3not... -起 1

 前回の続きです。
 この話は二つの物語を組み合わせたクロスストーリー形式を取っているため、主人公が二人居ます。とは言っても、語り部が変わるのは5・6シーンごとで、しかも判りやすくしているので、読み難さはないと思われます。
 出落ちで始まった物語ですが、今回ないし次回から展開していくので、楽しんでくれたら幸いです。

  『死』という原因による『生』という結果
 
 
夜、暗闇の中に降る雨が止んだころ。
目が覚めると、僕は何かの箱の中に居た。
「……え?」
 最初は正直なところ、僕は今の状況を余り理解出来ていなかった。
右を向いても箱……というか、箱の材料であろう木目が見える。暗いから見えないんだけど、匂い的に木なんだろう。さらに左を向いても箱。上を向いても箱。頭を乱舞させても箱。
箱は僕の身体を二つほど収めるスペースを確保しているらしい。案外、息苦しくはない。天井が目と鼻の先なのが気に入らないが。
だが、どうやらこの箱は蓋をされているらしく。首から上だけを箱の天井に押し付けると、(わず)かだが、蓋らしきものが浮いた。何とか無事にこの箱の中から出れるらしい。
「よかったぁ……」
 一時はどうなるかと思った。このまま未来永劫ミイラとして過ごすなんて真っ平御免だ。
さて、と思いながらも、僕はこの箱から出るために、腕に力をこめる。
けれど、腕が上がらない。
「……アレ?」
 どこにどう力をこめようが、腕はわき腹などの定位置に貼り付いたまま動こうとしない。何かにホールドされているようなカンジだった。ま、触れられてる感触とかはないんだけどね。
何かにホールド?
恐々しながらも、僕は自分の腕に目をやる。暗闇に目が慣れて来たためか、箱の中もほぼすべてをいつもの認識レベルで見渡せる。
右、は何も居ない(つーか居て堪るか)。そして左……には、誰かが僕の身体に抱き付いていた。僕の両腕を巻き込んでの抱き付き。こんな狭い空間で、よくやるもんだと思い。そして、何故俺と一緒にこんな箱の中に居るのだ、と思い至り。そして、俺はソイツの顔を直視した。

