*星空文庫

君が居ない世界に、僕は居れるだろうか

赤羽根 比呂 作

君が居ない世界に、僕は居れるだろうか
  1. 『君が居ない世界に、僕は居れるだろうか』
  2. 『君が居ない世界に、僕は居れるだろうか ‐君の部屋-』
  3. 『君が居ない世界に、僕は居れるだろうか ‐君へ‐』

『君が居ない世界に僕は居れるだろうか』3部作です。

『君が居ない世界に、僕は居れるだろうか』


 真っ白な空間に微かに消毒液が香る院内。
 「よっ」といつものように僕は声をかけ、君は「うん」とだけ返しぎこちなく笑む。
 いつの間にか、これが僕達の挨拶になっていた。
 抗ガン剤で頬はやつれ、髪は抜け、それを隠す為にニット帽を被り、以前の君じゃ無い気もするけど、笑った顔はやっぱり君でホッとしていた。
 「何?」といつもの落ち着いた君の声に「ううん」と僕は顔を横に振った。
 ふと洗濯物を鞄に詰めながら「本当に君を苦しめているのは病気じゃなく抗ガン剤を執拗に勧めた僕なんじゃないか?」って、「僕のエゴで君を苦しめてない?」って言いたくなる事がある…。
 詰め終え病室の窓から夜景を眺めていると「ねぇ…」と声をかけられ振り返ると目にいっぱい涙を溜めてる君がいた。
「何で泣いてんの?」
「…もう戦わなくていいかな…」
 「今、抗ガン剤を止めれば後数カ月、続けても後半年…」と昨日医師に言われた事の答えを出したらしい。
「うん…良いよ…」
 僕も君の涙につられて泣いていた。
「ごめんね…ごめんね…」
 その言葉がいつまでも耳から離れなかった。
 君の意志を医師に伝えると「分かりました。でも覚悟して下さい」とだけ。抗ガン剤を止めてから日に日に顔色は良くなり、このまま元気になるんじゃないかって期待させるぐらい回復して行った。でも医師は僕にだけ「副作用が無くなっただけで確実に病魔は進行してます」と期待させてくれなかったけど、それでも君が元気になって行くのが何より嬉しかった。

 それでももうじき、君は死ぬ。
 分かってる…。
 覚悟しなきゃ…。


 白髪だらけで、歯なんて無くなって、しわくちゃに老いて行く僕を君に見られなくて良いけど、しわくちゃに老いて行く君を見たかったな…。
 「絶対イヤ!」って君は怒ると思うけど、やっぱり老いて行く君も見たいんだ。
 一緒に老いて行きたかったな…。
 どうしてこんなにも好きなのに何もしてあげられないんだろう。
 どうしていつも笑っていた君がこんなに苦しい思いをしないといけないんだろう…。
 「ごめんね。子供産んであげる事も出きなくて…」なんて急に言い出して
 「子供苦手だから助かったよ」ってはぐらかしたけど、やっぱり子供欲しかったな。
 君に似た女の子で優しくて素直なんだろうな…理想だけど。

 クソッ期待してる…。
 もうじき、君は死ぬ。
 分かってる…。
 覚悟しなきゃ…。


 ちゃんと僕は君を看取れるだろうか…。
 「君は最期に僕の顔が見たい?」なんて聞いたら君はたぶん怒るだろうけど、怖いんだ…。
 君が僕の前からスッと消えてしまうのが。
 息をしてない君を見た時、僕は壊れてしまうかもしれない。
 取り乱してしまうかもしれない。
 君の好きだった僕じゃ無くなってしまうかもしれない。
 最近良く思うんだ。
 君が居ない、君が存在しない世界に僕は居れるだろうかって…。
 君の居ない世界はきっと酷くつまらない世界なんだろうなって…。
 僕は君の後を追ってしまうんじゃないかって思ってしまうんだ。

 …ごめんね。
 君の方が怖いはずなのに、僕は自分の事ばかり…。
 分かってる。
 覚悟しなきゃ…。
 覚悟って何だよ?


 深夜、病院から電話が有り延命措置を拒否した事により予定より早い危篤の知らせが来た。
 覚悟しなきゃ…。

 雪が降りしきる朝、君は僕の顔を見てゆっくり笑った。
「何…その…頭…」
 僕はあちこちにハネる髪を手グシで梳かした。
「仕方ないだろ、急いで来たんだから…」
「そう…ねぇ…」
「ん?」
「再婚…してね…」
 言うとゆっくり目を閉じ逝ってしまった。
 僕を残して逝ってしまった。
 眠るようにスッと逝ってしまった。

 分かってる。
 君はもう何処にも居ないって、死んだんだって。
 でも、暖かい君の身体に触れてるとまたあの屈託の無い笑顔を見せてくれるんじゃないかって期待させるんだ。
 そんな事ありえないって分かってるのに…。


