茸駅弁

草片文庫(くさびらぶんこ)

茸駅弁

茸のミステリー小説

 旅の楽しみの一つは駅弁である。それぞれの駅に得意のおいしい弁当がある。駅弁を食べ歩く旅の番組もあるくらいだし、デパートでは駅弁大会を開いたり、遠距離列車が日本全国にいく東京駅に至っては、地下売場に豪華な弁当が並べられている。
 そのような中で、知られていない珍しい駅弁クラブがあると聞いた。私の会社の同僚であり友人の一人が、ある有名な駅弁クラブに入っていて旅を楽しんでいる。ごちそうの会という、そのクラブには全国で五百人ほどの会員がおり、都道府県にそれぞれ支部がある。支部同士の交流もさかんで、相手の地方を旅して、説明を受けながら駅弁を食べるという楽しみ方をしている。それにより結構知られていない弁当にありつけるという。
 彼はその会に参加するために、三日ほどの休みをよくとる。今回は北海道のこんな弁当を食べた、とか、四国のどこそこの弁当を食べたとか、行ってきた次の日は、会社に土産を持ってきて、みんなの前でその味の評価を披露するのである。
 ある日の昼休み、その前日まで駅弁の旅にに行っていた彼が、こんなことを言った。
 「駅弁の会でたまに出会うご婦人がいてね、白髪ででっぷり太った人で、とても美味しそうに駅弁を食べているんだ、今回その人がたまたま隣の席でね、面白い駅弁の会があるという話をしてくれたんだ」
 「君の入っているのも面白いんじゃないのかい」
 「うん、結構珍しい駅弁を食べることができるよ、ところが、その会はただの駅弁じゃないんだ、茸の弁当なんだそうだ」
 「君は茸のことをよく知っているからな」
 彼は子供のころ長野のある町で育ったと言っていた。
 「茸はうまい食材だよ、その婦人、おそらく七十くらいの人だろうな、彼女の話では、その珍しいクラブに入れると、そこに所属する人だけが日本中の駅の茸弁当が食べられるというんだ。全く知られてない駅でも、そのクラブの会員には、そこで採れる茸の弁当が渡されるという。ということは、茸が採れるところの駅にしかその弁当はないことになるけどね」
 「そんなのがあるんだね」
 「草片弁当愛好会と至極当たり前の名前の駅弁クラブだ」
 「その婦人はそのクラブにはいっているわけか」
 「いや、試験に落ちたそうだ」
 「試験があるのか」
 「そうらしい、試験というか、指定された駅に行って、渡された茸弁当を食べさせられた後に質問をされ、それに答えられないと入れないんだって」
 「どこの駅に行ったんだって」
 「新潟の長岡」
 駅弁で有名な駅である。
 「俺も食べたことがあるよ、あれうまいよね」
 そう言ったら、彼は笑った。
 「イカめしのことをいってるんだろう、昔はイカめしは長岡と北海道の森駅だけだったからな、確かにうまかった。しかし長岡にはもうないんだよ」
 「やめちゃったの」
 「そうらしいよ、それでね長岡にそのご婦人がいくと、紳士が待っていて、駅弁を渡してくれたそうだ、その紳士にみちびかれて駅から出ると、駅弁屋に入り、そこの食堂に腰掛けたそうだ」
 「その駅弁やで売っている奴だったのかい」
 「いや、違うようだ、ただ、その紳士はその駅弁屋に顔パスのような感じだったんだそうだ、弁当にはイカの絵が描いてあったという」
 「そりゃ、やっぱりイカめしだね」
 「それで、食べてくださいと言われて、ふたを開けると、やはり、イカめしがはいっていた、その紳士も自分の分を持っていて、二人で食べた。食べ終わったら、紳士がいくつかの質問をしたそうだ」
 「それが試験だったわけだ」 
 「うん、紳士は、どんな味でしたか、と聞いたそうだ、茸弁当のはずだから、その婦人は何の茸が入っているのか興味津々で、気にしながら食べたそうだが、イカめしであることは確かで、ただ、前に食べたイカめしより数段美味かったそうだ、それでそう言ったところ、紳士が、なにが入っていたかわかりましたか、と聞いたそうだ、要するにイカめしの中に茸が入っていたわけだ、しかし彼女にはわからなかったそうだ、そう言うと、誰も食べたことのない茸が入っているのです、想像でいいからおっしゃってください、と言われたという」
 「なにから想像しなければいけないんだろう」
 「それは、長岡、と言うこと、弁当の包み紙にはイカめしの絵がかいてあったこと、そんなことから考えたが分からなかったそうだ。そのイカめしの絵にヒントがあったんだ、と婦人は言っていた」
 「判じものだね」
 「そう、その婦人は後でわかったそうだ。包んであった紙の表紙絵は、お米をつめられたコロンとしたイカの絵、これは普通だね、その脇に、イカを下から見た絵が描いてあった。何本かの足が生えている奴だよ、それがくせ者だった」
 私はそう聞いてもなにもわからなかった。
 「俺も、婦人から聞いたとき、よくわからなかったな、紳士が言ったそうだ、とても珍しい茸が一種類たくさんはいっていました、確かに味はイカの味で隠れてしまっていたかもしれませんね、それは誰も当てることができないでしょう、でも、この絵を見てください、茸がお好きな方なら分かると思いますよ、と言われたたそうだ」
 彼は紙にそのような絵をかいて私に見せてくれた、足が出ているイカをしたからのぞいたような絵だ。イソギンチャクのような格好だ。
 「これはね、イカタケと言う珍しい茸なんだ、それを採って、米と一緒につめたイカめしだったんだ」
 「はー、むずかしいね」
 「茸好きな人なら、一度見てみたいと思う茸だよ、そのご婦人も、ああそうだったのか、という思いだったそうだ、イカタケはよく知っていたが、見たことはなかったという」
 「それで、合格しなかったの」
