ch0Uch1∩a∩k0U

西木眼鏡

 深夜に僕は目を覚ました。
 電気を消して真っ暗な天井を僕は仰向けで見ていた。もう一度眠ろうとするほどに眼が冴えてくる。
 身体を起こしてテレビを点けると、昨晩の夕食の時と同じニュースが流れていた。
「さて、今後の活動が気になる太陽ですが、予報では今夜にも強大な太陽フレアを発生させ、地球に到達するものと思われます。各地ではオーロラが観測や大規模な停電が起こることが予測されています」
 この頃のニュースは、はずっとこの話題で持ちきりだ。
 テレビに出る専門家の意見は人それぞれで、大規模停電に警鐘を鳴らす人、巨大なオーロラが極地以外でも見れるようになることを予想する人、そもそも地球に巨大な太陽フレアなんて発生しないと唱える人。それぞれの主張はそれなりに正しいように思える。
 僕は繰り返されるニュースをぼんやりと見て、ただ眠くなる瞬間を待った。
 時刻が午前一時を過ぎたとき、その瞬間は突然訪れた。テレビではニュース速報が流れた。画面では切迫した表情のニュースキャスターが太陽フレアの到達予測時間を読み上げている。携帯電話からはアラーム音がなり響いている。
「落ち着いて行動してください。太陽フレアは東京にはもう間もなく到達します。落ち着いてください」
 そして、テレビは突然コンセントが抜かれたように電源が落ちて真っ暗になった。
 真っ暗になったのはテレビだけではなく、僕のスマホも真っ暗になった。窓から覗いた街も全部電気が消えて真っ暗だった。
 太陽フレアが到達してこの辺りの変電所に異常を起こしたのだとわかった。
 僕はますます眠るなんてことができなくて、窓から入る微かな月明かりを頼りに懐中電灯を探した。僕はやっと見つけた懐中電灯を携えて、暗闇の街へと繰り出した。
 真っ暗な街はまるで深海に沈んでしまったかのようだった。家の明かりはひとつも点いていなくて、いつもは暗闇を照らしていたはずの街灯さえも消えてしまった。僕が今頼りにしているのは手元の懐中電灯だけ。
 深海ではきっと今の僕みたいにすぐ近くの景色しか見えないのかもしれない。それは今夜みたいに特別な時だけではなく生まれてからずっと。
  僕は暮らしているアパートを出て辺りを散策してみることにした。空に輝く満月の明かりと手に持った懐中電灯だけが視界の頼りだ。
 ふと、目の前を猫がすれ違っていく、近くに来るまで全然気が付かなかった。僕の懐中電灯の明かりにつられてきたのだろうか、なんてことを考える。
 近くの公園にまで来たけれどもここまで、誰にも会わなかった。まるで、この街に僕だけが取り残されてしまったのかと心配してしまうほどだ。しかし、左腕に付けた腕時計の針は午前二時を指していた。今の時間、みんな寝ているに違いない。朝になって今夜のことはニュースで知るのだ。
 まるで深海のウロウロする魚のように僕は近所にある広い公園の中を散策した。背の低い木の生い茂る花壇は海底の岩が連なるようで、遊具は沈んだ船の骨組みたいだっただった。太陽フレアの影響を免れた飛行機が空の遠くで音を響かせて飛んでいる、それは鯨の鳴き声みたいだ。初夏に吹く少し暖かい風は海底を舐めるように這う海流だ。
 公園を出て僕はまた入り組んだ街を泳いだ。街の異変に気が付いて、同じように道を歩く人とすれ違ったけれどもお互い軽い会釈をする程度で、立ち止まって話はしなかった。
 一時間くらい当てもなく歩いて、気が付くと隣町との境を流れる大きな川の土手まで来ていた。周囲に視界を遮るような建物はなくて、空を見渡すこともできた。
 オーロラが空いっぱいに広がっていて、そのさらに上には満月。
 月と僕の間でゆらゆらと揺れるオーロラは穏やかな水面の様で、それを見上げる僕は暗闇の深海から浅瀬にまで上がってきた深海魚だ。
 ふと、遥か昔にこんな景色を見たことがある気がした。それは僕らの祖先が陸に上がるずっと前のことかもしれない。同じように揺れる水面を通して満月を見たに違いない。そうして、外敵のいない陸に可能性と憧れを見出して地上に進出したのだろう。
 何億年前の記憶が頭の片隅に残り続けて、今の僕にまで繋がっている。そんな気がした。



 夜と朝の混ざり合う時間が来て、東の空が徐々に明るくなっていく。西の空は藍色に染まって、僕は少しずつ朝日に侵されていくそれを消えて無くなるまで眺めた。
 朝になれば街は起きだして、皆が事の重大さに気が付くはずだ。それでも昼間の内に停電は復旧して、夜にあれば街の明かりも戻ってくるはずだ。
 気が付けば僕は深海魚から二足歩行の人間に戻っていた。

ch0Uch1∩a∩k0U

ch0Uch1∩a∩k0U

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-06

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND