落下から始まる物語5

やっと一日目が終わりました。
思った以上に長くなりそうなので、章割などを少し弄ったほうが良さそうですね。
いい加減に真っ当なタイトルも考えたいです。
それにしても、自分でも引くくらい、80年代ですね。
あの当時、一体どれだけの作品が、カタストロフな世界観で書かれていたのか。

00210902ー8
 柳とチョウ(中華飯店)


 昼時の喧噪が凄まじかったせいか、昼下がり、客足の途絶えた「ラーメン横町五番街」を包む静寂は、わざとらしささえ感じられた。
 ここは、内回り五号線と呼ばれる幹線道路のパーキングエリアであり、一キロ近くも飲食店が軒を連ねる、ちょっと名の知られた飲食街だった。
 ちなみに、道路の呼称は、内回りが上り、外回りが下りの意味である。立体的な都市構造を七層、千メートル近くも積み上げたニュートーキョー特有の言い回しだった。
 数ある幹線道路の中でも、一桁の路線番号を持つ道路は、その全長に渡って透明なチューブ状の構造物に覆われており、1層から7層までの高低差を利用して、与圧が不要な程度に気圧が下げられていた。これは、小型車両には殆ど効果がなかったが、大型車両にとっては、空気抵抗の軽減により、バッテリーの消耗が改善される恩恵があったため、自然と一桁の道路と言えば大型貨物車両の優先道路とされていた。
「ラーメン横町五番街」は、その貨物車両の運転手を当て込んだ飲食街であり、実際、昼時や夕刻になると、ちょっとした祭日のように賑わった。
 しかし今は、通り一帯に気怠い静寂が横たわっている
 柳は、すでに不惑を越えた、どこにでも居そうな中年の男だ。頭には幾筋か白い物が走り、顔にも、無数の深いしわが刻まれている。
 眉間に難しそうな皺を寄せて、彼は敢えてこの時間帯を狙ってここを訪れていた。
 彼が向かったのは、通りの中でも比較的奥まったところにある中華飯店だった。
「花花」の屋号が大きく書かれた入り口に、営業中の札が掛けられているのを確かめて、柳は店内に進んだ。
 まだ客が一人残っているのを見て、一瞬考えてから、柳は食事を済ます事にした。考えてみると、朝から何も口にしていなかったのだ。
「A定食をもらえるかな」来客に気付いて奥から出てきた、若い娘にそれだけ言う。
 娘は、柳の顔を見て、少し眉をひそめると、お愛想の一つも言わずに奥の厨房へ帰っていった。
 程なく、厨房の方から何かを刻む音や炒める音が一頻り聞こえ、柳も驚くほどの早さで料理を載せた四角い盆がテーブルまで運ばれてきた。
 大皿の肉野菜炒めと、山のように盛られたチャーハンが、旨そうな湯気を立ち昇らせている。
 ガチャン!
「はい、スープ」一旦厨房へ消えた娘が、湯気を立てるカップを置きに戻ってきた。「食ってる間は客だから仕方ないけど」乱暴な配膳に驚いて顔を上げた柳に向かって、娘は厳しさを増した口調で続けた「食べ終わったら、さっさと消えてちょうだい。あたし達のところは、これ以上ないほど、真っ当にやってるんだよ。刑事さん達に話す事なんて、もう何もないよ。」
「よく覚えてたなあ。」
「ゆうべ、最初に駆け込んできた刑事さんだろ。これでも客商売は長いからね。人の顔を覚えるのは得意なんだ。」
「うちの若いのにも見習わせたいね。で、刑事さん達、とは。」
 娘が、顎で指し示した先で、ラーメンを啜っていた若い男が、柳へ向かって苦笑いと共に手に持ったIDを振って見せた。
「なるほど、ね。ま、ともかく冷めない内にいただく事にするよ。腹ペコなのは本当なんだ。」
 柳は猛然と食事に取りかかった。
 体力勝負の客層に合わせた、ボリューム自慢の料理が、見る見る飲み込まれて行く。
