夜の檻

 さよならが、空中分解して、好きだけが残ればいいのに。残滓。
 先生に、こすりつけたい気持ちは決して、乱暴なものではない。愛、といえば、聞こえはいいよねと思いながら、花の群れに埋もれた、先生の、青白い指の爪に、くちづけをする。夜は、どうしたって長いから、好きではないけれど、暗闇に閉じこめられているあいだに、先生のことを、ひとりじめできるから、許してあげる。だから、朝はもう来なくてもいいんだよと、不確かなものに祈っても、太陽はいつもどおりに昇ってきて、夜は明けるけれど。昼間のぼくらは、実に不愉快なほどにぎこちない、操られた人形のように、嘘くさい演技で、世間をあざむき、先生、という肉体がすぐそばにありながら、軽々しく触れられないのは、地獄で、ネクタイの柄ダサいよと、友人とからかいながらも、視線は、ネクタイの上の、やや細めの首に、うばわれる。先生と生徒の、他愛ない関係が、夜になれば瓦解して、ぼくらはひとつの生命となって、それで、もう、そのまま夜に、とらわれたい。ふたりで。

夜の檻

夜の檻

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2020-06-07

CC BY-NC-ND
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