ヒトとして生まれて・401

第4巻 南十字星の下でのファンタジー

第1部  マウントクック村における異次元体験

はじめに

 我々夫婦で建てた「T&K:ついの棲家Ⅱ」の10年点検において
外壁の変形やクラックが発見され、建材メーカーにおいて過去の製造
ロットについて調査を行ったところ、該当製品は工場移転直後のもの
であり残念ながら不適合製品と断定された。

 結果、建材メーカー側から、当時は10年間保証の製品であったが
建材メーカーのご好意によって新たに15年間保証の新製品が市場化
されているという背景から外壁の全面的な交換が約束されて、新建材
選択のためのカタログが提供された。

 今回の 「T&K:ついの棲家Ⅱ」の建設に際しては、外壁などの
カラーコーディネートは家内のセンスの良さに任せて・・・
「従来、久保稲荷に住んでいた頃の『煉瓦調のサイディング』から」
「今回、入間が丘の住居では、暖かみのある 『土壁風』に変えた」

 そのような変遷も踏まえてJグループのデザインセンターを久々に
訪問、今回いただいた新建材カタログの現物を手にして、あらためて
新建材の感触を確認することにした。
(今回も、カラーコーディネータ役は、家内が担当)

 今回、家内が手にした、優れものは 「石積み調」のものであった。
さらに新建材では、現在の土壁風の外壁の新商品も開発しており興味
を持ったが、デザインセンターにはサンプル見本が届いていないため、
建材メーカーから取り寄せることにした。

 結果、土壁風と石積み調ではいずれも優劣付けがたく大いに迷って
いると建材メーカーの営業の方が外壁の仕上がり状況を総合的に判断
できるシミュレーションプログラムによる「仕上がり想定図」を提供
して下さることになった。

 外壁のシミュレーション画像は電子メールを介して私が授受を担当
したので画像の出来栄えなど、私も確認したが、土壁風は現状のもの
とはやや異なるが出来栄えは優れており、一方で、石積み調の外壁も
明るい印象で、優劣は付けがたかった。

 家内にとっても優劣付けがたい印象は同じで、しばらくの間、熟慮
していたが最終的には両者のサンプルボードを太陽光の下で照らして
みて、デザインセンターにて家内が最初に手にしたところの・・・
「石積み調のサイドボード」を家内のセンスで選択することにした。

 実際の換装工事は2021年3月下旬に着工、約1か月の工事期間
を経て、4月下旬に外壁工事が完了した。外壁の出来栄えは、想像を
超えた完成度で従来の土壁風外壁の明るい印象とはまた違った印象で
すっきりとした「アーバン調」の仕上がりとなった。

 ニュージーランドで、自然保護運動を展開した政治家ハリーエルが
建てた英国風の建物を見学してからというもの「石積み調の外壁」に
憧れて来たが、ニュージランドで目にした外壁と比べても、我が家の
外壁の出来上がりには満足した。

 そのようなことを思い出している内に、あのニュージーランド旅行
では別の意味で異次元体験を経験しており、その時の体験をモチーフ
にしてファンタジック小説を書き記していたことを思い出し、あれが
現実のものならば「何処の時点で、パラレルワールドの世界」に移行
して行ったのか?

「あらためて物語を辿ってみることに気持ちが動いた」

 ファンタジック小説では、洋介と美里を主役にして「夢か幻か?」
の視点で物語を進行させているが、ここで「8日間に渡る旅物語」を
あらためて辿ってみることにしよう。


【クライストチャーチの大聖堂】

 あの日、成田空港に集まったツアーの仲間は多彩であった。新婚組
の若手が2組、60歳代後半の夫婦が3組、そして親子連れの混成組
が2組、70歳代の友人ペアのお二人、シングルで参加されたお二人
そして「年齢的には、平均に位置するところの洋介と美里であった」

 まだ、初対面で気心も分からずツアーの女性コンダクターが掲げる
旗に連なって、ぞろぞろと歩いた。出国手続きが済むと出発時刻まで
は、それぞれ自由時間である。成田の出発ゲートにおいて手荷物だけ
を持って、洋介と美里は、一緒にベンチに並んで腰をかける。

