ヒトとして生まれて・110Z

003   老舗旅館からの富士の眺望

 山梨の常磐ホテルには午後3時頃に到着、ちょうどチェックインの
時間帯であったがロビーは、まだ混み合っていなかった。玄関口では
検温後に手指の消毒を済ませて、フロントでの手続きが済むと、早速、
5階の客室まで案内される。

 客室は5人で泊まるため広目の部屋になっておりゆったり感がある。
空気の入れ替えをするために窓側に立つと、左前方に冠雪の富士山の
眺望があり、今年の2月に宿泊した伊豆の松濤館の客室からの眺望を
想い出した。

 そして同時に、先程、昇仙峡の展望台から見た冠雪の富士山の眺望
とは印象が違うことに気付いた。

 昇仙峡から見た富士山は、目の前に平原が広がっていたこともあり、
富士山の裾野まで稜線が伸びており、シルエットとしては冠雪の頂上
部が小顔の美少女の様な印象で眼に映った。
(さながら白雪姫といったところか)

 それに比べると常磐ホテルから見る富士山は、手前が山々で覆われ
ているためか、いつも見る富士山と云う印象であったが、それでも、
間近に見る富士山と云う印象はやはり力強く、ありがたいという気持
ちが湧き上がってくる。
(真近に観る海にも近い感覚を覚えることがある)

 それにしても、昇仙峡の展望台までの道のりは容易ではなかった。
仙娥滝のワイン販売店の通りを隔てた店先には山梨の名産でもある
水晶の大きな鉱石が飾ってあり覗きがてら店先でお土産物を買って、

 この土産店の駐車場をお借りしたこともあり、ここから昇仙峡の
頂上までのロープウェイ駅を目標に歩を進め、頂上の景色を眺めて、
この店に戻ってきてから、食堂でほうとうをいただきたい旨を伝え
て店を後にした。

 昇仙峡ロープウェイに乗ればあっという間に頂上、途中で眼下を
覗くと、荒川ダムが水溜りのように小さく眼に映った。

「秋のダム ケーブルからは 水溜り」 竜人

 昇仙峡ロープウェイの頂上駅で降りると、パノラマ台への案内板
が目に入ったので、どこにでもある展望台と云う印象で山道を登り
始めて驚いた、足元が滑りやすくて、とても危険な印象であり足元
が険しい場所では家内に手を差し伸べた。

 孫の中学生と・若旦那と・娘は道筋を選びながらも容易に登って
行った。途中で老夫婦にもお会いしたがたいへんそうだった。足元
を滑らせれば確実に怪我をする状況にあったので、パノラマ台まで
は慎重に脚を運んだ。

 目的地に到着すると、たしかに展望台と云うよりもパノラマ台と
云う表現に相応しい眺望であった。

「冠雪の 富士を眺めて 佇めり」 竜人

 目の前に広がった平原に、冠雪の富士山が裾野を広げているので、
前述したように、八頭身の美少女という佇まいがあり、しばし立ち
尽くした感があった。

 帰り道は、こころを落ち着かせて下山の道筋を選んで歩を進めな
いと危ないので夫婦でお互いの足元を気遣いながらの下山となった。
ロープウェイの頂上駅に戻ると、目の前に、夫婦木神社と金桜神社
が祀られていて参拝すると、復路は、来た道を辿って、仙娥滝の傍
の食事処に向かう。

 道のりの途中には紅葉の盛んなほうとうの店があって店も駐車場
も満杯、我々は予定通り昼食を約束した仙娥滝の傍の土産店に戻る。

「紅葉の 奧に構える ほうとう屋」 竜人

 仙娥滝の傍の食事処も、ほうとうが自慢の店であったが店頭に客
の行列はなく、すぐに入店できたが店内は、ほうとうを楽しみにし
ている客で、椅子席は溢れかえっていたので、我々は座って食事を
する6人用のテーブルで、ほうとうを食することにした。

 店の注文係が来ると全員5名が揃って単品のほうとうを注文した。
メニューには美味しそうに、写真入りで、ほうとうに川魚(いわな)
の串焼きと、とろろ飯をセットにした定食を勧めていたが、我々は、
常磐ホテルの夕餉を頭に浮かべていたので、おいしそうないわなの
誘惑は断ち切った。
(前述の様に、これは、極めて正しい判断であった)


