雑種神代記✛F#-CR. -chronica resurgam-
拙作Cry/シリーズC零Cry/R.の、別分岐物語CR完結作です。
人の姿をしながら人ならぬ力を持つ「千族」が「雑種」だった時代、黒い悪意に壊れゆく少年が、己を取り巻く呪詛に焔を見出すCR枝葉末節の集大成。
C零A編の補完&再演でもあります。C零結末とは全く違う展開になります。
❖C零本来の話→https://estar.jp/series/10665070
❖C零CR初話(不定期公開)→https://slib.net/122520
update:2026.7.31-8.15
Cry/シリーズzero CR_Folio riser.
※Xfolioに「序」のみ掲載、エブリスタでは特典に「開」を掲載しています
◆開:知られざる落日◆
神に仕える身で王の剣士となったことを、生涯後悔はしないと決めた。名も無き自身を振り返りながら、長年監視した裏切者を追いかける魔道祭祀者は、運命の地に辿り着いた。
その砦の名前を、第六の峠。争いを続ける二つの国は、第四から第六までの峠を互いの国境とする。どちらの国にも僻地となる第六峠が、長く戦乱の中心地だった。
色づく雲の闇空の下、黒く錆びた柵の向こうに、隣国の大使館が見える。周囲には大量の土嚢と真新しい塹壕。ここ七年は休戦が続いていたのに、最早戦時の相に戻っている。
「……国より神の意向を優先。我らも十分、裏切者であるでしょうに」
北西の秘境に行った裏切者は、南西の第六峠に普通は現れるわけがなかった。けれどもその裏切者――休戦の英雄を青年の頃から見て来た通称祭祀は、英雄が必ず戻ってくることを予感していた。かつて英雄の仲間を幾人も奪って、今また争いの火ぶたを切って落とす、二国の終わりの第六峠に。
「ああ、そう。君のお父上も、そうしてこの峠を焼きに来ました――飛竜、ライザ君」
見上げる月が消えた。まだ闇が濃い初春の暗夜、断続する衝撃が祭祀を打ちつけ始めた。尖った獣の黒影が雲間を占拠する。悪魔の羽が生えた巨大な蜥蜴のような、うっすら外郭だけが光る赤い獣。
羽ばたきからは地上に風音が叩きつけられ、ゆらゆら揺れる周囲の空気が熱波と化する。魂なき裂眼は灰色に濁って、獣の内に迸る炎の血が大気を染めていく。
「……来い」
重い祭儀衣を上だけ脱ぎ捨て、生身の祭祀は剣を抜いた。この赤熱の獣の前に立つ役目は、祭祀が自ら定めた死に場所だった。
隣の人間の国ディレステアと、ここ化け物の国ゾレンは、何度も紛争を繰り返している。古代の遺産とされる強固な外壁でディレステアは国全体を囲まれており、その砦に六ヶ所ある峠の内の、南の三ヵ所がゾレンと接している。第四峠はゾレン王都の近傍、第五峠は両国の中立地帯、そして第六峠は戦地の最前線として。
祭祀も裏切者の英雄も、こうなるまでは第四峠に近い王都で、国のために細々と働いていた。隣国と祖国の休戦を仲介した英雄は、飛竜という脅威の獣を操る化け物であること、かつて国賊の疑いをかけられたことがあるため、国王直属密偵である祭祀が監視者として同居をしていた。
無愛想でも実直な英雄自身には、国を裏切る様子はなかったのだが、その身に在る赤い獣が力を持て余しており、暴徒と化する危険が強いからだった。
国王は英雄をヒトとして信頼していた。むしろ英雄を守るための祭祀の派遣。
赤い獣は無遠慮に炎を吐き出す。身一つの祭祀もヒト型雑種の化け物なのだが、飛竜という最強の獣にはさすがに剣が届かず、一瞬で灰にならないだけでも非凡だった。魔道で守る総身が徐々に灼かれゆく中、英雄と暮らした日々が走馬灯のようによぎり始めた。
英雄の子供に祭祀は剣を教えていた。愛嬌なき英雄一家の血筋をしっかりと受け継ぎ、ぴくりとも笑わない銀色の髪の子供は、祭祀を観る青い目に常に殺意をたたえていた。
「……それもまた、自業自得か」
祭祀は英雄一家に敵意は無かった。監視者と同居させられる一家が気を許さなかったのは当然として、それでも英雄自体は「腐れ縁」だと祭祀を認めていた。だから息子の剣の師も任せていたのだ。まさかその祭祀が此度に、息子を殺す刺客となって、娘をみすみす謎の勢力に攫わせるとは思いもしなかっただろう。
だから赤い獣が祭祀に、絶えない業火を噴きつけるのは当たり前だ。祭祀が幼い弟子に刃を振るったことを、英雄はその夜国を出る時には知らないでいたのに、秘境に隠れ住む「千里眼」が余計な告げ口をしたらしかった。
竜の目という奇蹟で蘇生を果たした息子が、秘境で意識を取り戻すことができれば、英雄は娘を探しに国に帰っただろう。誰が英雄の息子を害したかなどは、明かされない方が良かったのに。
隣国との再開戦が迫るにあたって、国王は英雄を異種勢力に利用されることを恐れた。英雄自身も休戦が終わるなら秘境に移住する、と国王にあらかじめ告げていた。その話を叶えるわけにはいかず、英雄に恨まれたくない国王は内密に足止めを目論んだのだ。
「まあ……それで愛弟子まで、斬る必要はあったのか、だが」
祭祀は国王の命令に逆らうことはできない。それが国王直属の密偵――「王属部隊」となった時の誓いだ。今回ここに赤い獣を止めに来たのも、国王の許可があってのこと。
謎の勢力が英雄の娘を攫って、残った英雄一家を国内に留めるだけで良かった。そこで英雄の息子まで息絶えるほど傷付けたのは、医療施設が集まる国内の中立地帯の、第五峠に英雄一家を軟禁するための一手だった。