「この待機の時間は、なんとも夢があっていいわね」と、美里が云う。
「海外に向けて飛び立つ時間が刻一刻と近づく感覚が好きなのかな」
と思う。それとも、松尾芭蕉翁の 「奥の細道」の序章にある風情
「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」という、心境
なのかと、美里の発した言葉から、次々と、勝手に想像してみる。

 やがてNZ090便に乗り込む。機内に乗り込むとJL090便と
共同運航便になっていた。機内で通路を挟んで隣り合せたツアー仲間
のご夫婦と挨拶を交わすと、ご主人が名刺を差し出して挨拶されるの
で、洋介もつられて財布のポケットに名刺が入れてあったことを思い
出し少し遅れて名刺を差し出す。

 いただいた名刺から、新橋で弁護士事務所を開設されていることが
分かる。他のツアー客にも機内を歩き回って盛んに名刺を配っている。
「仕事には常に全力投球して、他の人に役だとうとする商売熱心な方」
なのかなと勝手に想像する。洋介も、美里を挟んだ隣席の親子連れの
母親と思われる60歳代後半の女性に名刺を渡す。

 洋介には、こういう場面での名刺交換の経験はあまりない。しかし
それも自然な成り行きであった。弁護士さんの気さくな態度に学んだ
のと、同時に、新幹線における5分間の理論を思い出していた。

「新幹線に乗ったときに、東京駅などで、隣席の方がシートに座った
ときに、目安として5分間以内に、なんでもいいから、一言でも声を
かけておくと、後の時間を気持ち良く過ごせる」と、いう経験則で
「この5分間に沈黙を保てば以降は沈黙を保てるというもの」である。
そんなことを思い出していると美里を挟んで名刺を渡した女性が唐突
なことを云い出す。

「小田さんは、出世をあきらめての海外旅行ですか?」と、
「なんということを」と、思ったが、しばし沈黙を保つことにした。
「これには、さすがの洋介も、面食らった」
「会社の永年勤続の表彰旅行です」と、間をおいて答えると
「おみかけするところまだ働き盛りのご様子でこんな時期に海外旅行
とは、出世をあきらめた方かと思いました」と、なんともハッキリと
したものいいには恐れ入った。

「そうでしたか、永年勤続のご旅行でしたか」
「銀行関係では勤続15年くらいで海外旅行させるようですよ」
「そして本人が旅行中に身辺調査をして不正が起こっていないか?」
「審査をするそうですよ」と、女性が続ける。

 そして、その後、ツアーに単身参加の銀行員が、勤続15年で参加
していることを知って、この女性の話題には真実味が帯びてくること
になる。そして、新々人類を思わせる情報通のその女性には旅の途中
で、何度も貴重なアドバイスをいただき、お世話になることになる。

 このやり取りを聞いていたかどうかは定かではないが前列の娘さん
が席を立ちあがって、振り向き・・・
「お母さん、チョコレート食べる」と、すらっとした手を差し出す。
「長女です」と、紹介され、聞けば、システム・エンジニアである
という。洋介たちも「よろしくお願いします」と挨拶する。彼女も
「こちらこそよろしくお願いします」といって前の席に座り直した。


【冬の雷は幸運の知らせ】

 ぼんやりとした感覚の中で 「なにか?」光のようなものを感じる。
だんだんと、その光のようなものが閃光となって、目に強く感じられ
低い音響に目が覚める。飛行機の前方から光りが届いてきている。

 とっさに南極からの 「冬の雷」 を想像する。

 これは幸先の良い幸福を運ぶ天使からのメッセージと感謝しながら
身体を起こす。洋介が起き上がると、待っていたかのように、美里が
笑顔で手を差し伸べてくる。

 昨夜は機内で希望者には、キャビンアテンダントからブランケット
が配られやがて周りの灯りが暗くなって行ったが、すぐには眠れなく
て手元の照明灯を付けて雑誌を読んでいた。

 エアラインの刊行物と思われるが 「ボーダレス」と、いう文字が
目に付いた。境目をなくすという言葉だが、ニュージーランド行きの
航空便についてもJAL便とニュージーランド航空便とで成田からの
搭乗口は、別々になっていたが内部では合流して、同じ飛行機に乗り
合わせたことを思い出していた。

