夕暮れの鳥

小さな殺意

 わたしは、夜が嫌い。たぶん、夜に死んだから。きっと、だれもいない、さみしいところで死んだんだろうな。全然覚えてないけど。そんな気がする。

 ある日、子供の二人組からパンをもらった。わたし、それがうれしかったの。ここに来てから、だれかにパンをもらったことなんてなかったから。でもそれが「ウンノツキ」ってやつだったのかな。むずかしいことはわかんないけど。

 パンをくれたのはうれしかった。でも、「あなたたち、迷子なの?」って聞いたら、走ってどこかへ行っちゃった。ああいうのを目にもとまらぬ速さっていうんだろうか。この森にいたら危ないよ、って伝えようと思ったんだけどな。こんなところに子供がいるなんておかしい。男の子と女の子。兄妹かな。人減らしで、こういう森に子供が捨てられるっていうのをどこかで聞いたことがある。大人は勝手だね。

 うっすらとしか思い出せないんだけど、人間だった頃、わたしは、親とあんまり上手くいってなかったんだと思う。親はお母さんしかいなかった。お父さんの顔は知らない。わたしは、お母さんのこと、嫌いじゃなかったんだけど、お母さんはわたしのこと、あんまり好きじゃなかったみたい。なんでわたしのお母さんは、わたしを捨てなかったんだろう?

 そういえば、子供の二人組が森をさまよううちにお菓子の家を見つけたって、お話があったよね。あの子たちにもそういう家が見つかるといいな。

 もらったパンをまじまじと見ていると、パンにはすり潰された何かが入っていた。すり潰されてる物の中に、妙に固いものがある。指でくり出して見てみると、赤い木の実だった。あれっ、この木の実どこかで見たことがあるような…

——ああ、そういうことか。

 だれかが、私に食べ物をくれるなんて、おかしい、って思ってたんだよね。嫌な予感って当たりやすいから、ほんと嫌になる。

 ここに来たばかりの頃、っていっても、わりと最近かな。姉さまが言ってたの。ここには猛毒を持つ植物や花がたくさんあるから気をつけたほうがいい。幸い、私たちにはそういうものを見分ける力が備わっているのだから、その力を使いなさい。むやみに何でも口に入れないこと。って、そんなかんじだったかな。

 でも、これはすごくわかりやすかった。 だから、物によっては、毒を見分ける力はあんまり重要じゃないんだと思う。パンに入ってたのが毒の木の実だってことくらい、ちょっとでも植物の知識があれば、だれでもわかるよ。植物が好きな大人なら、まず引っかからないと思う。子供だったら…どうだろう…

 あの子たち、あの逃げ足の速さだと、私のこと人間じゃないって気づいてたんじゃないかな。人間じゃないから毒を食べても平気だと思ったのかな。もし、そうだとしたらちょっとだけ悲しいかな。だってわたし、まだ生きてるのに。

 パンに毒を入れたのはたぶん、あの子たちの親だろうな。口減らしで、こんな森に捨てられてたとしたら、だけど。わざわざ毒入りのパンまで持たせるなんて。「お腹が空いたらこれを食べなさい」って、持たせてたら、子供たちがかわいそう。口減らしが多いと、よくある話なんだろうけど、ひどい親だね。さすがに用意周到すぎるでしょ。親がいないと子供なんてすぐ死ぬのに、そこまでする必要ある?人の心がないのかってくらい、ひどい親で、逆になんか笑っちゃう。

 そんなことを考えていると、わたしにいつもいじわるをするカラスがやってきた。やはり、こちらをじっと見つめてくる。わたしの目を狙ってるんだ。すみれ色っていうのかな、目の色は自分でもわりと気に入ってるんだけど、カラスにいじわるされた時は、こんな目の色じゃなかったらよかったのに!と思ってしまう。やめてって言っても、わたしの目をつついてきて、ほんとにやなやつ!いつか天罰が下ればいいのに!!