英雄の娘の捜索は自分がする、と国王は一家に約束している。そこから英雄が第五峠に行かずに、息子を秘境に連れて行ったのが想定外だった。それも英雄が封じ続けていたはずの、危険な赤い獣を途中で解放してまで。
異変で陣を出た第六峠のゾレン兵士が、祭祀の周囲で次々と真っ黒な骸に変わる。この赤い獣が解放されてしまえば、制御が失われることはわかりきっていた。隣国との争いを平定した時分に、本来自身の「力」でなかった獣を、英雄が無理やり取り込んだせいだ。
「顔も知らないに下っ端に、八つ当たりして満足か……ライザ」
意識が段々遠のいてくる。荒ぶる英雄――赤い獣の憤怒も理解はできた。
突然息子と娘を失った惨劇に留まらずに、娘のために国に残った連れ合いまでが、国王の誤算で命を失う。そんな信じられない悪夢が、秘境に行った英雄に伝わってしまった。
そして英雄は祖国に復讐に来たのだ。これだけ赤い獣が無茶な力を放てば、馭者の英雄も無事では済まないだろう。もうとっくに燃え尽きているのかもしれない。
それでも祭祀は御前で志願し、赤い獣と対峙しに来た。祭祀が表向きは所属する教会の祭祀長には、不安定な都を離れることを罵られたが、再開戦に向けて国王をそそのかしたのは他ならぬ祭祀長だと知っている。
「貴様の敵は、我が王ではない。何故そんな単純な時勢も、貴様は視て来なかった――」
宰相を兼任して議会を任されている祭祀長は、国王を引っ張る王妃を休戦後に暗殺して実権を手にした。英雄が危険だと何度も審問にかけてきたのが祭祀長であり、国王が信頼する英雄の存在は祭祀長には邪魔でしかなかった。
祭祀は何度も、英雄にほのめかしてきたのだ。国王には覇権を取り戻す必要があること、そのためには以前から圧倒的に、力ある協力者が足りていない現実。
英雄一家は自分達の平穏だけを望み、国事には興味を持たなかった。それならせめて、大人しく第五峠に隠居し、国王の足を引っ張ることは避けてほしかったものを。祭祀にも積年の所感が噴き出し、体ごと突っ込んできた赤い獣とせり合う刃に熱が宿った。
「氷上の平穏にあぐらをかいて、災いから眼を背けたのは貴様だ、ライザ!」
間近の鼓動に、魔道の防壁が熔かされていく。それでもこの声だけは届くように。
国を守れ、と押し付ける気はなかった。祭祀も国王も、英雄に望んだのは敵対するな、その一点だ。そんな最低限の望みも英雄は掬い上げなかった。
英雄が赤い獣の封印で手一杯であると、現実的には解っていた。
どうしてそうした禍を解放してしまったのか。少なくとも赤い獣で秘境に着いて、そこで「千里眼」と再会するまで、妻と子を奪われた英雄の惨状を伝えられる者はなかったはずだ。憎悪の化身である赤い獣を解放するほど、道中の英雄には理由がなかった。
「何のために抑えてきた! ここで自らを焼き尽くすためか! 幼いユオンの殺意にも、怯えるエルフィにも貴様は気付かなかった! 何故ここに来てその眼を開けて、まだ残る二人を捨てることになっても、お前は消えられるんだ――……!」
英雄一家には嫌われていた。剣を教える弟子の青い目には、本質的には敵だと悟られていた。弟子の小さな妹にも、祭祀の冷たい素顔がいつも観えているようだった。
けれども七年、暮らしてきたのだ。幼子達が赤子から育つ姿を、共に胸裏に刻んできた。
自ら剣を向けた以上は、言い訳できることは何もない。それでもこれで英雄が赤い獣と滅ぶ末路は、祭祀と国王には見過ごせるものではなかった。
赤い獣を殺す気はなかった。これだけ近付けば鎖を放てる。迫る終劇に口の端が上がる。
魔道の徒として祭祀は優秀ではなかった。だから己が命を差し出す術しか切り札がない。
剣から発した光が赤い獣を捉えた。これは愛弟子の死出の声から知った青い抵抗で。
心残りは、「神」への懺悔。最後の願いを映した夜の帳が、硝子のように砕け散っていく。
しばらく後には、赤い獣だけではなく、峠を焼いた炎も消え去っていた。煙が昇って、焦げた人肉の匂いが漂う峠で残ったもの。
呆然と、荒い目の砂を掴む英雄だけが、いつまでも這いつくばっていたのだった。
雑種神代記✛F#-CR. -chronica resurgam-
ここまで読んで下さりありがとうございます。
前作初稿から8年越しで、やっとCR編の完結作を書けました。13万字弱の最新作で、最後の全力長編かもしれません。
C零全体導入「開」は正史にあたり、この表紙は本日だけです。CR主役はまだ出ていないのでご注意下さい。
7月31日から8月15日まで、毎日1章追加して完結させる予定です。掲載しながら校正を行うため、細部が変わる可能性があります。
CR完結作全編掲載は星空文庫のみです。夢の終わりまでお付き合いいただけましたら本当に幸いです。
初稿:2026.5.5「開」//7.22「終」
※C零不定期公開作品は下記にも全編を掲載しています
ノベラボ▼『雑種化け物譚❖A』:https://www.novelabo.com/books/6331/chapters
ノベラボ▼『雑種化け物譚』:https://www.novelabo.com/books/6333/chapters
ノベラボ▼『雑種化け物譚❖R』:https://www.novelabo.com/books/6334/chapters