『先生へ』と題された手紙

如月瑞希(きさらぎみずき)

教え子たちを送り出す卒業式を終えて、二日後に届いた手紙。
無記名で、筆跡が判らぬようPCで打たれたその文章は衝撃だった。

お久しぶりです。先生。突然のお手紙、さぞ驚かれたことだろうと思います。それも、一年のときに担任しただけのいち生徒からですからなおさらでしょう?それとも、そうでもないですか?あの頃からよく、先生は私たち女生徒の話題の的でしたし、ひと月に一度は告白から玉砕の経過が噂になっていましたからね。私はその話を耳にするたびに涙が出そうにもなりましたし、そして少しばかり嬉しいような気持ちにもなっていました。そして時には、自分の料理下手を棚に上げて、にわかに厳しくなった二月の花行事の私物持ち込みチェックに喜んだりもしました。ってなんだか、性悪女ですね。なんだか書いてて空しくなってきたんで、すこし思い出話をさせてください。私がまだ、可愛かった(自分で!)あの頃の話でも。
 入学式の日、私は幾代も使い古された机に挨拶して、中学校の校舎の住人になりました。先生のクラスの、生徒に。教卓のまん前の、先生を一番近くで見られる特等席も、その頃の私にはただ授業をサボりづらい席でしかありませんでした。って、こんなこと言ってちゃだめですね??先生に。けれど本当に、正直な所、その頃の私にとってあの席はそんなものでしかありませんでした。三ヵ月後、一回目の席替えの頃の私には、どうしても離れがたい、特等席に他ならなかったのですけど。だってその頃には、先生が、黒板にチョークを鳴らす仕草に、教科書片手に振り向く姿に、誰かを指して呼ぶその声に、私はどうしようもなく惹かれて、惚れてしまっていたのですから。朝礼ぎりぎりに入ってきた先生の、傾いた眼鏡の奥の寝ぼけ眼さえ愛しくて、ずっと見つめていたいと思ったほどに。・・そうです、一学期最初の試験がガタガタだったのは、そのせいです。すみません。でも、次のときからはだいぶましになっていたでしょう?ちゃんと授業中以外に勉強するようにしてましたから。まぁ・・特に目立つところもなかった私の成績なんか、忘れられているかもしれませんね。とにかく私は、何とか一学期以降、まともな成績を取ることに成功していたつもりです。まぁ、決して良いとは言えない成績でしたけれど。他の教科に比べれば随分ましだったんですよ。あれでも。
 ええと、何の話でしたっけ。あ、そうです、席替えの話でしたね。私は結局一年の間ではじめの三ヶ月間しかその特等席には座れなかったのですけれど、それでも、私は先生を見ていることを止めはしませんでした。いつだって先生に指されても十中八九答えられない、そんな危険を冒しながら、それでもまた叱られるなら叱られるで良いかなとか思ってみたりして。実際私は、先生に叱られる度、喜んでいたのです。先生が私のために、私一人に向かって話しかけてくれているという状況はすばらしく満足の行く状況でしたから。
 二年生に上がって、遠くから見つめ続ける、そんな状況さえもう望めないと判ったときの私は、酷く落ち込んだものでした。先生は知らないでしょうけれど、ゴールデンウィーク前に一週間ほど、学校を休んでみたりもしていたんですよ。友達にも打ち明けることができなくて、早めの五月病なんて言ってごまかしていましたが、その頃は本当に辛くて、家で先生の私への無関心を恨んで鬱々としていたり、一日中ベッドの中で泣いていたりしたのです。結局ゴールデンウィーク明けの数日間は学校に行かなければ先生に会うことすらできないと自分に言い聞かせて家を出ていました。結局、ターニングポイントはあの日だったのでしょう。その後、二年生も半ばになる頃にはもう、私も先生が生徒一人にそんなに心を配り続けているわけには行かないということを納得して、先生に想って貰えない事にも慣れていました。
 このたび私はこの中学校を卒業して、先生にとって私は担任でないだけでなく、生徒ですらなくなってしまいますが、だからこそ私は生徒ではなく、一人の人間としてアタックするチャンスを得られると思っています。先生が私のことを生徒として見なくなる事は、それだけ私が先生にとって大きな存在になりえる可能性があるということだと思いますから。
 だから先生、覚悟しておいてください。

これからも、よろしくおねがいいたします。

 親愛なる、そして愛する先生へ
 先生を愛する生徒より

『先生へ』と題された手紙

当然のことではありますが一応。
本作品は、フィクションです。

『先生へ』と題された手紙

平成1*年度本庄中学校卒業文集より抜粋

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