800ss day2


 美術室は誰のものにはならないが、巣作りが上手い人なら覚えがある。
「せんせー。いますかー?」
 美術室の奥が準備室となっている。出口は一箇所のみで、美術室を通過しないと出入りできない。しかも小さな部屋にぎゅうぎゅうに荷物が積み込まれているので、歩く時は体を横にして、足はなるべく通路と平行にする必要がある。
 美術顧問は美術室の窓際か、物置同然の準備室で眠ることが多い。どこから拾ってきたかも分からぬ赤いヴェルベットの椅子で、小さく丸まりながら。
「いた……」
 どうすればここまで椅子を運べるのかが謎だ。しかも椅子ひとつを置くスペースをいそいそと用意してから寝ているのだと思うと、年下ながら微笑ましくもなる。
 しかし部活をしに来ているのだから、起きてもらわないと困る。起こすのは憚られるが、先生の肩を掴んだ。
「先生、せんせーってば。起きてくださいよ」
 簡単に目覚めてくれるなら苦労はしない。肩を叩いたり、首を擽ったり、睫毛の先を撫でたりもしたが、ここまでしても寝息に乱れはなかった。
「もー。俺みたいに真面目に部活しに来てる生徒を見捨てるんですか」
「俺ねぇ、結構絵を描くの好きなんですよ!」
「あっ彫るのも捏ねるのも好きだな。でも俺は絵の方が好き」
「色が重なったり混ざったりするの、あんなに楽しいんだなぁって」
「保育園にいた時以来かな、絵を描くって楽しいって思えたの」
「園先生ってば」
 ここまで独り言を連ねても、先生は折った膝を抱えたままだった。
 先生がサボるのは今に始まったことではないし、今日もクロッキーを弄って過ごすことに決めた。
 たまには風景でも描こうか。それとも別のものにしようか。決めかねつつも先生に背を向けると、何かが脛を蹴った。
「ぶぇっ、えっ、なに」
「お前がうるさいから起きた」
 振り返ると先生はあからさまに機嫌が悪そうに立っていた。小脇には持ち運びに不便そうな椅子を抱えて。
「えっ、あ! おはよう先生! 部活、部活しましょ!」
 仏頂面がお決まりの教師は小さく欠伸を噛むと、向こうを指差した。気だるげな人はこれから美術部顧問になる。たった数時間だけ、先生は『先生』になるのだ。

800ss day2

800ss day2

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-09-01

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