 - end -

『君が居ない世界に、僕は居れるだろうか ‐君の部屋-』


 君の部屋のドアを開けたとたん、懐かしい良い香りがした。
 あの頃君が良く付けてた柑橘系の香水の香りだ。
 少し薄暗いけど女の子らしい部屋で、半分しか開いていなかったカーテンを全開にすると一斉に暖かな春の陽射しが射し込み、窓を開けると風が勢い良くカーテンが舞った。
 ベッドに座り部屋全体を見渡した。
 棚にはMDコンポと小さなTV。
 水色で花柄の布団と枕。
 いつも聴いていたCD。
 壁にはカレンダーと僕があげたキーホルダー。
 ただ、虚しく時を刻む置き時計。
 小さな頃から好きで集めてたガラスの小物。
 机には埃を被ったままのノートパソコン…。
「あっ」
 僕は棚のアルバムを見つけ、開いた。
 僕ですら忘れてる出来事が、そこには色あせる事無く存在していた。
「分かってるんだ。ここには君との思い出が残ってるって…」
 君の写真を見つめながら泣いていた。

 結婚して二年間だったけど一緒に暮らしていた部屋。
 君がここにいた証し…君がここで生きていた証拠…。
 でも、君はもう何処にもいない…。

 ずっと前から覚悟してたのに、その事実があまりにも辛くて僕はずっとこの部屋に入る事が出来なかった…。
 でも分かったんだ。
 主を亡くしたこの部屋は、今でも主が帰って来るのを待ってるって。
 そして僕には淡い思い出と安らぎをくれるって…。

 僕は窓を閉め、ドアの前で「また来るな…」と呟きドアを閉めた。

 - end -

『君が居ない世界に、僕は居れるだろうか ‐君へ‐』


『君に手紙を書く事にしたんだ。
 長いかもしれないし、短いかもしれない。
 読んでくれないと分かってる。
 それでも、君に伝えたい思いを手紙に書くよ。
 君とお別れしたばかりの頃、部屋で音楽を聴きながら小説を読んでいると、
 ついいつもの癖で「ねぇ曲変えて良い?」なんて、一人なのに聞いてる自分が酷く滑稽だった。
 いつも直ぐ隣りにいた君が、居ない事を忘れてる自分がいた。
 分かってるんだ…もう君は居ないって…。
 いつかきっと君の事を忘れられる。
 一番好きだったから忘れられる。
 そんな言葉を暗示のように自分に言い聞かせてる時期もあった。
 それでも居るんじゃないかって、
 君がいつも座ってたソファーを見つめたり、君の面影を探す日々もあった。

 半年が過ぎ、仕事の忙しさを逃げ道に僕は君を思い出すのをやめていた。
 君の面影を探す事も無くなった。
 君が居ない事を忘れなくなった。
 TVクイズを見ていても独り言を言わなくなった。
 誰も居ないのに「なぁ」ってソファーに向かって言わなくなった。
 君が居ないから…。

 最近良く君の夢を見るんだ。
 で、朝、目が覚めると泣いてるみたいなんだ。
 夢の中で君に会えて嬉しいからじゃない、あの頃のように屈託の無い笑顔で笑いかけてくれるからじゃない。
 そんな懐かしい夢から覚めなくてはならない辛さが僕に涙を流させるんだと思う。
 もしかして君と過ごした時間を現実では思い出そうとしないから君が意地悪をして僕の夢の中に現れてる?
 なんて思う事もあるんだ。だって変だろ?
 君とは沢山ケンカしたはずなのに夢の中では君はいつも直ぐ隣でニコニコしてるんだ。
 これは本当の君じゃないって分かってるのに、どうしても僕はこの夢を終わらせたくない思いが強いのか、
 いつも会社には遅刻ギリギリで出勤してる日々です。

 君が居なくなって三年が過ぎ、こんな君の事ばかり考えてる僕にも新しい彼女が出来ました。
 君と雰囲気が良く似た娘です。
 彼女には悪いと思うけど、今でも僕の中で一番は君だよ。
 でも二番目に好きなのは彼女なんだ。
 彼女も君と僕との関係を理解してくれてる。
 僕彼女に失礼だと思いながら
「前の奥さんの事忘れられないんだ。それでも良いなら付き合って下さい」って言ったら
「それでも良いよ。あなたが前の奥さんを今でも大切に思ってる事も分かってる。でもあなたには私が必要でしょう」だって。
 僕思わず「うん」って答えちゃったけど、彼女には僕がどんな風に見えてたんだろうって思うとちょっと怖い気がするよ。

 今でも君が好きだよ。本当に…。
 長いかもしれないし、短いかもしれないけど、また手紙を書くよ』

 僕は手紙を、僕をおいて逝ってしまった君に届くように君と同じ名前の木の下に埋める事にした。
 さくら…誰よりも君が好きだよ。

 - end -

『君が居ない世界に、僕は居れるだろうか』

 友人のサイトで、『文色(あやいろ)-ayairo.net-』というオリジナルボイスドラマを制作公開してるサイトがあるのですが、そこで一部目の『君が居ない世界に僕は居れるだろうか』をボイスドラマとして公開しています。よければそちらも聞いてみてください。小説とは違った面白さがありますよ!

※文色 -ayairo.net- 『君が居ない世界に僕は居れるだろうか』
http://ayairo.net/voicedrama/suchas/suchas002.html

『君が居ない世界に僕は居れるだろうか』+続編の『君の部屋』+『君へ』を掲載。

『君が居ない世界に、僕は居れるだろうか』 赤羽根 比呂 作

 真っ白な空間に微かに消毒液が香る院内。「よっ」といつものように僕は声をかけ、君は「うん」とだけ返しぎこちなく笑む。いつの間にか、これが僕達の挨拶になっていた…。※続きは本文へ。

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更新日
登録日 2013-01-13
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