 カチャン。
 柳がレンゲを置いた時、思わず見とれていた娘の口からため息が漏れた。
「腹ペコは本当だったみたいね」半ば呆れ声で娘が言う。
「そう言っただろう。」
「いつもそんな食べ方なの。」
「こうでなきゃ食った気がしないよ。」
「ふーん。あのねえ、話すようなことが何もないのも、本当なんだ。」
 明らかに、娘の声の調子が変わったのに気が付いて、柳は一瞬考えたが、何気ない調子のまま話を続けた「大将はどうしたんだ。今日はお前さんだけかい。」
「お陰様で、今は寝込んでるよ。あんた達が帰ってから、今日のランチタイムに間に合わせるのに、大騒ぎだったからね。」
「そうだろうな。正直言うと、今日店が開いてたんで驚いたよ。」
「戦時中でも毎日店を開け続けたのが、父さんの自慢だからね。殺人事件ぐらいで休むわけには行かないんだ。」
「お前さんは、殺人事件ぐらいって顔じゃないな。」
 娘の顔が、一瞬歪んだ。
「いきなり飛び込んでこられて、目の前で人に死なれるのは良い気分じゃないわ。まして、殺されたとあっちゃね。」
「ああ。こんな仕事をしてても、そう思うよ」柳は、そう言うと、大儀そうに立ち上がって、娘にマネーカードを差し出した。「ごちそうさん、お勘定を頼むわ。」
「あら、もう良いの。」
「別に、俺は事情聴取に来た訳じゃないんでね」柳はここで、わざとらしく真剣な顔になって続けた。「また寄らせてもらうが、それは、旨かったからだ。」
 娘は破顔して言った「お愛想でも嬉しいわ。食べっぷりが良い人は、好きなんだ。」
「そいつは良かった。」
「ね、次はあれに挑戦しなよ」娘が悪戯っぽく笑いながら指さした先には、「超盛ラーメン・完食無料」の貼り紙があった。
「俺も、もう、そう言う歳でもないんだけどな」柳は、明らかに普通のラーメンの五倍はありそうな写真を見ながら言った。
「あんたなら大丈夫だよ。それに、食べっぷりが良い人が好きなのは、あたしより父さんの方が、ずっとだよ。」
「なるほど、そう言うことだ。分かった、考えとくよ。おい、あんたも一緒に出ないかい。なんなら奢りにしてやるよ。」
 不意に呼びかけられたもう一人の客は、立ち上がると、決然と自分のマネーカードを出した。
「そうかい。ま、いいや。」
 娘の「毎度ありー」の声を背に、刑事二人は連れだって表へ出た。
「言っておきますが。」
「言っておくが。」
 二人が口を開いたのは殆ど同時だった。
 一瞬顔を見合わせた後、柳は目線で相手に先を促した。
  若い刑事はむっとして言った「この事件の優先捜査権は、我々共和国警察が持っています。首都警察の方が勝手なことをされては困ります。」
「分かってるさ。だから、あの娘にも事情聴取じゃないって言っただろう」柳は不敵な微笑を口元に浮かべながら言う。
「じゃあ何をしに来たんですか」若い共和国警察の刑事は、柳の挑発を受け流すことが出来なかった。「まさか、本当にランチの為ですか。」
「そうだったら、いけないか。そう言うお前さんこそ何をしてたんだ。ランチかね。」
「聞き込みに決まってます」若い刑事の顔に朱が差す。
 柳が更に挑発を重ねようとしたその時、胸ポケットの携帯端末機が、甲高い呼び出し音を割り込ませた。携帯端末の画面を一瞥してから、興をそがれた時の常で、あからさまにそれと分かる渋面を作って、柳は言った「あんた、名前は。」
「外事局刑事部刑事課第一捜査係チョウ=シャオ=イェン。」
「チョウさんね。首都警刑事部刑事課の柳だ。また会おう」柳は身を翻して、駐車場へ向かって小走りに消えていった。
 取り残されたチョウは、その姿を見送って、しばらくの間立ち尽くすしかなかった。


