女子アナの恋愛事情

女子アナの恋愛事情

織田俊平。株式会社モンダ自動車工場での派遣契約が終わりその後の更新を打ち切られた。そして、正社員で働く女性にプロポーズしたが断られ北九州の土地を離れて東京へと行く決心をする。松田なつみは福岡県民放局の女性リポーターである。俗に言う女子アナである。彼女は東京へ異動になった。
福岡空港ロビー。出発の時間までなつみは喫茶店で時間を潰すことにする。4人掛けのテーブルにひとり座っている男性に声をかけ席を空けてもらった。なつみはジェイルービンの「村上春樹と私」と言う本を取り出した。彼はアメリカの日本文学翻訳家で村上春樹の翻訳もこなし芥川龍之介や夏目漱石の翻訳でも有名な存在である。目次に目をやりページをめくろうとするが集中出来ない。なつみは目の前の男性が気になるのだ。ちょっとイケメン風で流行の眼鏡らしきものを掛けているがメガネ量販店の大安売りで3千円のフレームかもしれない。髪型はサラッとした感触の雰囲気があり顔立ちはなつみの採点では80点の男だ。服装もそんなに高級ではない。昨日のテレビで身体にまとう服の値段が150万の男性より洒落たイメージである。なんとなく、ロールキャベツ男子。見た目は草食系で中身は肉食系だ。松田なつみはこの日のファッションはリクルートスーツだ。他人のファッションにああだこうだ言う資格はない。男性は窓の外をさっきから眺めている。それにしても、今の男性のイメージは疲れた雰囲気だ。すると男性が声を掛けてきた。「時間潰しですか」なつみは意外にも低音の声に内心ハッとした。男は言葉を続けた。
「どちらまで」
「ハイ、東京まで転勤です」
「キャリアウーマン」
「いえいえ女性キャスターです」
「あっ、福岡県民テレビの」
「知ってるのですか」
先程まで暗い感じの表情から急に活気のある表情に変わった。そして、ドスの効いた低い 声で失恋しちゃってと、気分が真っ逆さまに落ちるようなテンションでなつみは意外な雰囲気の男に興味を抱くのである。
「私は、こないだプローポーズを断ってきました」
2人は同時に大きな笑い声を飛ばした。
あいにく2人は別々の飛行機である。なつみは誘われる事もなく一期一会の出逢いだ。なつみは地方のキャスターではあるが割とファンもいる。それなりの女子アナの位置に存在する。しかしもう27歳。婚期が遅れている。プロポーズされたのは棒プロ野球選手であった。初めての出逢いで食事に誘われた。たしかにプロ野球選手としてはそれなりに活躍してる分類に入るだろう。野球選手じゃなくても社内にはそれなりの地位にいる人物もいる。仕事柄色々な人達に会う。しかし彼らにどうも魅力を感じないのだ。旅立つ前に親友の尼崎幸子33歳独身と居酒屋に行き。その件につきあれやこれやと疑問を先輩にぶつけてみた。
「何というかな、私の周りにいるそれなりに登りつめた人達は例えばプロ野球なら高校や大学、社会人になりドラフトされ高額な契約金をいただくがたしかにこれからが勝負かも知れないがその位置が頂点なのである。これからその頂点をいかに維持するかが仕事である。高学歴の男性が一流企業に入社する。この時が彼の頂点である。本来、女性は登りつめた男性には魅力を感じないのか何かしら炎を感じないのだ。もしかしたら古い時代に生まれた女性の本能に似た感覚であるとはわかってはいるが。そう恋愛ドラマや映画に憧れるのはたしかに登りつめた男性ではないこれからの男性が主人公である。幸子はこう言った。
「だから私達これまで婚期を延ばしたのね」
なつみは先程の男性が脳裏に浮かんだ。彼はどちらのタイプだろうか。カジュアルな服装に身を包んでいたが平日はネクタイしてバリバリのキャリア積んでて仕事している人なのか飛行機は羽田についた。
織田俊平は羽田空港に着く。時計を見るとお昼の13時。その足でモノレールを乗り継ぎ新橋へ山手線に乗り換え渋谷駅に。急にお腹が空いてきたので売店で求人誌を買ってトンカツ屋の店に入る。福岡にいた頃一度は食べてみたい定食屋である。求人誌を片手に渋谷で職探し。田舎者の行動である。俊平は30歳。まだ仕事を探すには適齢期だ。彼は久留米の工業高校を卒業して就職はせず人材派遣会社を転々としてきた。モンダ自動車工場には同級生も多数転がりこんでいる。正社員の同僚の女性に派遣の契約が切れた翌日にプロポーズしたが彼女には風来坊は結婚相手には論外の存在だったのだ。