004   山梨の森の中にあるハイジの村

 前夜から、2日目に訪れてみたい行楽地が、5名(全員)の共通の
話題になっていたものの、翌朝まで、決定打がなかった。

 初日に高速道路を降りて、すぐの場所に「信玄餅」で有名な桔梗屋
があり、午後に寄る案もあったが、今や、桔梗屋のセールスポイント
にも成りつつあり、それが狙いで観光バスも立ち寄る「アウトレット
商品」と「信玄餅の掴み取り(袋詰め)」については一般客にとって
「朝市が勝負どころ」という予想を建てて、朝、速攻で立ち寄った。

 入間市を、午前5時に出発、一番目に立ち寄った名所「桔梗屋」で
あったが、既に駐車場は混み始めていた。

 店頭には人の列が出来ていて・・・

◯ 信玄餅の掴み取り(袋詰め)は、既に、予約で完売していた
◯ 人の列はアウトレットに向けての整理券入手の人の波であった

 定刻になると人の列は店内に吸い込まれて行った。皆、喜々として
買い物かごに馴染みの商品を放り振り込んでいる。一番人気の信玄餅
は格安の値段が付けられていて「お一人様・一個限り」の表示看板が
目立つ。

 購入の個数制限をしないと掴み取りの場になりかねないという配慮
からだろう。信玄餅は、賞味期限が短い、高速のインターにおいては、
目の前で信玄餅が飛ぶように売れて行くが、当然、買い手にはムラが
あり需要にも波がある、これに柔軟性をもって対応するには滝の様に
一気に掃けてくれるアウトレットは消費を促す効果が期待出来る。

 アウトレットで信玄餅に個数制限をかければ思い通りに、掴み取り
で手に入れたいという欲求が湧いて来るので、この期待に応えて掴み
取り(袋詰め)を企画すれば根こそぎ持って帰ってくれる。

 山梨の人々は、つくづく商売上手だと、いつも感じているところだ。

 私が、欅の花粉アレルギーで顎に湿疹が出来た時にも山梨へのバス
ツアーでハーブを生かした顔クリームに遭遇して顔アレルギーによる
顎の痒みを解消、年間を通して顔クリームとローションのセット買い
を続けている。

 その様な訳で行きたい場所の一つである「信玄餅」の名所には昨日
立ち寄った。

 何といっても山梨の一番キャラは「武田信玄」公であるが、信玄が
館としていた名所であり現在は神社となっている旧跡には昇仙峡を後
にして坂道を下り、常磐ホテルのチェックインまでには、時間の余裕
があるので、その際に寄っている。

 そうなると、二日目の訪問先としては、山梨のフルーツセンターが
真っ先に脳裏に浮かんでくるが朝食の後の鎌倉ファミリーのヒラメキ
で「ハイジの村」が訪問先の一番候補に挙がった。
(しかも、まだ、誰も行ったことがない)

 鎌倉ファミリーの愛用車のナビを頼りにして現地に着くと「らしき」
場所には、着いたものの雰囲気が想定外、いったん車から降りて辺り
を散策していると、聴力の確かな鎌倉の若旦那と家内が道路越しの森
から「ハイジの歌」を聴き付けた。

 道路を渡って、ハイジの歌が聴こえた方向に車を進めると、そこに
ハイジの村の入り口を見付けた。

 山梨の森の中のハイジの村は、老若男女で、楽しめる場所であった。
(その模様は簡単なポエムの形で紹介することにしよう)


【ハイジの村 (山梨の森の中)】  万田竜人
 
ドライフラワーが屋台を覆い入館を促している
チケット販売の女性はスイス風のいでたちで眼鏡をかけている
窓口では検温を抜かりなく徹底している

入場するとハイジがブランコで遊んでいる
ブランコの下には山羊たちが群がって牧草を食んでいる
そこにペーターの姿はない

ハイジの寝所を覗くと簡易ベットが部屋の奥に据えられていて
アルムのおんじいの雰囲気が伝わってくる
大きなミルク缶が置いてありおんじいは山羊小屋に出掛けたか

山羊小屋に出掛けると角が丸まった年寄りの山羊が出迎えてくれる
相棒の若い山羊はストレスがたまっているのか地面を掘っている
小屋の中の奥の山羊たちは小屋の奥でなにかを口にしている