ソイツは、僕をナイフで刺した少女だった。

「ええええええええええ!?」
 余りの驚きに、俺は勢い良く上半身だけ起き上がった。俺の身体に抱き付いていた少女は、もちろん箱の中に取り残される。箱を蓋していたものは、軽く僕の頭によって吹っ飛ばされた。
というか、何で? 何故? 俺をナイフで刺した少女が何で俺に抱き付いて箱の中に? 意味分かんねぇよ!
混乱した頭のままで、僕は自分が入っていた箱を、改めて見直した。
 それは、誰がどう見ても、棺桶だった。
「僕、死んでないからっ!」ついツッコんでしまう。「おい起きろ、いやむしろ起きて下さい!そしてこの状況を今の僕にも分かるように懇切丁寧に教えて!」
 普通、『自分を殺した』と僕が記憶している少女に対して、教えを請うなんておかしな話だが。というか、その話だと、僕が生きてることすら七不思議だよ。何で僕生きてんの? つーかホントに死んだのか、僕。記憶にはある、けど実感は、ない。そんなとき、
「……んー?」
 甘い吐息が、少女の口から吐き出された。突然のことに身体を強張らせながらも、視線を少女へと向ける。すると、少女は眠そうに目を擦りながら、あくびをして、上半身を起こして、半開きの目でこちらを見た。……無駄に可愛い、なんて思ったりはシテナイヨ。
「……あー」瞳は依然として虚ろ。というか、まだ焦点が定まっていないカンジがする。コイツ……ホントに起きてるのか?「えーと……」
「あー、ちゃんと生き返ったんだー。よかったー、心配したよモンちゃん」
 モンちゃんって言ったかコイツ? モンちゃんって誰? というか、生き返った?
「えへへへへぇ~、ホント心配したんだから~」
 頭の悪そうな笑い声を周囲に放ちながら、少女は僕の頭を撫でようとする。その手を払う暇もなく、少女の手は僕の髪を触った。
「うわっ、サラッサラだね~。どこのシャンプー使ってるの?」
 シャンプーはどうでもいいんだよ今は。つーかコイツ馬鹿だろ。
「そんな怖い顔しないの~。綺麗で格好イイ顔が台無しだよ~?」
 少女は依然変わらずマイペース。自分の世界を広げつつ、他人の話を聞こうともしない。どこか馬鹿であろうことを匂わせながら、さらに会話(?)を進めて行った。
「アナタの名前なんて言うの? 私はね、『伊咲遑由(いぶきいより)』って言うの。アナタの名前も教えてくれない?」「……名前は、『真酒奈雄』。あの、少しだけ訊きた」「へぇー、いい名前。お父さんとお母さん、優しそうだね」「まぁ確かにそうなんだけど、少し話」「ねぇ、もっとアナタのお話、聞かせてくれない?」
 だから話そうとしてるじゃん!
「だから話そうとしてるじゃん!」
 僕は取り敢えず、心の中のものをぶちまけた。
「お願いだから、僕にも話させてくれ! というか聞かせて! 君って何?」
 少女に対して、訊くには訊いた。でも答が返って来るかは分からない。『君って何?』なんて荒唐無稽な質問を。どうして答えるというのだろうか。
「私はね、『殺人鬼一家』の生き残りだよ」
 なのに、それを。少女は軽々と。さも当たり前のように、僕が知りたかった――別に知りたくもなかった答を言った。
――――殺人鬼一家?
ナニソレオイシイノ? いやいやいや、確かに『君って何?』とは訊いたけれども。ぶっ飛んだ質問をしたけれども。『殺人鬼一家の生き残り』だなんてブチ壊れた答が返って来るとは思わないじゃない?
少女――伊咲は、なおも話を続けようとする。
「私はね、奈雄が殺されかけていたところを助けてあげたの」
「助けた?」僕の記憶が正しければ、むしろ殺されていたんだが。「僕を、どうやって助けた?」
「殺して助けた」
 いやそれ救出 (ちゃ)う、殺人や。
「殺して、助けた?」
「そう。あのレストランに迷い込んだ一般人のアナタを殺そうと、周りの人が狙ってたから。だから、周りの人が奈雄を殺す前に、私が奈雄を殺したの。それで、この霊園まで連れて来たの。私は人を生き返らせれるけど、ずっと密着してないと駄目だし。だから棺桶の中に入ってたの」
 意味が分かんない、数学の数式みたいに訳が分かんない。こんな話を理解出来るぐらいなら相対性理論を十分ぐらいで覆せる頭脳を僕は持っているだろうよ。マジで何言ってるか分かんないんですが。
「まぁ、そんなカンジだから。分かった? 理解出来た?」
「全然」
「そ、よかった」
 いやおい話聞けよ。
「他のことも、もっと詳しく説明してあげたいんだけど……どうやら、追手みたいなのが来たみたい」
「え?」
 僕は話題の分岐点を見つけることが出来ず、普通に疑問の声を上げていた。
「追手? 何で?」
「多分レストランから。私が一般人である奈雄を殺したまでは良かったんだけど、どうやら私が奈雄を生き返らせたことがバレちゃったみたい。一般人を助ける殺人鬼なんて邪魔だーって意味じゃないかな、この追手は」
 そう言って、伊咲は棺桶の中から立ち上がる。僕もつられて、立ち上がった。
見渡せば、そこは確かに霊園だった。周りには墓石ばかりが立ち並び、綺麗に並べられている。周囲には緑も多く、コンクリートで整備された道もいくつかある。