財布の中には五万円が入っている。銀行の通帳残高には三百万。まずは就職先を決めてから住居を探す事にする。当分の生活費はあるが早く就職しないと貯金も底をついてしまう。とりあえずアルバイトでも探すかと求人誌をめくる。飛び込んできたのはやはり製造業である。しかし工場は東京の中心から離れた郊外にある。俊平は埼玉県の所沢市に向かう。
なつみはフジテレビに向かった。なつみの担当プロデューサー上尾勝45歳。なつみは上尾のスケベそうな顔に内心ハッとした。空港の待ち合わせで出逢った男性とは対照的で高音の声を出し???ちゃんと呼んでくる。 しかし女子アナに強いプロデューサーである。なつみのモットーは運と縁を大事にする事。そして恋愛は気にある相手は好きになってしまう、なつみの脳裏に朝の男性の姿があるが俊平は大学も出てないし派遣の身で現在職を探しているとは夢にも思ってなかったし想像も出来ない。なつみは本社に赴任になった経緯は今ひとつ理解出来ないでいる。もう27歳と言うピチピチの女性ではないのだ。思い当たるのは去年の正月特番での出来事であった。穏やかな印象を受けるなつみの天然ボケか嫌。なつみはぶりっ子である。福岡ではぶりっ子笑顔を連発。特番ではぶりっ子キャラなつみ集として放送された。ローカル出身が東京に出てきたのである。何かプロデューサーの目にとまったのであろう。
なつみは上尾プロデューサーから1週間後に配属先を伝える意向を示されて。なつみを抜擢した経緯について一言添えた。
「君の天然キャラ。ぶりっ子で行く」
なつみはぶりっ子キャラに唖然とした。ローカル局から本社への抜擢でぶりっ子キャラとは内心はニュースキャスターと言う地位が頭の中にチラホラしていただけにちょっとはにかんでみた。夕食はプロデューサーがご馳走するそうだ。なつみのマンションは渋谷に用意されていて、夕食は近場のトンカツ屋に決まった。美味しいトンカツである。食事の前にお手洗いに伺う。ハンドバックの中からハンカチが顔を出した。なつみは何かと思ったが記憶がよみがえった。朝、空港で出逢った男性の物である。テーブルに置いてあったコップの水を床にこぼしてしまい男性はバックから咄嗟にハンカチを出し吹いてあげたのである。なつみは汚れているからとそのハンカチを受け取りビニールに入れてバックにしまい込む。そのハンカチを取り出すと下の方に何か文字が書いてある。
「落し物の主の電話番号 09098???」」
織田俊平は昨日の出来事を思い浮かべていた。まさか、あのハンカチを使うチャンスがやって来るとは、真司からの忠告が当たったのだ。真司はある雑誌の記事にハンカチに落し物の主と携帯の電話番号を糸で書いていつも持っときなとアドバイスしたのだ。ていうか雑誌に書いてある通りに俊平に試したのが本音である。昨晩は渋谷のカプセルホテルに泊まる。埼玉にある工場でアルバイトするのを思い直す。いつまでも非正規労働者やっててもしょうがない2度目のプロポーズも断られるのが想像出来る。俊平は製造業でいくかどうか悩み出した。モンダ自動車工場の上司が製造業は入社してからが勝負だと言っていた。現場上がりは強い自分を作る。時には大卒のエリートを超える事もある。それに出世すれば自分で下請けや協力会社を立ち上げるのも叶う夢だ。
俊平は機械が好きである。工業高校も機械科を卒業。それにまだ30歳である。工場を狙うには適齢期だ。
1週間が経ち。なつみは上尾プロデューサーに呼ばれた。
「ぶりっ子お天気キャスターに決まりだ」
なつみは気象予報士の資格を持っていた。しかし、ぶりっ子が余分である。そういや熊本のテレビ局には筋肉モリモリのアナウンサーがいてムキムキお天気キャスターとして人気を得ているらしい。ぶりっ子の元祖はデビュー当時の松田聖子である。自分で言うのも何だがたしかに自分はぶりっ子だと思っている。又、天然ボケだけにぶりっ子を卒業する事は出来ない。本能である。なつみの個性でもある。
