失業請負天使

失業請負天使

SFかな? フレドリック・ブラウンを意識しては居るんですけど、SFというよりは風刺小説ですね。
なんとなく、現代社会の矛盾とかを感じてもらえたら・・・

奴が僕のところにやってきたのは、クソ暑い夏の初めだった。気象庁は「先日、梅雨が明けていた模様です。」なんていう予報にもならないような過去の予報を流し、テレビでは毎年お決まりの「今年最高の気温を記録しました。」なんていう聞くだけで不快指数が増しそうなニュースが流れていた。
そいつは二十歳過ぎくらいに見える顔で、きちんとスーツを着こなし、何の違和感もなくオフィスに入って来た。
そして僕の前に来るときちんとお辞儀をして、名刺を差し出した。
「初めまして、山崎さん。あなたの友人の神田さんのご紹介で伺いました。」
そう言ってごく普通に差し出された名刺を見て、僕は言葉に詰まった。
名刺には「あなたのトラブル解消します!」というどこにも有りそうなキャッチコピーの下に「大天使ミカエル配下 ヨハネ六号」と書いてあったのだ。

確かに僕の友人に神田というやつは居る。高校時代からの友人で、今でも時々何人かで集まっては酒を飲んだりしている。地元の消防署に勤めているから、仕事の上でもたまに顔を合わすこともある。
ちなみに僕は保険会社の事故処理の担当をしている。交通事故などがあるといち早く現場や病院に駆けつけ、双方の言い分を聞き、相応の保険金を払う、と言うより、会社が認める相応分しか払わない段取りをつける仕事だ。救急搬送の当番の神田とも、病院で顔を合わせることもある。

しかし、これは何の冗談なのだろう。
神田の名前から病院を連想した僕は、その先に「精神病院」という言葉が浮かんだ。でも神田がそういう病人を精神病院に搬送したところで、そいつを僕に紹介することは無いだろう。
確かにこのオフィスは保険全般を扱うが、生命保険のなかに精神病の約定はどんなものが有ったかな。
などと頭の中にハテナマークがいくつも浮かんだまま、僕はたっぷり5秒はそいつの顔を眺めていた。
そいつは僕のようなリアクションに慣れているのだろう。にこやかに切り出した。
「いきなりで信じがたいのは解ります。私はあなたの仕事を、個人的にお手伝いさせていただくために、友人同士のネットワークを頼りに、いろんな人を訪ねて歩いているのです。」
「あなたのご友人で消防署にお勤めの神田さんのところで、お仕事を手伝って一段落したので、あなたをご紹介いただいて、こうして伺ったのです。」
確かに言っている事は間違っていないし、表情にもおかしなところは無い。おかしいのは名刺に書かれた名前だけだ。何か新手のセールスだろうか。だがそれにしても、神田からの紹介というのは解らない。
「あなたを個人的に助けたいのです。」
とそいつは繰り返した。

その時オフィスには、僕のほかに4人が居た。課長と同僚が3人だ。そいつからの言葉に反応して、みんなの注目が集まりそうな気がして、僕はとっさに立ち上がった。
「では、お話はあちらで伺いますので。」
そう言ってお客対応用のブースに、奴を招き入れたのだ。