 でも、今日はつつこうとしてこない。わたしのことを見ていたかと思えば、なぜか急に辺りをうろうろしはじめた。私の目よりも、興味があるものが他にあるみたい。お腹が空いてるんだろうか。もしかして、パンの香りにつられてきたのかな。
 手元にあるパンとカラスを交互に見比べる。あることを思いついた。

——これ、ちょうどいいな。

 魔が差したんだと思う。でも、かわいそうとは、みじんも思わなかった。パンをカラスにあげるだけ。ただ、それだけのことだ。

——そんなに悪いことかな?わたしの目をくりぬこうとするような悪い子には、天罰が下って当然なんだよ?

 カラスの前にパンを投げて置く。食べやすいようにちぎってやった。美味しいよ、などと一言そえてみたりする。自分で言うのもなんだけど、どの口が言ってるんだか。

 わたしは、ドキドキしながら、一部始終を見守っていた。いじわるなカラスが毒入りのパンを食べて痛い目にあいますように。神様なんて信じてないのに、こんな時ばかりお祈りしてる。それってずるいことだと思う?私にも天罰、下るかな?…まあ、そうなったらその時考えようっと…
 そんなことを考えていると、カラスがパンをついばみはじめた。

 やっぱり、というべきなのかな。カラスは、半分も食べてないのに、白目をむいたかと思うと、泡を吹いて倒れた。最後はグェーとかギギギとか、なんか、そういう苦しそうな鳴き声をしていた。「ダンマツマノサケビ」ってやつだろうか。少しの間は、がんばって、じたばたしてたけど、しばらくすると動かなくなった。

——あーあ、死んじゃった。

 カラスの死体をしげしげと見つめる。不思議と、せいせいした、ざまあみろ、という感情にはならなかった。あんなにいやなやつだったのになんでだろう?
 というか、むしろ何の感情もわいてこない。大人が言う、「クウキョ」な気持ちってこういうのをいうのかな。よくわかんないけど。

——ああ、そっか。悲しいのか。

 たぶん、カラスが死んだのが悲しいというよりも、パンをくれた子供たちに裏切られたことのほうが悲しかったんだと思う。仮に私が、人間だったら、死んでたのはカラスじゃなくて、自分だったかもしれない。

 わたしは、人間だった頃、学校というところに行ったことはなかったのだけど、子供たちが話してるのを聞いたことがある。そういうところに通う子供たちは、友達とお互いに贈り物をしたりするらしい。誕生日とかクリスマスとかにね。でも、わたしはそういうの、興味ないから。なんて、強がってみる。同い年くらいの子供たちに、こんな思いがけない贈り物をもらったのが、意外と応えたみたいだ。

知らない姉

 最近、いい場所を見つけた。そこは、暗くて、じめじめしていて、おせじにも、すてきな場所というわけではないのだけど、たまに食べ物が置かれたりしていた。美味しそうな物があればもらってこよう。
 姉さまは、私たちは人間じゃないんだから、味なんてしないだろうに、おかしな子だね。なんて言うけど、私にはなんとなく味がわかる…ような気がする…たぶん。

 姉さまによると、そこはお墓らしい。わたしは、お墓にしてはきれいすぎると思うけど。お花で作ったかんむりが飾られてたりするし。意外と緑も豊かだし。森だから当たり前なんだけど。あと、やたら湿っぽくて、昼でも薄暗くて、沼とか崖があって危ないところもある、ってことを除けばね。私たちには、お墓をきれいにする当番があって、わたしもお墓のそうじをしたことがある。

 そういえば、「まだ紹介してない姉がいる。あなたはあの墓場が気に入ってたでしょ。そこに今日、その姉が来るはずだから、墓場で待ってなさい」って姉さまが言ってたっけ。「知らない姉」と「墓場で待ち合わせ」って文字にすると、ホラー映画みたいで、なんだか面白いひびき。そんなふうに言ってみたけど、ホラー映画を見たことはない。
 姉さまの言い方だと、「知らない姉」が何人もいそうで、ちょっと気になる。人間の頃のわたしには、お姉ちゃんがいなかったから、正直うれしい。仲良くできるといいな。

 いつものように、墓場に行き、お供えのパンを拝借する。ここには、木登りするのに、ちょうどいい木もある。わたし、じまんってわけじゃないけど、人間の頃から、木登りは得意なんだよね。するするっと、木に登り、ちょうど枝が分かれているところにたどり着くと、そっと腰を下ろした。座ってくつろいでいると、穏やかな風が吹いてきて心地いい。
 ひとつ、欠点を挙げるとしたら、そこから見える景色が、暗くて黒っぽくて、あんまりすてきじゃないってことくらいかな。ここからは見えないけど、川を渡ると、向こう側には、お花畑があるんだっけ。ちらっとでも見えると、少しはちがうと思うんだけど。

