長い休暇

長い休暇

「長い休暇制度」
 というものがある、らしい。
 実は知らなかった。というか、一部の人間しか知らない、らしい。
 らしい、らしい、と。これしか言えない。だって急に言われても意味が分からない。
 目の前に差し出された紙切れ数枚には、なんだか仰々しい文言が並んでいるのだけれど。今それを目にしている、ルチカ自身には何が何やらサッパリだった。
「ざっくり説明するとね、給与付きで長い休暇をとる決まりなのね。だから、休むのが仕事」
「休むのも仕事じゃなくて?」
 思わず上司へ、タメ口を吐いてしまう。ルチカはあわてて「すみません」と言った。
 上司は気にした素振りもなく、慈悲深い笑みを浮かべる。優しすぎる笑顔は逆に怖いものだ。
「これ、休暇制度についての書類ね。よく読んでおくように。それと、この制度についての承諾書にサインと押印して明日までに提出よろしくね」
「え? 承諾……って、拒否して出さなかった場合はどうなるんですか?」
「え? お給料もらえて休めるのに? 嫌なの?」
「え? いいえ……はい」
 ルチカは訳が分からないまま、上司から受け取った書類をもう一度見た。分厚い書類にはなんだかゴチャゴチャ書かれていて、内容が頭に入ってこない。
 給料が毎月入るのは本当のようだ。しかも破格の額。これは夢か? と頬をつねってみる。痛かった。
「あ、それとね。その期間中の出費は経費で落ちるからね。休むことが君のお仕事だから、おおいにお休みしてね」
 ニッコリと上司に言われて、ルチカは口をあんぐり開けた。ああ、これが夢なら覚めるな!

「ということで、長い休暇をいただきました」
 と、ルチカはミンミに笑顔で話す。親しい友のミンミは「え? なにそれ怖くない?」と真顔で返した。ルチカも最初はそう思ったので、旧友の反応は予想通りだった。
「まあ、たしかに~うますぎる話ではあるけど。なんかもう、まあいっか~と思って。今すっごく楽しく過ごしてる。明日から旅行も行くし、経費だし」
「いや、怖いって……」
 ミンミはそう言うが、ルチカはもう書類に判を押してしまった。取り消しはできない。では、休暇を楽しむしかない。実際、おおいに遊んで満喫している。
「あとで請求される、なんてオチじゃない?」
 と、ミンミはからかい半分に笑う。ルチカも笑った。

「休暇、ご苦労様でした。よく休めたかね?」
 上司に問われて、ルチカは「ええ、まあ」と返事をする。
 定められた期間が終わり、再び出社したところ、神妙な面持ちの上司に迎えられた。空気がピリピリしているように感じるのは、気のせいだろうか。
「それでね、君には次のお仕事があるのね。ざっくり説明するとね、この星を出て、星を作りに行ってほしいのね。君、選ばれたのよ」
「選ばれた? だ、誰にですか?」
「誰が、とは答えられない。それを知ったところで、君にとっては何の意味もないからね」
 上司の冷たい声音に、ルチカはそれ以上聞くことができなかった。知らぬほうが身のためだ、とでも言いたげな顔で、上司はルチカを睨んでいる。
「まあ、これも運命だと思って。受け入れて。がんばって働いてね」
 上司は淡々とした口調で、机の上にポンッと紙を置いた。スッと、ある箇所を指さす。
「それとね、休暇制度は他言無用。ここ、書類に書いてあったでしょ?」
 流し見ただけの書類の内容を、ルチカは思い出せもしない。そう言われてしまえば、何も言い訳できなかった。
「これ、当事者以外は秘密なのね。だから、君のお友達もそれなりの運命は覚悟してもらうからね」
 ルチカの顔色は青を通りこして、白くなった。頭の中も真っ白だ。最初から最後まで、何を言われているのか分からなかった。

*****

 ある日、ミンミは上司に呼び出された。渡された書類には『長い休暇』と書かれていた。
(了)

長い休暇

長い休暇

短編。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-05-06

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