「で、ご用件はどんな事でしょう。」
ともあれ普通の対応で僕は切り出した。
「神田さんから伺った話ですと、業務が大変お忙しいとのことでしたが、それを軽減出来たら良いとお考えでしょうか。」
「それはもちろんですよ。一日に何件も事故が起こって、その状況把握やら被害者の見舞いやら、賠償金の交渉やら、あれこれと処理しなきゃならないし。客のクレームは相手をしなきゃいけないし。加害者も被害者も私の言うことを素直に聞いてくれる人なんて、居やしないんですからね。」
「ではたとえば、一日に一件くらいの事故なら、仕事が楽になりますかね。」
「もちろんその程度で済めば、楽ですよ。でも事故っていうのは起こる時は立て続けに起こるし、無いときは三日も四日も無いものですよ。」
「では、こうしましょう。お試し期間ということで、あなたの担当の事故は、来週一週間は一日に一件しか起こらないようにしましょう。どうせですから、週末は避けて、月曜から金曜に一件ずつ、一週間に五件ということでどうでしょう。」
「どうでしょうって言われてもね。あなたにそんなことが出来るんですか。どうやったって無理でしょう。神様じゃないんだから。」
「そうですよね。いきなり名刺だけで信用してくれって言っても、そんなことを信じる人は居ませんよね。」
「当たり前でしょう。こんな名刺で、はいそうですかなんて信じる人が居るもんですか。証明できるんですか、この名刺に書かれたことを。」
「人によってその証明も様々なので、どうすれば信じていただけるかはあなた次第なのですが。上司に電話で説明でもさせましょうか。」
「そんなことで信じる人が居るんですか。どこに電話がつながってるかも解らないのに。オレオレ詐欺みたいなものじゃないですか。だいいち大天使ミカエルさんが電話で何を言おうと、あなたが言ったことが出来るという証明にはならないでしょう。」
「そうですよね。ではこれでどうでしょう。」
そう言ったかと思うと奴は目の前で変身した。特撮映画やアニメのように、体を白い煙が隠したかと思うと、天使の姿になったのだ。
その姿は確かに世間で知られている天使の姿だった。身長が50センチ位で、白いひざ上までのワンピースのような服を着て、頭上に白い輪っかが浮かんでいた。
「これでいかがでしょう。」
そう言ってにっこり微笑む。
その表情が、昔読んだフレドリック・ブラウンの「火星人ゴーホーム」の挿絵に似ていた気がしたのは、僕の思い込みだったのかもしれない。
思わず手を伸ばした僕に
「触っても良いですけど、スカート捲りはダメですよ。」
とふざけて言いながら握手をする。
どう考えても天使だった。
またパッと煙が立ち込めて、僕の手の中の赤ん坊のような小さくて柔らかい手が、青年の手に変化した。
「では、納得いただいたようですので、とりあえず一週間のお試しプログラムを始めさせていただきます。正式な話は来週また伺いますので、その時にでもお願いします。」
そう言ってオフィスを出て行こうとする。
「ちょっと待て。どうしてそんなことをするんだ。動機は何だ。報酬には何を支払えば良いんだ。魂でも持っていくのか。」
「私は天使ですよ。代償も報酬も無いんです。人のお手伝いをするのが天使の役目ですから。」
そう言ってブースを出ようとして、振り返る。
「そうそう、ヨハネではいかにもですから、よろしかったら英語読みでジョンと呼んでください。そうですね、ジョン・シックスとでもしておきましょうか。ではまた来週。」


翌日、金曜日。本当に一件しか事故処理は無かった。まあ、平均すればこんな程度だからおかしい話でもない。週末だから神田と飲んだ。僕から電話をかけて、いつも行く居酒屋で待ち合わせた。
「昨日、お前からの紹介だっていう奴が会社に来たんだ。」
「ああ、ジョンの事か。さっそく行ったんだな。」
「お前、どういうつもりであいつに俺の名前を教えたんだ。」
「だって。いつもお前が、忙しい忙しいって愚痴を言ってるからさ。」
「って言う事は、お前はあいつの事を信じてるのか。お前も訳のわからない話をされて、煙に巻かれて、仕事の手伝いをさせたのか。」
「ああ、そうだよ。あいつが俺の処に現れて以来、俺の管轄の救急出動は一件も無いんだ。」
「そんな馬鹿な話が有るかよ。」
「だって、本当にそうなんだもの。神頼みだろうが、偶然だろうが、出動は無い方が良いだろう。」
「まあな。それこそ神様の配慮でそうなってくれるなら、こんな嬉しい事は無いな。」
そんな話をして翌週。本当に一日に一件しか事故の話は無かった。しかもその連絡は必ず朝の九時から十時の間に来る。現場に行き、病院に行き、双方の話を聞き、賠償の段取りをして帰社しても定時前だ。報告書をまとめて定時に帰るという理想的な毎日が過ごせた。
偶然なのか、奴のおかげなのか。半信半疑のままで、一週間が過ぎた。