年寄りの山羊に別れを告げて丘を登ると
そこは一面が薔薇園になっていてシニアが写真を撮りあっている
親子連れの母親は子供を抱えて薔薇の香りを嗅がせている

広場に出ると大型オートバイの前でイケメンがポーズを取り
女性がカメラを構えてファインダーを覗いている
正面から左側から右側からとショットを自在に変えて

やがてレストランの入り口に道がつながっている
チーズホンジューがお薦めのメニューとある
全員5名が揃ってチーズホンジューを注文する

食べてみて味覚に対して意見が割れる
女性陣の感想は癖のある匂いにブルーチーズが入っていると
それにお酒の味もすると評判が悪い

男衆には孫も含めてイケル味と評判が良い
この味覚論争はハイジの村の駐車場を発進してからも続いた
結論はいずれ我が家でチーズホンジューの再トライが決まった

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 話題は逸れるが、私は、シンプルな・ポエム(詩)を、時々、書く
ことがある。まだ三十代後半において航空機用のジェットエンジンの
組み立てや総合運転試験およびエンジンオーバーホールを主体にして
エンジン整備を担当する事業所において、事業所長の思い付きもあり
事業所の創立10周年の記念祭に「事業所(工場)の歌」を公募した
ことがある。

 この時に、私は事業所(工場)内への管理工学(IE)の実践的な
導入を役割として担当していて、入社時に、自分たちで量産設計した
純国産ジェットエンジンの製造および国内のエアラインから受注した
旅客機用のターボジェットエンジン整備などを、導入対象として活躍
していたが、当時の夢は国際的な航空機用のジェットエンジンを輸出
することであった。

 そして、その思いを、シンプルな形の歌詞に託して応募したところ
「工場歌として入選」国立音大卒の黒田奈保子さんに曲を付けていた
だき、昭和55年(1980年)11月9日(日曜日)に瑞穂事業所
の創立10周年を祝う ”1980 MIZUHO フェステバル”
において、次の様な内容で披露された。



      【瑞穂エンジン全開・発進】
                      
           作詞   生産管理部  佐久間 勉
           作曲   国立音大卒  黒田奈保子

     大空を駆ける 若き翼 燃ゆる
     行け 我等が 逞しき 瑞穂
     おお地平線の 海と空のかなたに
     輝く 未来の希望目指して
     行くぞ 我らが IHI 瑞穂

     緑なす大地に みなぎるファイト
     歌え 我等が 友情の歌を
     飛べ 宇宙の 光の中へ
     輝く 未来の希望目指して
     行くぞ 我等が IHI 瑞穂

     世界の空に 素晴らしきジェット
     行け 我等が IHI エンジン
     飛べ はばたけはやぶさのように
     輝く 未来の希望目指して
     行くぞ 我等が IHI 瑞穂

 そして、この歌は社史でもある「IHI 航空宇宙30年の歩み」
にも掲載され、紹介された。

 ”1980 MIZUHO フェステバル”では、いも掘りや出店
など、家族連れの楽しい一日となったが、その折りに ”工場歌”と
して瑞穂事業所の活動のひとこまとして紹介されたものである。

 そして、この歌は、瑞穂事業所の従業員から歌詞を募集したもので、
応募23点の中からこの歌が選ばれたことなども併せて紹介され曲が
付けられたことで、フェステバルでは形となって発表されて、以来は
昼休みに構内放送で流されるなどその後も長く愛唱された。

 実際に ”1980 MIZUHO フェステバル”当日は、歌詞
の入賞の表彰式も行なわれて、作詞した私と作曲した黒田奈保子さん
が会場の壇上に呼ばれて、二人で歌唱披露することになり大いに照れ
たことを今でも覚えている。

 また、この歌を 「IHI 航空宇宙30年の歩み」にも掲載する
ことになったという知らせが事務所に寄せられて、私が、30年史を
編纂している事務所に歌詞と譜面を届けに行った時に面白いやりとり
があった。