 しばらくすると、遠くからカラスみたいな格好の女の子がやってきた。川を渡ってこちら側に歩いてくる。やってきた方向からして、ちょうど、あのお花畑にいたのかな。

 お花畑は、わたしもよく行くお気に入りの場所。たくさんの花かんむりがつくれそうなくらい、色とりどりの花があるの。わたしは、ぶきっちょで、あんまり上手につくれないんだけどね…次に行った時、姉さまに教えてもらおうかな。ここは、じめじめしていて、暗い森だけど、あそこだけは、まるで楽園みたい。そういえば、お花畑にいつも通ってる子がいるって、姉さまが言ってたっけ。よっぽどお花が好きなんだろうな。わたしのカンだと、花かんむりをつくって、お墓に供えているのは、あのカラスみたいな女の子だと思う。さっきので確信したんだよね。

 私たちは、人間じゃないから、ここにあるお墓は、きっと、知らないだれかのお墓だ。無関係な他人のために、何かをしてあげようとする人なんて、修道女(シスター)しか知らない。わたしは、何かを信じたことなんてないけど、この世界は自分のことで手一杯の人が多いから、そういう存在が輝いて見えるんだと思う。知らない人間のために、わざわざ花かんむりをつくって供えてあげるなんて、信心深い子だな、なんて、その時はなんとなく思った。

 ここに来てから、謎ばかりが増えていく。姉さまは、わたしの問いかけに、いつも優しく答えてくれるけど、何かを隠してるような気がする。気のせいかもしれないけど。実は聞きたくても聞けないことがいくつもあった。

——私たちは、人間じゃないから、お墓はいらないけど…じゃあ、そんな私たちが死んじゃったら一体どこへ行くんだろう…?

 考え出すと、どんどん深みにはまって抜けられなくなってしまう。「好奇心は猫を殺す」だっけ。わたしは、ただでさえ、危なっかしいと姉さまに心配されているんだから、気をつけないと。

——そんなこと、考える必要ないよね。私たちのだれかが死んだなんて話、今まで聞いたことがないし。

 それにしても、あの女の子は、なんでカラスみたいな格好をしてるんだろう。近づいてくるまで、まったく気配が感じられなかった。暗闇の中にいたら闇と同化して、いるのかいないのか、わからなくなっちゃいそう。その女の子は、全身が真っ黒な服で、身につけている帽子やくつまで黒かった。でも、髪や目は黒くない。うつむきがちで、表情はよく見えないけど、なんだか悲しそう。まるで、お葬式の帰りみたい。

 いじわるなカラスが死んだ後に、自分の姉かもしれない、カラスみたいな女の子と遭遇するなんて…これって、あのカラスの幽霊に呪われてる?

 私よりも幼いように見えるけど、あの子が、姉さまが言っていた、「まだ紹介してない姉」なのかな。身長も私より低いんじゃないかな。姉じゃなくて、妹のまちがいじゃないの?って、そんなことはどうでもいいか。ここでは年齢なんて、ささいなことだし。私に色々教えてくれる姉さまだって、ほんとの年齢がいくつかなんてわかんない。ここに来て長いのかもしれないし、そうでもないのかもしれない。

 私は、ふいに、このカラスみたいな格好をした「知らない姉」と話してみたくなった。

「ねえ、あなたはここに来てから、誰かにパンをもらったことはある?」

夕暮れの鳥

この物語に登場するモチーフの元ネタは『世にも恐ろしいグリム童話』より『ヘンゼルとグレーテル』(R-15指定/閲覧注意)です。

夕暮れの鳥

無邪気という名の邪気を振り撒く小さな怪物。子供は平気で小動物を殺したりしますが、悪いことだとは思っていないのでしょう。大人に成長すれば、自身の行いを省みることがあるかもしれませんし、ないかもしれません。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2022-01-15

Copyrighted
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  1. 小さな殺意
  2. 知らない姉