俊平は最近自分が変化している事に気が付き始めた。そうだあの日福岡空港であの女性に出逢ってからだ。しかしあの時天下の女子アナだ。そう簡単に誘いに乗るはずはないし自分は非正規労働者の首切りにあってるどん底の男である。俊平はあらぬ事が頭に浮かぶ。もしもあの女子アナと付き合うならどうするか。女子アナが非正規労働者と結婚したなんて話は聞いた事がない。たしか電通とかの一流企業やらプロ野球選手である。あのハンカチなんか何も期待してはいない。たまたまの偶然である。いつか見た映画。幸せの力。たしか学歴も何もないのにエリートを超えて営業の売り上げをナンバー1にした男の物語である。そこまで頭をよぎるが次の瞬間に現実が待っている。学歴は高卒の人生のシナリオは非正規労働者の解雇問題から暴露された。悲惨な運命を辿った男達のなんと多かった事だろう。俊平は中学時代から周りのみんなを楽しませ笑わせるのが得意で将来は漫才師になると思っていた同級生も多かった。
なつみは上尾プロデューサーの提案に少し疑問をいだいた。バラエティー志望でもあるまいし私はアナウンサーなのだ芸人ではない。ましてや真面目な報道に対してぶりっ子とはよく言ったものである。なつみは翌日上尾プロデューサーの提案を断った。なつみの1週間のスケジュールの手帳は空白である。そんな折なつみの肩を叩いたのは、ディレクターの小牧勉35歳。電車で帰る道が一緒なので一杯飲みに連れて行ってくれた。
「上尾プロデューサーは最近有頂天になってる。本社に手腕を認められてから変わった。自分の思い通りにしようとしている。ぶりっ子の件は我々の間ではまたかとため息を漏らしている。これは内緒だがある女子アナに脱げと強制したりいろいろセクハラ、パワハラめいた行動が目についている」なつみが感じたスケベそうな感覚は的中した。翌日本社へ行くと事務所内がやけに騒がしい。デスクの上には週刊誌ネタが乱雑に置いてあるそのページを覗くと思わず声を上げた。
「名碗プロデューサーセクハラで逮捕」
餌食になったのは同僚の女子アナから始まっていた。数日後彼はテレビ局を解雇になる。
しかしなつみのスケジュールは空白である。
なつみは番組企画部の部長に呼ばれた。
「今回の件は誠にすまなかった」そしてなつみの本社への移動は上尾プロデューサーの意図的策略だった事を告げられる。福岡での仕事の際になつみのキャラに惹かれての行動であり遺憾だったがたまたまお天気キャスターに空白があり咄嗟に思いついた行動だったそうである。
「君のキャラは使えそうだ」
今度恒例のご当地アナによる名物アナウンサーと言う企画の番組に出演してくれないか。本社に移転になったローカル出身のアナとして」
なつみはこの仕事は素直にひとつ返事をした。事務所に帰ると小牧ディレクターが近寄ってきて食事の誘いを受ける。スケジュールも埋まり元気づいた感もあり誘いを受ける事にする。
その日は3人の女子アナも誘われていた。5人でちょっと居酒屋に出向く。飲み会での話題は男女関係に発展した。
「リーン」
俊平の携帯のベルが鳴った画面を覗くと見知らぬ電話番号である。03から始まる固定電話だ。受話器を取るとそれは仕掛けられた罠からだった。なつみは酔った勢いで好奇心が頂点にきていた。電話は同僚の部屋からである。俊平は気軽に「こんばんわ」と挨拶をして言葉を続けた。
「決して悪い男ではありません。ストーカーでもありません。犯罪者でもありません。精神鑑定が必要な人間でもありません」俊平はハンカチの件はついいたずら心で試してみました。すみませんと謝った。なつみはどうやら怪しい男ではなさそうである。なつみはお仕事は何をなさってるか問いかけた。すると「恥ずかしい話ですが、無職です。派遣切りにあったどん底の男です」なつみはこの人はおまけに女性にも振られたらしいからつい同情してしまったのである。今度の休みの日にお昼のランチでも食べに行こうと約束する。