 「残念ですね、この会には想像力も必要なのです、と言われたたそうだ、それでも、彼女は貴重な茸駅弁を食べることができたことのお礼を言ったそうだ」
 「そんな会なんだ」
 「うん、そのような会なら、僕も入ってみたいと思ったよ、そのご婦人が会員になっている人に会わせてもいいと言っていたから、頼もうと思っているんだ」
 「彼女の知り合いに会員がいるんだね」
 「そうらしい、彼女ももう一度トライするそうだ、一年に一度、テストを受けることができるそうだ」
 そういう話だった。
 そんな話をしてから半年が経った。その間、彼はたまに三日の休みをとって、せっせと駅弁クラブの会を楽しんでいた。
 その日も昼休み、彼は目を輝かせて私に言った。
 「草片駅弁当愛好会に入れた、まだ準会員だけどね」
 「そりゃ、よかった、今のクラブはどうするの」
 「あれはあれで入っとくよ、草片駅弁愛好会は年四回だけなんだ、春の茸のでる五月と七月、それに秋の茸の出る8月と10月だ、たまにイレギュラーのものもあるようだけどね」
 彼は七宝焼きの準会員のバッチを見せてくれた。椎茸のような茸のデザインだ。
 「これね、暗いところでは茸のところが光るんだ、昼間は椎茸のように見えるが、夜は青白く光るんだ、月夜茸だよ、昼は食菌、夜は毒菌、五年経つと、本会員の網笠茸のバッチになるんだよ」
 彼は楽しそうに言った。
 網笠茸は私も知っていた。フランス料理の好きな人につれられてレストランに行ったら、網笠茸のスープがでてきた。
 「その会のメンバーは何人くらい」
 「よくわからないけど、三十人くらいらしい、年に一人か二人新しい人が入るらしい」
 「本会員は何人くらいなの」
 「半分ぐらいだって」
 「十五人くらいか、へーなかなか厳しいクラブだね」
 「きっと、途中でやめるからじゃないかな、俺はがんばるぜ」
 「どんな駅で試験を受けたんだ」
 「ラッキーだった、富山だよ」
 「鱒すしか」
 「そうだったんだ、あの婦人が話してくれた紳士が待っていたよ、それで弁当屋ではなかったが、食事どころの一角で弁当を渡された、弁当の絵を見たら、鱒の絵が描いてあった、要するに有名な鱒ずしだよ、食べてみた、鱒寿司そのものだった、ただちょっと茸の匂いが強かった」
 「あの丸くぎっしりと詰まったやつかい」
 「いや、四角い押し寿司のようだった、あの有名な丸いのと違って、お新香がついていた。それに、姫リンゴがあった」
 「それで茸は何だったのかい」
 「匂いを知っていたんだよ、秋田の旅館で食べたことがあるのでわかったんだ、ちょっと人参をぬか味噌漬けにしたような色をしていてね、鱒寿司の色だよ、鱒の肉の色」
 「そう言われても俺にゃわからんな」
 「そりゃそうだね、薄だいだい色のマスタケという茸があってね、そう言ったら、合格だった」
 「ともかく、よかったじゃないか」
 「ああ、あの婦人の話も役に立ったよ、イカめしにイカ茸めしだもんな、鱒すしにますたけ、以外と楽だった、あとは五年がんばって、本会員になるよ」
 そんな話だった
 それから彼は食べた茸弁当のことをいろいろ話してくれた。秋田湯沢駅では頬紅茸の炊き込みご飯がおいしかったとか、山梨の小淵沢駅の茶碗タケの佃煮は絶品だとか、長野の伊那駅の桜肉緋色傘ステーキはワインに合うとかずいぶん聞かされた。
 ところが、一年後、彼の死体が白馬の麓の川の河原で見つかったのだ。やはり三日の休暇をとったときだった。地元の警察の調べでは、毒茸中毒と言うことだった。茸がたくさん生えている林の近くだそうである。
 彼の死は家族から会社に連絡がきたことで知った。神奈川の厚木にある彼の実家へ、葬儀に行ったのだが、家族と話をしていて、なにか腑に落ちおちないものがあった。両親も妹も茸中毒であったこと疑っている様子はなかった。と言うのも、彼は家族に茸の食べ歩きのことをよく話していたという。それで両親はいつも毒茸には気をつけなさいと言っていたそうだ。しかし、長い付き合いのある私には彼がそんな不用意な人間ではないことを知っている。石橋をたたいて渡るほうだったからだ。
 「どんな茸を食べたのか、お聞きになりましたか」
 私は妹さんに聞いた。
 「はい、一応事件なので、厚木暑から刑事さんが見えて、秋田の湯沢暑からの連絡では、胃の中にだいぶ消化されていたが、いくつかの茸の残骸がのこっていて、複数の茸に含まれる毒物が検出されたということだそうです、秋田小町の米や山菜のたぐいが残っており、おそらく自分で採った茸とともに食べたのだろうということでした」
 そう言って、彼女は返された彼の名前のはいったリュックと、飯ごう、固形燃料などを見せてくれた。
 私はふっと思って聞いた。
 「財布なども残っていましたか」
 妹さんは、怪訝な顔をして、「はい、もちろん返してもらいました、旅行のためのお金や、カード、いくつかの領収書、身分証明書、などがはいっていました」
 「あの、一人旅だったのですか」
 「はい、警察の方はそう言っていました」
 「会員証のバッチなどははいっていませんでしたか」
 「なにの会員証でしょうか」
 「駅弁の会に入ってましてね、見せてもらったことがあるので」
 「いえ、バッチ類はありませんでした」
 本当に一人旅だったようだが、それにしても、彼は一人で、茸を探し自分で料理をして食べるとということをしたと、過去には聞いたことがなかった。それに旅をしたのなら、駅弁も食べただろう。当然、茸駅弁の会のバッジを持って言ったと思うのだが。おかしいと思ったが、それを伝えると家族には迷惑だろう。とりあえず、私の胸のうちにしまっておくことにした。

