだけど…」
 何故か、どうしても自分で渡さなきゃいけない気がした。
「ん…うん。今市内の老人ホームに居るし、良いよ、会わせてあげる。いつが良い?」
「これからじゃダメかな?」
「もうお客さん来る予定無いの?」
「たぶん。四時で閉館だから、あと五分」
「分かった良いよ」

 老人ホーム内。
 白を基調とした空間の一室のドアを開けた。
 目の前にいる寝たきりのやせ細ったお婆さんは僕を見て「こんにちは」と言い久保を見て「あかねちゃんの彼氏?」と軽く口の端を持ち上げしわくちゃな笑みを見せた。
 久保は「違うよお婆ちゃん。友達だってー」と顔を赤らめ笑った。
 その二人の笑顔はとても良く似ていた。
「こんにちは。僕は泉と言います。あかねさんとは中学の同級生です。で、僕の祖父花村源一郎と言う人何ですがご存じですよね」
 「えぇ。懐かしいわ。へぇ花村君のー。通りで似てるわねー。目の辺りなんて特に…」と懐かしむような、とても優しい顔をしていた。
「へー、そー、花村君はお元気?」
「祖父は十日前亡くなりました」
 「そう。残念ねー」と今にも泣き出しそうな顔になった。
「それで、祖父の店を片付けていたら写真が見つかったんです」
 僕は茶封筒から写真を取り出し渡した。
「懐かしい…この写真ずっとあきらめてたのよ。当時急に引っ越しが決まって…。でも良かった。ありがとうね。ありがとう…」
 その写真を見つめながら、しわだらけの頬を涙が伝い落ちた。
 久保を見ると軽く口の端を持ち上げていた。
 じーさんとこの人との間に何があったのか、友達だったのか、恋人だったのか、分からないがやっぱりあの店は閉めちゃいけない気がした。

 僕は家に帰り家族の前で「俺あの店継ぎたい」と言ってみた。


 - end -

『ピント』

高校時代写真部に入りたかったのですが、入った高校には写真部が無く(廃部?)、諦め似たような部活に…。写真部に入りたかった願望を込め、この話を…。

『ピント』 赤羽根 比呂 作

 入学式当日。去年同様写真部の僕は入学式の記録にかり出されていた。体育館上のギャラリーにいる僕は一眼レフカメラを構えながら入場して来る初々しい女生徒を眺めていると急に、片耳に付けているイヤホンから顧問のダミ声がノイズ雑じりに聞こえてきた…。※続きは本文へ。

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更新日
登録日 2013-01-29
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