予感

予感

渋谷駅で待ち合わせした。俊平はあの時の服装でやって来た。なつみはクールな感じの白と黒のモノトーンだ。今日はなつみはファッションチェックは必要なさそうだ。俊平がお昼は何処でと尋ねると。
「トンカツ屋」俊平がトンカツ屋を案内すると、こないだなつみがご馳走になった所である。
「仕事、決まった」
「それがなかなか決まらなくて、当面の生活費はある。しかし、早く就職しないといずれ貯金も底をつく」
「なにかやりたい事あるのなさそうね、あったら非正規労働者やってないか」
なつみは俊平に突っ込み始めた。
「なんか特技は、なさそうね」
俊平は苦笑いする。
「なんか好きな事は、なさそうね」
「なんか資格は持ってるの」
すると、俊平が
「あったら非正規労働者やってないか」
なつみはちょっと考え込んで
「部活動やってた、なさそうなの」
すると俊平の表情が生き生きしてきた。
「ボクシングやってた。県大会で優勝した。全国大会に出場するはずが自転車で転倒して骨折した」
なつみは意外な言葉にびっくりした。
「ボクシングは好きなの、当然よね」
「内藤選手みたいな叩かれても叩かれても起き上がるスタイルはいいね」
なつみはおやっとした表情で
「プロボクシングやらないの」
「もう、30です」
「やってよ、応援する」
俊平は忘れていたボクシングに目が覚めたのか、いきあたりばったりの解答なのか、その夜、ビジネスホテルに戻った俊平の頭の中にボクシングと言う格闘技がちらつき始めたのである。俊平はなつみの応援すると言う言葉。てことはなつみさんがリングの試合に見に来てくれる。俊平は福岡県ではバンタム級では敵なしだった。昔のファイティング原田、薬師寺、辰吉がズラリ名を連ねる。しかし、高校時代の話である。辰吉は同級生の女性に告白して振られた事がきっかけでボクシングから身を引いた。現実はボクシングやってチャンピオン目指すのはいいが現実は仕事をしないと生活してマンマを食えない。チャンピオンは無理でも試合になつみさんが来てくれる。
高校の先輩が東京に出て住み込みで新聞配達やってボクシングやってる人が多いと聞いたな。住み込みなら食事の心配や住居の心配はいらないし朝からのトレーニングにもなる。目黒にはジムも多いと本当かどうかは知らないが噂で聞いた事がある。なにより、俊平はなつみさんの応援。これに尽きたのであった。
俊平はなつみと次に会う約束はしなかった。気まぐれだからもしかしたら又電話するかもと言ってくれた。俊平30である。ボクシングやるのはいいが、なつみさんが見にきてくれる。その後は何もないのです。下手すると猛スピードで35になってしまう。そうなったら正社員なんか高卒出だよ。頭が痛くなった俊平である。それはそうとこれまで経済力のなさで散々振られて来たのだ。サラリーマンやってボクシングは無理だな。趣味ならいいがすると突然俊平の頭に閃いたのだ。
「松田なつみさんにいつかその日が来たらプロポーズする。振られてもいい経験だ。後悔はない。男は黙ってひたすら我が道に向かって突き進むだけだ」
なつみはフジテレビの名物アナウンサーでローカル局からやって来た女子アナで出演する事が決まった。なつみの頭には全国区になったらどうしよう。ローカル局が良かったんじゃない、あの時プロポーズを断らなくても良かったのでは後悔の念が襲ってきた。なんたってプロ野球選手である。結婚なんて誰でもよくてその場にいる人を貰っちゃえだったのがなんでこうなったのか。別にお付き合いがあったわけではないのだ。たまに食事に行くだけ、しかし彼は私を狙っていたのだ。デートもしてなくていきなりプロポーズだなんて私事、なつみを舐めてるのか。まるっきりロマンスがない。恋愛の醍醐味がない。多分結婚生活もプロ野球を引退したら価値はなくなる。マスオさん的旦那もいいがまだ27歳である。