編纂部長「あっ、忙しいところを、歌詞をお届けいただきありがとう。
君たちの事業所や工場内での管理工学(IE)普及の大活躍は聴いて
います。君たちが我々の年齢になる頃には、給与も、倍増することを
願っています」

私「ありがとうございます」と云って、引き上げて来たが・・・

 その17年後には、皮肉なことに全社的な不況の中で管理職定年の
適齢期に達したため年々給与が10%削減されて、定年時には30%
まで削減された。
(編纂部長は、古き良き時代の幸せ人であったと云える)

 ついでに、この編纂部長は社内結婚で、若い奧さんとは、今風の歳
の差婚で面白い方だった。当時、奥さんは営業部のスタッフで、私が、
見積もりの書類を届けに行った時に・・・

若奥さん「あっ、ご苦労様、貴方は遠くで見ると、すごくハンサムに
見えるけれど、そばで見ると、そうでもないわね」

私「その見積書、急ぐとのことでしたので、よろしくお願いします」
と、そそくさと引き上げながらも、編纂部長は幸せな方だなと心の中
で思った。

 はてさて、当時は、私もまだ38歳であった。今から40年も前の
絶頂期のことを思い出して懐かしい。

 私にとっても、グッドジョブ全盛の頃、楽しい想い出には、利息が
ついて返って来るので、話題も気持ちも膨らんでいる可能性がある。
(半分くらい値引いて読んでいただけるとありがたい)


005   山梨のフルーツドームが素晴らしい

 やがて、鎌倉ファミリーの自家用車は山梨のフルーツセンターに
向かった。この選択が「吉」と出るか「凶」と出るか、これは賭け
に近いが結果的には中吉くらいに納まった。

 フルーツセンター訪問は、久方ぶりであったが、大きなドームの
登場には驚愕であった。内部に入るとドーム内は明かるく天井も高
くて、コンサート会場にでも活用したら、素晴らしいだろうな、と、
かってに想像を膨らませる。

 場内のテラス風のカフェは、美味しいフルーツを楽しめる場所に
なっていて多くの若者が集っている。ソフトクリームのコーナーも
あって、私は、シャインマスカットのソフトクリーム購入を家内に
頼んで座って食せる場所取りをした。

 鎌倉の若旦那は連続運転で疲労感もあり、車内で軽い睡眠を取る
ことになった。

 鎌倉の娘と中学生の孫と我々の四人は、アイスクリームを楽しむ
ことになり休息の過ごし方は、それぞれ五人にとって違ったものと
なったが、それぞれにとって不可欠なものであったと考える。
(一方で、この休息が高速道路の渋滞に巻き込まれる遠因となった)

 ほとんど自動車の車庫に入ったに等しい状態で、動きがほとんど
ない、それでも亀さん状態でノロノロと車は動き出した。

 我が家では飼い犬を入間の自宅近くのペットホテルに預けており、
今夕に迎えに行くことになっているので、家内から念のため電話を
入れておくことにする。

「午後9時までに到着なら、超過料金は発生するものの、お迎えは
OK」という返事をいただいた。

 ところで自動車は相変わらずのノロノロ状態で、この先の談合坂
サービスエリアの駐車場は満車のため、入場不可と云う情報が入り、
ひとつ手前のサービスエリアに入ってトイレ休憩を取り、再び高速
道路に戻ったものの自動車が進む気配はない。

 道路の混雑状況を知らせるアナウンスに寄れば、談合坂を抜ける
までに約3時間を要すると云う。

 ここで、ついに鎌倉の若旦那の決断で、高速を降りて夕食を手に
入れることになりコンビニを探す、バス通りならコンビニ店はある
だろうと云うことになり、バス通りに沿うようにして一般道を走る。

 ようやく、大型のコンビニ店を見つけたものの、店先の駐車場は
満杯状態、なんとか駐車して店内に入ると店内はごった返しており、
トイレ待ちの人の列は店内にとぐろを巻いている。

 夕食の弁当やサンドイッチなどをそれぞれに入手、鎌倉の若旦那
は食物を胃袋に入れると眠くなると云うので絶食しての運転、私が
替わって高齢者運転をしたら、皆さんの命が危うくなるので素早く
替わって運転と云う訳にも行かない。