そして一週間後の木曜日の夕方、前回来たのとそっくり同じ格好で奴はやってきた。その日の報告書をまとめて、帰宅準備をする頃だった。
「いかがだったでしょうか。一週間のお試しプログラムは。」
「完璧だな。神田とも話したんだが、本当にこんな奇跡が起こせるんだな。もっと早く来て欲しかったよ。」
「ご満足いただけたようで、私も嬉しい限りです。では、本格的なプログラムを開始させていただいてよろしいですね。」
「ああ、もちろんだよ。」
「では、さっそく開始いたします。」
「ところで本当に報酬とかは要らないのか。」
「はい、天使ですから。その代わりと言ってはなんですが、ご友人を紹介して頂けませんでしょうか。」
「神田の処からここに来たように、次の人助け先が欲しいって言う事だね。お安い御用だよ。」
僕はそう言って友人の名刺を取り出した。神田と同じ高校時代からの友人で地元の警察署に勤務してる城内と、医者になってこの地域の中枢の大病院の勤務医をやってる天野の二人だ。どちらも神田と共通の友人で、四人で飲む事もある。それぞれに仕事が多忙だったり不規則だったりするので、四人がいっぺんに顔を合わせる機会はめったに無いのだけれど。
「では、山崎様からのご紹介ということで、このお二人のところに伺ってみます。それから、アップグレードはいつでも可能です。変更したくなった場合にはこちらの電話にご連絡ください。」
そういって再度名刺を出す。
先週出された名刺と同じものだが、携帯の番号が書かれているのだけが違っている。
「アップグレードっていうと、どんな事になるんだい。」
「そうですね。現在のプログラムは、ウイークデイに一日一件の事故発生というレベルで設定されています。これが二日に一件とか週に一件とかに変更できます。」
「へえ、それはすごいな。ゼロにも出来るのか。」
「はい、それも出来ます。神田さんは最初からそのプログラム設定で始めました。」
そう言えば、先週飲んだときに、救急出動が一件も無いって言っていた。
「それなら俺も、そのプログラムにしてもらおうかな。事故が一件も無けりゃ楽も出来るし、会社だって保険金を払わなくて済むんだ。お客だって保険屋に事故の相談をするよりは、事故を起こさないほうが良いだろう。」
「はい、では無事故プログラムを承りました。これで山崎様に事故処理の問題が持ち込まれる事はなくなります。ありがとうございます。」
「ありがとうって言うのはこちらのほうだよ。城内や天野も楽にしてやってくれ。」
奴は丁寧に頭を下げて、にこやかに帰っていった。


城内と天野とが電話をくれたのは翌週だった。週末に会わないかという話になって、神田と四人で久しぶりに顔を合わせた。
「いやあ、お前の紹介してくれたジョンって奴。あいつはすごいね。」
いきなりそう切り出したのは天野だった。
「昨夜も当直だったんだけど、救急搬送が一件も無かったんだよ。宿直室でぐっすり眠って爽快な朝を迎えるなんて、本当に奇跡のようだよ。」
「俺の処もそうさ。普段なら事故だ、喧嘩だ、泥棒だ、って出動が多いんだけど、このところ何にも無しだ。パトカーで管内をぐるぐる回って一日が終わるんだ。」
「そりゃ、本来のお巡りさんの仕事だな。パトカーが回ってるだけで犯罪が無けりゃ、この世は平和だ。」
「医者だって病人を治すよりは、皆が病気にならない方が理想的だろう。」
「あいつって、どこまで奇跡を起こせるのかね。」
「そう言えば、俺が聞いたんだよ。病人が一人も居なくなるっていうプログラムは出来ないのかって。」
「なんて答えた。」
「自分に関する事に限定されるらしい。自分のところに患者が来ないように、とかな。しかも方向が限定されるんだそうだ。」
「どういう事だい。」
「たとえば、仕事が楽になるのはオーケーなんだが、患者が沢山来て儲かるようにっていうのはダメらしい。自分に関する事なら良いのかって聞いたら、宝くじに当たるとかはダメですよって言われちゃったよ。」
「良く解らない理屈だな。」
「自分に関することで、他人を不幸にしないことなら良いんだって。宝くじを作為的に当てたら、外れた人はその分不幸になりますって言われたよ。
 個人的な願望をエネルギー源にして世界に平和をもたらすのが、奴らの仕事なんだそうだ」
「なるほどね。世界の平和のために、事故や病気が無くなるのは良いんだ。」
「だからね、俺は同僚を紹介してやったよ。」
「おいおい、大丈夫なのかい。」
「なに、医者なんて病院で患者を待ってるだけでも、給料は貰えるんだ。何人診たかは給料とは関係ない話さ。」
「俺はね、仕事柄だけど、弁護士と裁判官だな。あいつらだって犯罪者の弁護をしたり、判決を出したり、大変な仕事だからね。」
その時は四人でそんな話をして笑っていた。



あれから三年過ぎた。
どうやら人間の、楽をしたいという願望はかなり大きかったようだ。そして、僕の職場がそうなったように、ジョンの仕掛けたプログラムは、最大限の効率で働いている様子だ。 
一人が自分の負担軽減を望むと、周囲の皆にもその影響が及ぼされるのだ。僕はあちらこちらのニュースで犯罪発生率が減ったとか、事故や火災が起こらないなどと聴く度に、ジョンの事を思いだしていた。

