獣に花と歌

 獣の群れに、花と歌があたえられて、夜の、酸素が薄い頃に思い出すのは、骨ばったおとうさんの指と、眠ることを忘れた街の一角に置き去りにされた誰かの愛と、やさしさだけで紡がれた詩の、どこか胡散臭い感じ。蝶が、唇に触れて、許されざる恋を永久凍土に埋めたら、ぼくたちは、何者にもなれる気がした。例え、朝が失われたとしても。
 おとうさんが、ぼくの手首をつかんだときにみせた、捕食者のような目を思い出しては、くらくらしている。あのとき、すべてが壊れてもいいと思ったし、ぼくらの行く末が破滅と呼ばれるものだったとしても、瞬間的に感じた幸福が刷り込まれて、きっと、なにも怖くはないと思った。
 おかあさんという存在が、ただの人形となる日。

獣に花と歌

獣に花と歌

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2020-06-07

CC BY-NC-ND
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