なつみと会ってから1週間があっと言う間に過ぎた。俊平はまだビジネスホテルで寝起きをしている。ラジオのスイッチをひねるとアイドルグループ乃木坂46の気がついたら片思いの曲が流れている。テレビのチャンネルをひねるとドキュメンタリー番組だ。マカオにカジノをやりに来た二人組だ。1週間の予定でギャンブルを楽しむらしい。持ってきた資金は汗水働いて稼いだ300万円。俊平は少し減ったが貯金300万を持って上京してきた。そしてビックリしたのがお金を使い切ったら帰るらしい。俺はなんだ300万を使い切ったら次なる道はホームレスへとまっしぐらかもしれない。チャンネルを変えるとニートの若者が市議会議員の選挙にわずかなお金で立候補した。結果は敗北だ。俊平はあと250万円ある。頭の中に浮かんできたのは働いていた工場の派遣社員の知り合いは高卒で愛知県に就職。10年間に200万貯金をしたが。田舎に帰りパチンコで全部使い切ったらしい。彼らに共通しているのは使い切った後に何も残らないが悔やんではいない事だ。もしも、俺がこのお金を使い切ったら鬱病にでもなりかねない自分にハッとした。
俊平が手に持っているリモコンのスイッチを切ろうと触れるととなりの地上放送ボタンに触れた。「名物女子アナ祭り」。そこに登場しているのはなつみである。1週間前に一緒に食事をした彼女だ。彼女は俊平とは違う世界の人間だもう会う事はないだろう。
翌日、ビジネスホテルを出ると足は東京駅に向かった。俊平は大阪に向かった。食い道楽の街だ。とにかく美味しいものを食べようと当てもなく来てしまった。時計を見ると15時だお腹の虫が鳴いてきた。駅前にあるたこ焼き屋に入ると香ばしいソースの匂いに囲まれている。ホカホカの出来立てたこ焼きを頬張った。俊平の口に入ったたこ焼き。今までこんな美味しいたこ焼きにお目にかかったことはない。感動した。そして、俊平の脳裏に「これだ」
得体の知れない感動に包まれた俊平の足は、大阪駅に戻っていた。電車は兵庫県明石駅が終点だ。釣りが趣味の俊平は無償に釣りがしたくなった。明石のタコ釣り。一度は釣ってみたかった。
名物女子アナと題した番組に登場したなつみ。全国のお茶の間に顔を出したが何か虚しさがこみ上げてくる。1日だけのスター。同僚の番組関係者の中では、ローカルからやって来たアナ。逮捕された上尾と何かしら密約があっての起用という噂だ。なつみはその後のスケジュールが埋まってはこない。このままではバラエティーの世界に飲み込まれてやがて芸人の仲間入りか。27歳。もう清純者のアナではとうらない。ドロドロの沼に浸かったキャラ。何を模索しても芸人への階段を上がる道しか見えない。そんな折。NHKの人気アナウンサーが退職するニュースが飛び込んできた。なつみはこのアナ。牧野陽子45歳を尊敬していた。何かしら自分と似てる感じを抱いていた。なつみは暫く休暇をとり実家のある博多に帰省する事に。
この日は土砂降りの雨が降っている。やがて梅雨のシーズンを迎える日本列島である。明石駅に電車は止まった終電である。駅を降りて5分程歩くと卵焼きと書かれた大きな看板があった。卵焼きとは明石焼きの事だ。たこ焼きに似ているが、小麦粉がメインのたこ焼きと違って玉子をふんだんに使ってありモチモチフワフワである。俊平はソースをたっぷりとかけてから口に頬張った。俊平は実家のある熊本県熊本市で人気のあるマヨたこ焼きを思い出した。マヨネーズをベースに柔らかくふわっとした食感である。塩ダレが妙に旨味をそそっている。外を伺うとさっきまで土砂降りだった雨が小降りになった。まだ博多のアパートは家財道具がそのままになっている。東京で住居が見つかったら引っ越すつもりだ。俊平は博多に戻る事にした。友達に電話を入れると博多駅まで迎えに来てくれるとの返事だ。彼の名は岩崎努。高校時代からの親友である。俊平は根が明るい性格からか友達には恵まれている。努と会うのは五年振り、現在何をやってるかは不明だが当時はギター片手にバンドをやっていた。身分はフリーターである。努はGパンにまだ寒いきもするがTシャツ姿でやって来た。手にはエレキを抱えている。