「これも、ひとつのボーダレスか?」と、美里と話していると小声で
キャビンアテンダントの方がハッキリとしたものいいの女性に向けて
「後部座席にゆとりがございますので、ご希望どおり、奥様とお嬢様
のお二人で隣り合ったお座席を利用できますがいかがなさいますか」
と云って、迎えに来て下さり、母娘で移動していった。

 洋介と美里は三人がけで窮屈だったシートが二人がけになったので
お互いの足を投げ出して対面した。足を伸ばしきるまでは少しムリで
あったが、お互いの自由さが増したので身体を折り曲げるようにして
横になりいつの間にか、寝入ってしまったようである。

「今、どの辺を飛んでいるのだろうか」日本から南下する飛行コース
の下には、想像するところ・・・
「小笠原諸島に始まり、マリアナ諸島、トラック諸島、ソロモン諸島、
フィジーなど南国の楽園が点在するが飛行コースまでは知らない。

 それに飛行機の窓の外は暗くてよく見えないので、その手がかりは
まったくつかめなかった。

 やがて、かいがいしくキャビンアテンダントたちが、機内を廻って
朝食の準備を始める。まだ夕食をすませたばかりなのに、もはや朝が
来てしまったという印象は時差による感覚の違和感から来ているもの
である。それでも、日本とニュージーランドとの時差の影響は小さい。

 実際、日本での日常生活においても平日と休日とでは、3時間程度
の生活の時差は日常茶飯事である。「あまり、食欲がわいてこない」
ので、やわらかそうなものから口にする。美里も同じように軽いもの
から手に取っている。

「なんの気なしに顔を見合わせて笑う」この感覚的な幸福感
「朝起きて家内が傍にいる」この些細ではあるが
「実は一番幸せなこと」

 この種の幸福感についてアメリカの雑誌などでは「女性特有のもの」
として紹介している。しかし、洋介は、長い間(5年間)単身赴任で
仕事と自分だけの家事を両立させている内に、この女性特有の幸福感
も感じ取れる様になった。

 そして美里もまた自宅で単身で子供たちを育てていくために時には
父親役を引き受けて心の中でネクタイを締めて女性と男性役の生活圏
を行き来していた。

 洋介はある時「めめしい」という表現に疑問を感じて広辞苑を引き
その意味を、再確認したことがある。漢字では 「女々しい」と書き、
その説明書きには・・・
「女々しいとは、ふるまいが女のようである。柔弱である。いくじが
ない。未練がましい」と書かれている。

 しかし、昨今は「聡明な女性の活躍が職場では目立ち女性が業務を
リードする場面も増えてきている。物事をてきぱきと処理する女性の
姿を目の当たりにしていると、女々しさという表現は当たらない」と
考える。

 最近は、市役所などに出向くと・・・
「頭に婦人と付く看板は消えて女性という表現に変わってきている」
これは、女性だけが箒を持つ訳ではないという理由からの記述変更と
聞いている。かなり前から病院でも・・・
「看護婦さんから看護師さんに変わっている」

 同様のことは、アメリカなどにおいても・・・
「ファイアーマンから、ファイアーファイターに変わってきている」

 最近の英和辞書にも「気を付けて知っておく必要のある性に関わる
差別用語の注釈が載っている」 これらのことから・・・
「女々しさというより、未練がましさなど」と、いった方が適切かも
しれない。しかし美里が云うには「めめしい」という表現の方が全体
を良く云い尽くしている面も否定できないのだという。

 洋介は、そんなことを思い出しているうちに、今度は深層心理学に
出てくる「心の中の異性の存在としてのアニムとアニムスのこと」を
思い出していた。

○ アニムは、男性の心の中に存在する異性のイメージとしての存在
○ アニムスは、女性の心の中にイメージとして存在する異性の存在
であるという。

 洋介は、自分の気持ちを厳密に分析した訳ではなく、その論理とは
多少のズレがある可能性を承知した上で、誤解を恐れずに、繰り返し
考えたことを整理してみた・・・
「洋介が、美里に対して、結婚の決意を固めたのは、最初の段階では
美里の清楚な女性的な面に魅かれたが、交際を重ねるにつれて、より
魅かれたのは内面の男性的な凛とした姿勢や決断力の素晴らしさでは
なかったか?」