00210902ー9
 宇宙の戦士(文化部長屋)

「それは弱ったね」言葉とは裏腹に、どう見ても愉快そうに見える微笑を浮かべながら、芝崎教頭は言った。
「そ、そうなんです」然世子は、どうしてもこの教頭に対して苦手意識を拭えなかった。「私たち、困ってしまって。」
「いやいや、困っているのは私の方だよ」芝崎は眼鏡の奥の細い目を、さらに細めながら言う。然世子は、その眼が特に苦手だった。「元々、私には、SFとやらの研究に、こんなものが必要だとは、思えないんだけどね。」芝崎のその眼が、部室奥の「パワードスーツ」を冷酷に一瞥した。
 アランと咲子は、一台のパソコンのディスプレイを覗き込んで、駆動用プログラムの調整に取り組んでいた(少なくともその振りをしていた)が、芝崎の視線が背中を通り過ぎた瞬間、その冷気に当てられたように、ギクリとした。
「まあ、組み立てなければ良いと言うんだから、そうすればいいだろう」芝崎の言葉には、いっそ廃棄が命令されれば良かったと言う感情が滲んでいた。「とりあえず、明日までに、そいつを、法律に抵触しないところまで分解しておくように。」
「そんな」然世子の顔が怒りに朱に染まった。「それじゃ、文化祭に間に合いません。」
「意味が分からないな。何が間に合わないのかね。」
「今、バラしてしまったら、これから整備資格を持っている人を見つけても、展示に間に合わないじゃないですか。」
 芝崎は、鼻を鳴らして、口の端に嘲るような微笑を浮かべた。「まだそんなことを言ってるのかね。このご時世で、ここに未登録のサポートユニットがあると言うことが、どれ程重大なことか、分からないのかね。譲歩する余地はない。明日、まだここに、そいつがそのまま置いてあるようなら、君らの団体ごと処分することになるぞ。」
 芝崎は、それ以上は相手にならず、言い返そうとする然世子に口を開く暇も与えずに、部屋を出て行ってしまった。
「・・・・・もぉっ」然世子が、ため込んでいた怒りを爆発させたのは、芝崎の背中を見送ってから一分以上経ってからだった。その間、一言も口を利かなかった一同が、一斉に然世子を振り返った。
「あんな風に言わなくても、いいじゃない」然世子の憤懣は、本質的には芝崎の意見が正しいことに発していた。
「あたしだって、分かってるわよ」然世子は皆に聞かせるように言った。「違法なパワーアシストユニットの所持が、銃器の不法所持と同じくらいの罪になることぐらい。でも、ここは学校の中だし、アテナもいるし、十分なセキュリティがあるはずでしょ。」
「まあ、PTAへの責任もあるし、教頭は言うべき事を言っただけだと思うね。」上田は、パワードスーツのマニピュレーターを弄びながら言った後、不意に周囲の冷ややかな空気に気が付いて、慌てて言い足した「いや、もっと言い様はあったと思うけどね」。
 その様子が余りに取って付けたようだった事で、逆に然世子は毒気を抜かれたような気分になった。
「仕方ないわね。ともかく、両腕を胴体から取り外すくらいはしておきましょう。上田君、手伝って。」然世子は溜息を挟んで続けた「アランと白石さんは作業を続けて。もし、この後、奇跡が起きた時のためにね。」
「ジンじを尽くシて賢明にナル、だな。」
「天命を待つ、です」咲子が小さな声で訂正した。
「じゃあ、私はもう少し手続き関係を調べてみるね」言いながら、茅はパソコンを起動させるために、雑然とした机を片づけ始めていたが、ふと手を止めて言った「PTAと言えば、校長先生もずいぶん思い切ったことをしたよね。」
「どう言う意味」上田が支えているマニピュレーターの固定用のボルトを回しながら、然世子が問い返す。
「アア、例のてン校生のことか」アランが低い調子で言った。
「そう、事前に保護者会に報告されてないって、バスケ部の坂本君が騒いでたわ。彼のお父さんが会長さんだからね。」
「どう言うこと」然世子は手を止めて、茅を振り返って言った。「転校生の受け入れなんて、保護者会と関係ないでしょ。そんな事にPTAの許可が必要な訳無いじゃない。」
「彼が普通の生徒なら、ね。勿論、転入の受け入れなんかは、本来PTAとは関係ないことよね。」茅は机上のパソコンを操作しながら言った「アテナ、ここから、運輸局のデータベースを呼び出せるかな。」
「はい」アテナが瞬時に返事をし、殆ど同時に、茅のパソコンに目当てのデータベースが表示される。
「ねえ、それって、彼がサイボーグだからって事よね」然世子は食い下がった。
「まあ、こんなご時世ですからね」上田は、言い終わった瞬間、後悔した。間近の然世子の顔に、怒りの炎が再び点火されたからだ。
「そっちでは、ご時世だからって、規範を歪めて、こっちではご時世だからって規範を厳守しろなんて、どう考えても矛盾してるでしょ」然世子は語気を荒げて言った。「それとも、彼のことも授業中はバラバラにしておくつもり・・・。」
 急に言葉を失った然世子を、全員が見つめていた。
 一言二言、何事かを口の中で呟いてから、然世子は言った。「ねえ、彼のところには、当然、整備資格を持った人が居るはずよね。」
「あ」「おお」異口同音に、皆の口から呻き声が漏れる。
「とにかく、明日にでも当たってみる手ね」そう言いながら、茅は奇妙な胸騒ぎを感じていた。
 なんだろう。さよちゃん、ちょっとおかしい。
 その茅の思考は、上田の悲鳴に断ち切られた。
「ぶ、ちょう、重い・・・」途中まで外されたマニピュレーターの重量を支えていられなくなったのだ。
 危うく下敷きになりかけた上田を助け出す騒ぎが、茅に疑問を忘れさせてしまった。
 とりあえず、その時は。