 しばらくは、ナビの案内で自動車を走らせていると高速の入り口
付近に差し掛かる。一般道路を行く算段もあったが高速の入り口の
案内を覗くと「渋滞8Km」の表示が眼内に飛び込んで来る。

「これなら高速で行ける」と、いうことを男性陣は即断、女性陣は
渋滞の再燃を予測、自動車のハンドルを握っているのは若旦那なの
で躊躇なく高速に入ることを決めて高速道路に進入して行く。

「あれほど混みあっていた高速道路をみんなでいっせいに降りたと
言う事か?」高速の走りは徐々に加速されて、本来の高速における
走りとなった。

 若旦那のハンドルさばきも快調で先程「入間着は午後10時過ぎ、
飼い犬はさらに一晩のお泊りか」と気の毒な思いで、私も、家内も、
ほぼ観念していたが状況は一気に好転した。

 入間圏内に入ってからは、飼い犬のペットホテルへの直行が決り、
ペットホテルには午後8時半に到着、タイムリミットの午後9時前
だったので、インターホンで・・・

「なんとか午後9時前に間に合いました」と、伝えると、
「少々、お待ちください」と、いう嬉しい答えが返って来た。

 やがて、ペットホテルの入り口のドアが開けられて飼い犬が姿を
見せる。飼い犬を抱きかかえて車内に戻り車が走り出すと・・・

 今までにない飼い犬の「つぶやき」が始まる。何かを訴えるよう
な弱々しい吠え方で家に到着するまで、このつぶやきは続いた。
(飼い犬にしてみれば余程たいへんな体験をしたようだ)

 飼い犬は帰宅してからもお腹が不調で血便気味の下痢をしており、
ストレスによるものであることは分かっているので、薬を処方する
ものの、飲んでくれないため、翌日、かかりつけの獣医さんの処に
連れて行き、事情は通じているので注射をしていただいた。

 今までは、こんなことがあるので私が飼い犬と留守番をすること
が多かったのだが、家内にしてみれば「年に、一回や二回くらいは、
いいでしょう」という考え方であったが、正解ではなさそうだ。
(飼い犬にしてみれば答えは一つ)

 我が家に着いてからは、全員がほっと一息だが、鎌倉の若旦那は
絶食状態で運転を続けて来たので、取り敢えず、速攻でエネルギー
になる夕食を摂りに出掛けた。

「当初の目論見では、山梨を午後3時に出れば午後5時には入間に
到着、そのまま鎌倉まで高速を飛ばせば翌日の出勤や通学には悠々
と間に合う」と考えていたが、

 この目算は完全に外れた。新型コロナ禍の中では政府の肝いりの
ゴーツートラベルであっても、それほどには、混雑はしないだろう
と考えていたが、帰途の高速道路は完全に駐車場と化した。

 鎌倉の娘は入間圏に近づいた時点で脳内を高速駆動させることで、
「今晩は入間泊り、明日は5時起きをすることにして今晩は亭主殿
に充分な休息をとっていただこう」と、即断した様である。

「考えてみれば、山梨を午後3時に出発して、入間着の午後8時半
まで若旦那は自動車のハンドルを連続して握りっぱなしで絶食状態、
バッテリに例えれば、ここでしっかりと充電をしておかないと」と
いうことになる。

◯ 最近のスポーツ論で云えば「水分を欲する前に水分補給」を、
◯ 働き方の生産性からは「疲れる前に休息」を、に通じる考えだ

 もっとも今回のドライブ状況からは「疲れる前の休息ではなく」
「ダウンする前に休息を」と、いう状況にあると云える。

 鎌倉の娘は「相手方の状態を推し量るシミュレーション能力に秀
でたもの」を天性として持っているところが見受けられる。思えば、
昔のことであるが、家内の妹が千葉県に買い物に出掛けて倒れ込み
救急車で運ばれて緊急入院したことがある。