「美里もまた、最初は洋介の男性的な快活さに好感をもったが交際の
過程で、内面に潜んでいる女性的な優しさや慈しみに安堵感を覚えた
のではないか」

「このことは、洋介と美里の内面にある反転した立場での洋介の心の
中のイメージとしての異性と、美里の心の中のイメージとしての異性
が恋をしたことが結婚という一大決心をしたということではないか」

「このことは性的な関係よりも、より深い、人としての人間的な結び
つきを基盤においたものではないか」
と、確信に近い思いを抱くに到った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 やがて入国手続きの書類が女性コンダクターから、それぞれに渡さ
れて、それぞれに記入を終わり、身の回りの整理や整頓が始まる。
「クライストチャーチにおける入国手続きは意外とあっさり
と、していた。手元にある古ぼけたガイドブックの記述には・・・

「ニュージーランドでは、入国の際には、頭から薬剤をふりかけられ
農産物に害が及ばないようにする」などと、書かれていたが、だいぶ
観光化が進み手続きが簡略化されたようである。

 空港には見るからに頑丈そうなベンツ製のバスが待機していて洋介
たちは、そのまま市内観光に向う。バスのシートは広くて大型バスを
借り切っているため快適な観光ツアーの始まりという印象を受けた。

 やがて、バスは花壇がよく整備された建物の前に到着する。花壇を
通り抜けて行くとエイボン川の畔に出た。
「あら鴨がゆうゆうと泳いでいるわ」と、いう声をきっかけにツアー
仲間がいっせいに、鴨の泳ぐ姿を背景にして、お互いの連れや家族に
カメラを向けて写真を撮り始める。

 その場所がすっかり気に入ったツアー仲間は、一時、皆でその場所
で寛ぎ、ゆっくりとした気持ちで、奥に行くとなんとグランド一面が、
バラ園になっていて、ほとんど同時に全員が歓声をあげる。

 ほど良く手入れされたガーデニングを楽しんで、バスに乗り込むと、
「さすがに、全員がいっせいに『疲れた疲れた』と口に出しはじめた」
「思えば成田空港の出発ゲートを通り抜けて飛行機に搭乗、出発予定
の17時25分よりも30分間も遅れて飛び立ち、それ以来の安堵感
であった」

 クライストチャーチ着は、現地時間で、朝の7時35分であった。
「日本とニュージーランドでは時差が3時間あるので、日本での現地
時間に換算をすれば、明け方の4時半に叩き起こされての入国手続き
ということになる」

 まだ気持ちの上では、半分、寝っている状態の寝ぼけ顔のままでの
観光であった。大型バスの中ではあのハッキリとしたものいいの女性
が飛行機の出発が遅れた事情をみんなに聞かせている」

「あの日は外資系ファッションメーカーのセールス・レディ500名
が大挙して、チャーター便に乗り込んだのよ」
「それでもって、機内食の積載に手間取ってしまい、他の便にも影響
が出たのよ」という。
「もっともらしい説明であり、さすがに情報の入手が早いと考えると
こういう人と一緒の旅だと、ある面で安心である」

 洋介と美里との間では、この女性に敬意を称して「ミセスCIA」
と、呼ぶことにした。やがてバスは市内の大聖堂に到着する。英国
ゴシック様式の大建築物は尖塔が空よりも少し濃い青色で、大窓の
エンジ色とのコンビネーションが、お洒落な印象で見栄えが良い。

 建物の縁取りは、白色で統一されており、英国を訪れたことのある
洋介は英国の影響を感じ取った。洋介と美里はツアー仲間に、お願い
をして、ツーショットの写真を自分たちのカメラに納めた。

「尖塔まで、写真に納まりますかね」と、ツアー仲間が心配するほど
の高さである。広場では芸人たちのパフォーマンスが繰り広げられて
いて、行き交う観光客を飽きさせない。

 聖堂の中に入っていくと・・・
「これは素晴らしいステンドグラス」と、洋介は、思わず声を挙げて
しまった。最近は日本からの結婚式の申し込みが多くなってきていて、
結婚式の申し込みを制限しているのだという。

 後日、マウントクック村で会うことになる異次元の世界からの使者
でありソムリエを思わせる紳士:神崎氏はこの大聖堂の尖塔部に設え
た広角の監視カメラで洋介の姿を捉えていたというのである。

(続 く)

ヒトとして生まれて・401

ヒトとして生まれて・401

ニュージランドで異次元体験の予兆・・・

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-04-25

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