僕のオフィスの人員は半分に減った。僕は保険のセールス部門と兼任で仕事をしている。僕が担当した客には、一件も事故が起きない。毎日閑をもてあましている。
同僚が仕事を持て余すと、課長が僕に仕事を振ってくる。僕が一番閑だからだ。事故処理を済ませ案件が解決すると課長が言う。
「山崎。次からはお前があのお客も担当してくれ。」
そうすると、その客は二度と事故を持ち込んでこない。もちろん交通事故なんて一生に一度とか二度の確率だ。保険金を払うだけで、一度も受け取った事がない客も多い。そういう確率の中でも、僕の場合は奇跡と呼ばれている。
課長が直接担当していた客も居た。一年に二三回は車をぶつけるような中年のご婦人だ。その人も僕が担当になって以来、一度も事故を起こしていない。
オフィスでは僕の担当顧客のファイルだけが異様に大きくなるが、それも当然のようになってきた。僕は書き換えの時にお客さんの処に顔を出し、継続契約を取ってくるのだけが仕事だ。

神田と城内はパトカーと消防車で管内をぐるぐる回るのだけが仕事になった。火事や犯罪は起こらないように啓蒙活動をするのが大事なのだ。事後処理をするより未然に防ぐほうが理想だ。消火栓の点検だの、街灯のチェックだの、細かい部分のメンテナンスをして、仕事にしている。

大変なのは天野だ。天野の勤務していた病院は規模が半分になった。病気の患者が来ない。理由は解らないが、罹病率が極端に減った。理由を知っているのは天野たち医師仲間と、僕たちのようにジョンを知っている人だけだろう。
来るのは、高血圧だの糖尿だの、緊急性のない体のメンテナンスをしなければならない患者と、産婦人科での出産患者くらいだ。不慮の事故などが減った分だけ、老衰での死亡が増えた。
天野は往診でそういう患者の処を回って、末期処置をしてやったり、死亡診断書を書いたりするのが仕事になった。

僕たち4人は今までの仕事を続けているが、周囲には失業者が増えた。
僕の同僚は他の部門に配置換えになった後、営業成績が伸びず、半ば強制的に辞めさせられた。会社は儲かっているとは思うのだが、遊んでいる社員に給料をくれるほど甘くは無い。
天野の処でも、同僚が辞めたり看護士が整理されたりしているらしい。警察や消防は表立っては首切りはしないが、新規人員募集は無いという話だ。弁護士や裁判官も同じだろう。刑務所も過疎化が進んでいるなんていうニュースが流れた事もある。
失業率が高くなったが、防犯関係や交通事故関係の予算が生活保護に回って、世間のバランスは保たれているようだ。
失業率が高い割には景気は良いらしい。いままで事故や事件の処理に使っていた金が、どこかで回っているのだろう。

仕事の時間も余裕ができたので、みんなで週末に飲む機会も増えた。
「しかし考えられないよな。医者や警察官がきちんと週末に飲めるんだから。」
「そうそう。医者の仕事っていうのは年中無休二十四時間営業だったんだけど、最近は死亡や出産もウイークディの昼間だよ。」
「弁護士も民事の仕事しか無いって言ってたし、裁判官もそうだろう。」
「給料は上がらないし、残業手当も出ないけど、こんな生活が良いよな。」
「でも、以前の生活に比べたら、ありきたりでつまらないかもしれないな。」
「何言ってんだよ。平和が一番さ。」
「ところで、あれからジョンに会ったかい。」
「いや、あれ以来会ってないよ。」
「俺は何度か電話したんだ。こんなに閑だとくびになっちゃうよ、ちょっとぐらいは仕事が有ったほうが良いってな。」
「奴、なんて言ってた。」
「アップグレードは可能ですが、ダウングレードは出来ません、だってさ。」
「そりゃそうだな。天使がわざわざ、病人やけが人を作ったりしないだろう。」
「それでさ。たまにはアイツの顔を見て、いろんなことを聞いてやろうって思って、今晩来るように呼んであるんだ。」
「ここにかい。天使って酒飲むのかい。」
「それも聞いてある。なんと奴は日本酒が好きなんだそうだ。」