それでも、今は静寂の一色。
「…………」
 僕たちが眠っていた棺桶があるのは、ちょっとした緑が生い茂る丘の上。霊園の中に丘とは贅沢だが、実際にあったりする。
耳に届く音は、誰かが地を駆けるもの。追手かは分からないが、確かに誰かが近づいて来ている。音を聞く限り、それが目で追い切れないとか、そういう無茶苦茶なスピードではなさそうだ。走れば僕でも出そうなスピードで、誰かは駆けている。
けれど、見えない。
暗闇の所為か。相手は暗闇の中に、綺麗に隠れ切る。レストランで感じたような殺気を感じ取りながらも、こちらに急には攻めに来ない。タイミングを、(うかが)っているのだろうか。
けれど、それを尻目に。伊咲は棺桶の中から、一本の金槌を取り出した。釘抜きが付いている、日曜大工などでよく使われるタイプの金槌を。伊咲は、ソレを片手で遊びながら、恐らくは武器として手にした。
そして、相手の足音が消える。
僕には、相手の姿なんて、見えていない。棺桶の中で暗闇に目が慣れたからって、それも子供騙し。
だが、伊咲はそれに恐れることなく、音が消えた直後に、金槌を水平に振るった。
――――瞬間、頚椎がえぐられた黒尽くめの男が、僕の後方へ吹っ飛んで行く。
「へ?」
 何ソレ? もしかして、これって喧嘩? しかも、もしかして命を賭けた? 冗談じゃない、意味も分からず何で巻き込まれなきゃいけない? せめて説明でも、なんて思っても無理なのは分かってるけどさ! なんか開始これだけで相当数のことを悟っちゃってるよ!
「奈雄~、危ないから下がっててね」
 そう言って、伊咲は躊躇いもなく、追手が潜んでいるであろう暗闇の中へと潜って行った。きっと、アイツには恐怖も何もないんだろう。ただ当然のように、飛び込んで行ったから。
というか……えーっと。
「なぁ、伊咲、さん」
「何? あと遑由とか呼び捨てでいいからね」
 暗闇から返って来る声は、追手と喧嘩らしきものをしてるとは思えないほど、落ち着いている。こうやって会話してる間も、金槌が人を殴る重低音は響いているんだけど。
「お前が殴った奴らって血が出てるけど……もしかして、殺してる?」
「ううん、殺してないよ。ただ金槌で殴って重傷を負わしてるだけ。私が殺したことがあるのは奈雄だけだよ」
「そっか……」
 僕だけ、と言われても困るんだけどなぁ。……ふーむ。
「これで、最後だから。奈雄、気を付けてね」
 別に気を付けることもないと思うんだが。相手はどうやら僕には向かって来ないし、特に気にすることもないと思うんだが。
そして、伊咲のその言葉を皮切りに。
最後の重低音が、響いた。
もちろんのように、それは伊咲が振るう金槌。正直、金槌を振るう奴を友達どころか傍にも置きたくないんだが……まぁ、こういう場合は仕方ない。
だが、ここで予想外があった。
金槌が奏でる重低音よりも、低く、轟き、音速を超える音。
――――銃声が、響き渡った。
考えれば。伊咲の話曰く、相手はこちらを『殺しに来ている』んだとか。なら、別に銃が武器の選択肢にあったとしても不思議じゃない。
でも――その放たれた弾丸は、真っ直ぐと。
僕の二の腕をかすめて行った。
「……ぅ、ぉお」
 銃声と弾丸が身体をかすめて行った二重の驚きによって、暫らく動くことが出来なかった。それほどまでに、やはり銃は怖い。危うく二の腕を持って行かれるところだった。マジで危なかったよ。
……でも、一つ。
そんなことが起こったことによって、困ったことがある。
本当に、人として致命傷なぐらいの、ことが。
「……あれ?」
それは、命に関わることではない。むしろ、自身の身体、そして精神に直結することかもしれない。白状すると、まず、日常では起こり得ない出来事なんだが。
試しに、自分の頬をつねってみることにした。
「…………」
自分の髪を引っ張ろうと。
唇を噛み締めようとも。
自分で自分の頬を殴ったとしても。
ホントにおかしなことに。

何一つ、痛みを感じないのだが。

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 文中でもあった通り、これ故に『無痛症サイド』です。何の捻りもない、安直な呼称でした。

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レストランで出会った少女に有無を言えぬまま殺されてしまった主人公、真酒 奈雄(しんざか なお)。 奈雄は自分が死んだと認識していたのだが、気が付くと、自分を殺した少女と共に、どこかの霊園の中心で、棺桶の中に入れられた状態で放置されていた。 レストランからの追っ手をかいくぐりながらも、主人公と少女は自分たちの正体を明かしていく。 そんなときに、奈雄は気付いた。 自分の身体から、『痛覚』が抜け落ちていることに。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-08

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