 その際に、真夜中に妹の長男から電話がかかってきて容態が思わ
しくないので自動車で千葉県の病院に、早急に、来てもらいたいと
云う緊急要請であった。

 夜中ではあったが、二人で身支度をして出発前に鎌倉の娘にだけ
は知らせておこうということになって、緊急電話を入れて出掛けよ
うとしたときに玄関先で電話が鳴った。

 電話口に家内が出ると鎌倉の娘からの折り返しの電話であった。
(我が家の電話は常にオープンスピーカーなのですべて聞こえる)

「お母さん、明日の朝に、一番電車で千葉に向かうようにした方が
良い」と。娘にしてみれば「私が自動車の運転が得意でないことを
熟知している。ましてや今から自動車を走らせたところで約6時間
の違い、事故などに遭遇した時に夜中では他からの救援なども期待
出来ない」と、考えたようだ。

 家内も考え直して、私と相談、鎌倉の娘も 「明日の一番電車で
千葉に向かう」という。私と家内も相談の結果「明日の一番電車で
千葉に向かうこと」にした。

 翌日、千葉の病院には昼前に着いた。鎌倉の娘とも合流して病室
に向かうとベットに昏睡状態の義妹の姿を確認、千葉まで出掛けて
買い物の途中、道路上で転倒して頭部を打ち急速に容態が悪化した
のだと云う。

 我々シニアにとって加齢に伴う足元の不安定感は日に日に増して
くる。直近でも、あれだけ、元気一杯であったアメリカのバイデン
大統領当確(候補)も愛犬と遊んでいて、足をひねり右足首の骨に
ひびが入るという怪我をしたという。

「幸せな絶頂期は気を付けないと危ない」

 私もテニス全盛の頃に試合に出ていて、そのスマッシュが決れば
勝てると云う状況において、靴を新調していたこともあり、ボール
に向かって身体が伸びきった、後で着地に失敗して、スマッシュは
決まったものの足首を捻挫、接骨院のドクターからは、骨折の方が
まだましといわれる程の酷い捻挫をしたことがある。

 今回の山梨の常磐ホテルでも、2日目の朝、朝風呂に入っていて、
屋内の風呂から露天風呂に移動して、風呂に入った処で、足を滑ら
せて仰向けに転倒、湯面に受け身をする様な格好で、仰向けに転倒、
先に風呂に入っていた二人の若者が気遣ってくれたこともありなん
とか無事であった。

 部屋に戻って家族に報告すると「日頃から、テニスをやっていて
咄嗟に反応できた」のかもしれないという反応が返ってきた。

 かつて、美人の湯と云われて、湯質がすべすべする温泉に行った
時にも、風呂の入口で足元が滑って入り口に設けられた手摺に咄嗟
に捕まって怪我もなかった経験があるが、シニアにとって、温泉に
おける足元は危険がいっぱいなのかもしれない。

 そのようなことを思い出しながら、鎌倉の若旦那が街中で夕食を
済ませて帰ってくるまでに、なんとか自宅の風呂の準備をして間に
合わせた。自宅の風呂内にも浴槽の奥には手摺が設けられているが、
これもシニアにとっては必需品なのかもしれない。

 やがて、全員がリビングに集うと、我が家の飼い犬も、ようやく
落ち着きを見せた。

 その晩は、みんな早目に寝床に入り、翌朝の午前5時には鎌倉に
向けて我が家を出発、それぞれの出勤と、通学にはスムーズに対応
できたと、後刻、電話で連絡が入った。
(いろいろあったが楽しさ満載の山梨への旅であった)

 その後、令和4年(2022年)の年末に、飼い犬「もも」は
16歳で天寿をまっとうするように天国に旅だって行った。家内
による飼い犬「もも」への終末介護は微に入り細に入り喫食への
支援は昼夜を通しての献身ぶりで、私には、見習えない気配りで
あり飼い犬「もも」にとっては幸せな時間であったと考えている。

 そして私の最近の文筆活動も、韻を踏む俳句の世界を脱皮して
散文の世界に移ってきているのも、俳友のシェフさんとの交流が
途絶えたと同時に、飼い犬「もも」との、日々の彩の森入間公園
巡りがなくなり、園内の花々や樹々との接見が途絶されたことも
影響しているのかな? と考える今日この頃ではある。

(続 く)

ヒトとして生まれて・110Z

ヒトとして生まれて・110Z

韻を踏む世界から散文の世界への転身

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2024-02-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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