そんな話をしているところにジョンが現れた。三年前と同じ格好で、変わりは無さそうだ。冷酒と塩辛をオーダーして、僕たちの輪に加わる。
「皆さん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」
「ジョン、みんな君のおかげだよ。あれから君の仕事のほうはどうなんだい。」
「はい、おかげさまで繁盛しています。ジョンの数ももうちょっとで千人になります。」
「なんだい、それ。全国展開の居酒屋チェーンみたいだな。」
「ええ、天使っていうのは、必要とされているところに現れますので、皆さんのご利用が多いほど、数も増えるようになっているんです。」
「じゃあ、世界中に千人のジョンが居るのかい。」
「いいえ、私はアジア地域担当で、主に日本で活動しています。これからは中国や韓国にも進出する予定ですけどね。」
「じゃあ、日本中で千人か。日本の平和の為に活躍してるな。」
「そうなんです。多種多様な場面で天使は必要ですからね。」
「いったいどんなところに居るんだい。俺たちみたいな職種しか思い浮かばないけど。」
「やはり公務員が多いですが、民間でも需要は多いですよ。流通や販売関係だとクレーム担当の部署ですとか、工場では品質管理や不良対応部門ですね。でも一番の大口は日本では自衛官ですよ。」
「そうか。警察や消防よりは、あちらの方が危険任務は多いだろうからな。自衛官が出動しないって言う事は平和なんだ。」
「でも日本のマーケットはこれくらいが頭打ちですね。パウロは北米担当ですけど、一万人以上に増えてるそうですよ。」
日本酒を手酌で飲み塩辛をつまみながら、そんな話をする。天使も酒を飲むと酔うのだろうか、若干頬が赤くなったようだ。
「あちらは羨ましい。アメリカ人なんて能天気な連中が多いから、仕事は楽なほうが良いって言ってすぐに契約してくれる。仕事が無くなればすぐに転職するからお気楽なもんだ。 
それに引き換え、日本人は個人の開業医は患者が来ないと金にならないって言うし、弁護士やなにかでも、自分が稼ぐ為には他人の不幸が必要だって言う考えの持ち主が多いんだ。これからの進出先だって、どうせ期待は出来ないだろう。パウロには差をつけられるばっかりだ。」
なんだか酒が入って愚痴っぽくなったようだ。
「アメリカじゃ、そんなに天使の商売は繁盛してるのかい。」
「ええ、そうですよ。あそこは銃の国ですからね。自分が護身用に持っていても、他人に撃たれたくはないんです。だから、警察や軍人が皆、仕事が無い事を願ってくれる。天使には理想の国ですよ。」
「ヨハネとパウロか。日米でジョンとポールが、平和を作り出してるっていうわけかい。」

「でも、そんなに平和になったら、みんな失業するんじゃないのか。大丈夫なのかい。」
「はい、向こうでは今、転職が大流行ですよ。業種別では農業やなんかの一次産業、製造業でも大工なんかのシンプルな手作業の仕事、逆に絵描きや小説家、ミュージシャンなんていうのを目指す連中も多いですね。」
「だって、そんな仕事で食っていけるのかい。」
「大丈夫ですよ、貧しくても平和であれば、食うに困ることはありません。食糧生産なんて現代では機械化されていて簡単ですからね。それに、そちらの方面でも私の仲間が手を拡げてますから、不作なんて無くて安定してますよ。」
「だったらなおさら失業者は増えるだろう。」
「人はパンだけで生きてるんじゃありませんよ。皆さんが自分が出来る事で世の中の為になっていれば、それで良いんです。それにどうにもならなけりゃ教会に行きますよ。日本では生活保護ですけどね。」
「教会か、金持ちは寄付をして、貧しきものを救うってやつだな。世界中が信者になって、助け合って生きてくのが理想なんだろうな。」
「そうですよ。それがミカエル様の最終目的なんですから。それにそうやってプログラムを普及させないと、私だって失業しちゃいますからね。」
そう言って天使は嬉しそうに笑った。

              了

失業請負天使

日々の仕事をしながら、こんな事をふと考えてみました。
仕事が楽になるっていう事は、失業するって云うのと紙一重なんですよね。
現代では 仕事=飯を食う事 っていう図式が当てはまるので、失業は困った事ですが、
考えてみれば、医師、消防士、警察官なんかをはじめとして、仕事が無い事が理想・・っていう職業は多いような気がします。

県民文化祭の文芸部門に応募しましたが、枚数の関係ではしょってしまいました。(それで落選したのかな・・(笑))
ここに掲載したものが、オリジナルです。

失業請負天使

天使が僕の目の前に現れて、こう言った。 「あなたのお仕事を楽にしてあげますよ!」 僕は、その結果がどうなるのかも予想せずに、天使の提案にうなづいてしまったのだが・・・

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-14

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著作権法内での利用のみを許可します。

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