00210902ー10
 メグルとアゼミ(田中ラボ)

「それで?」メグルが帰宅してから、アゼミがこう言うのはすでに十回を越えていた。
「それで、今日は後期授業の始業式だったから、全校集会があって、履修科目の一覧をもらって、終わりだよ」メグルは、先刻からずっと感じていた疑問をやっと口にすることに決めた。「あのさ、学校であったことは、アゼミにだったら、記憶を共有化してあげられるし、流子さんに提出するレポートも読ませてあげられるし」そこまで言っても、アゼミの表情に何の反応も浮かばないのを確かめて、続けた「全体、どうして、こうやって言葉で僕に説明させたがるの。」
 アゼミは、少し間を置いた後、微笑を浮かべて言った。
「何故なら、こうやって言葉で相談することが、いずれ絶対必要になるって、オシリスもアテナも言うからよ。」
「それって、どう言う意味」メグルは少なからず興味を引かれて聞き返した。
「さあ」アゼミは簡単に言った「勿論、あたしにはその理由までは分からないわ。アテナもオシリスも、説明してくれないし。」
 言うまでもないことだが、メグルにもその意図は見当もつかなかった。考え込みながら、メグルは、携帯端末機を取り出して、目的もなく弄び始めた。
 ふと思い付いて、自分の指を汎用コネクターに変形させると、携帯端末機の接点に接続してみた。
 無に等しいほどのささやかな記憶領域。静謐な情報力学構造。静電容量と加速度、極めて限定された帯域の電磁波と、空気の波動しか感知できない余りにも貧弱な物理世界との接点。
 彼自身が今も接続している果てしのない情報の大洋に比べて、なんと慎ましいことか。
 それに、ここには無限の複雑さで生成消滅を繰り返す情報嵐も存在しなかった。
 メグルは、視覚を端末の光学センサーに侵入させてみた。途中、三つほどプライバシー保護のためのプロテクトが仕掛けられていたが、メグルにとっては、無意識の内に回避できる程度の代物だった。
 携帯端末機の眼からは、鏡を見ているように自分自身の顔が見えた。
 白磁のような白い顔、ガラス玉のような眼、不自然に光沢のある黒い髪。
 口を開けたり、眉をしかめさせたりしてみる。
 動いてみれば、我ながら、人間そっくりだと思う。
 それもそのはずで、彼の表情筋はナノマシンによって分子レベルまで再現されているのだ。一時代前の、エアチューブなどでそれらしい膨らみを再現したものとは訳が違った。
「すごいものね」
 突然、然世子の声が脳裏に響き、メグルの意識を自分の体へ引き戻した。
 視界は自分自身の視覚装置が提供する物に戻り、携帯端末機の画面に写る、曖昧な自分の顔がメグルをのぞき込んでいた。
 無意識の内に、メグルはため息をついていた。

 こうして、長い始まりの一日に、ようやく幕が下りた。
 互いに絡み合う、いくつもの道筋が、この日を起点に描かれ始めた。
 やがて、それらが交錯する日を迎える事を、この時は、まだ誰も知らなかった。

落下から始まる物語5

長芋(笑)

落下から始まる物語5

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-08

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