努は博多でフリーター歴約10年。仕事する以外はバンド活動をしている。中洲にあるライブハウスに顔を見せたのは夜の9時を回っていた。既に努の率いる演奏は終了していたがこれから打ち上げ会があると俊平も誘った。宴会のある居酒屋に到着すると店内は貸切である。ドアを開けると二十名はいるようだ。俊平は努の人脈に驚いた。それに努は生き生きとしている。フリーターの身でありながら生き生きしている彼に脱帽だ。努がやって来ると。
「今日は某プロ野球選手の金村光一選手が来ています」努は高校時代に野球部に所属していた。どうやら後輩らしい。金村選手は最近好調を維持している。3週間前から調子が上がっていた。
努の挨拶はまだ続いた。
「もうひとり有名な友人も招待しました」
すると後方の席からひとりの女性が立ち上がった。俊平の目からは二十代の可愛らしい女性だ。
「松田なつみです」皆んながざわめき出した。俊平も驚いた。

再会

金村浩一。ソフトバンクホークスに入団して11年目の30歳である。福岡市にある公立の工業高校を3人は卒業していた。俊平、努からすれば後輩である。平成16年の夏の全国高校野球大会に出場してベスト8まで勝ち進み。投手だった金村はプロ野球にスカウトされ入団した。この高校で3人は出会い高校の寮で3年間同じ釜の飯を食べた。金村浩一は敷かれたレールに乗り夢と言う行き先の列車に乗り終点に辿り着いたが先輩である2人は現在ではフリーターだ。高校を卒業して2人は県外に就職した。そして同じ会社である。愛知県にある自動車工場。野球をやっていた勉は社会人野球。俊平はボクシングからは足を洗った。
松田なつみは北九州にある私立の女子高校を卒業後福岡女子大に進学して、福岡県民放送局に入社して五年目である。なつみはバレー部に所属。セッターで県大会の準決勝まで勝ち進んだ。
桜ヶ丘工業高校に進学した2人に待っていたのは新入生指導と言う伝統の行事であった。上級生が新入生を指導するという立場が逆転した。中学時代は柔道部に所属して初段の俊平はとにかく身体を鍛えるのが好きで腕っ節が強かった。上級生が近づいてきた。俊平の前に立ち。校歌を歌えと命令され素直に受け入れて大声で叫んでいる状態で腹の腹筋に上級生の腕が突き刺さった。次の瞬間俊平の前に倒れた3年生が横たわっていた。この先輩はボクシング部のキャプテン。立ち上がった先輩。村田祐一の口から発せられた言葉は意外だった。
「俺の部。ボクシング部に来い」
なつみは2人にすぐ気が付いた。相席となったなつみと俊平。なつみは心が躍っていた。プロ野球選手じゃない、非正規労働者の俊平だ。相変わらずの様子に落胆どころか、反対に彼に魅力を感じる。元来母性本能が強い。俊平は、ムラムラと感情が湧き上がってくる。その時、ビールの入ったコップをなつみが落とした。すかさず。俊平はハンカチを差し出す。なつみはあの時の行動を思い出した。ふたりは笑った。そして、酔った勢いで、なつみを明日、誘ってみた。周りには誰もいない。なつみは返事をした。なつみの脳裏の奥の底には、俊平とは、運命に似た出逢いを感じている。トイレに行くとなつみはハンカチを見た。すると。「東京ディズニーランドホテルの名前と部屋番号が書いてある」このハンカチは。俊平の友達の提案の隠れミサイル的な発想。この作戦は2度当たった。翌日、なつみは東京ディズニーランドホテルに来ていた。なつみは俊平に運命的な出逢いを感じたのだ。結婚って、上り詰めた同士が結ばれて、子供を作り、子育てして、老後を迎えるだけではない。卵でもいい、ふたりで未来を築くのもら面白い人生だと。三人の女子アナの飲み会で結論していて、上り詰めてはいない、上り詰めようと努力している俊平に惹かれた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

女子アナの恋愛事情

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  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-04-03

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  1. 予感