 彼の死が一年前のこととなった秋である。大学の卒業十年のホームカミングデイで集まった時に、学科の仲間の二人の死を聞いた。一人は交通事故死で、一人は事故死ということだった、学科に百人近くの同期生がいるのだから、多いとはいえない。どちらもあまり学生時代なじみのない人間だったので、二人の顔も思い出すことはなかった。ただ、よく知っているという私の同じゼミの友人が、事故死は毒キノコに当たったからだということを言った。
 私は彼に聞いた。
 「彼とどこで知り合ったんだ」
 「サークルが一緒だったんだ」
 「確か野草を食べる会だったよな」
 「ああ、春は山菜とりに、秋は茸狩りによく行った、それだけじゃないよ、大学の回りの道を歩いて、食べられる雑草をとってきて、料理をしたものだよ、俺はアパート暮らしだったが、そんな知識で野菜を買わないですんだ」
 「亡くなった人とは、卒業してからも会ったことがあるのかい」
 「うん、あいつも塾の講師、俺もそうだったからな、違う塾だったが、たまに情報の交換をしたよ、あまり表立って言えないがな」
 「茸の弁当を食べる会って知ってるかい」
 「え、おまえ知ってるんだ、珍しい会だから知っている人なんかほとんどいないよ」
 「いや、知り合いがはいっていたからな、まさかその人もはいっていたんじゃなかろうな」
 「ああはいっていた、自慢していたよ、茸が好きな男でね、あいつは青森出身だったんじゃないかな、初めは大きな駅弁の会に入っていたけど、その会員から話を聞いて、やっと茸の駅弁の会に入れたといっていたよ、試験があるそうで、それを一発で通ったと言っていた」
 「亡くなったのはいつだっけ」
 「三年前だ、その一年前にその会に入った」
 私の会社の友人より前の話だった。
 「なあ、その大きな駅弁の会の名前はごちそうの会で、茸の弁当の会は草片駅弁愛好会じゃないか」 
 「そうだよ、よく知ってるな」
 「七宝焼きのバッジをみせられたろう」
 「ああ、きれいなバッジだった、五年経つと正会員になれると言っていた」
 「その人はごちそうの会の年のいったご婦人から茸弁当の会に誘われたんじゃないか」
 「そんな話をしていたよ、どうして知ってるんだ」」
 「いや、俺の知り合いも入っていたんだ」
 私はクラスメートに同僚の死のことを話した。
 「同じような状態だな、ちょっと気味が悪いな」
 「君もその会にはいっているのかい」
 「いや、俺はごちそうの会には入っているが、草片駅弁愛好会には入ってない」
 「そうか、ごちそうの会には彼と一緒に行ったりしたのかい」
 「いや、ごちそうの会は大きくて、しかも彼は埼玉の会にはいっていたから、会ったことはないんだ」
 「その茸の会を紹介知ったっていう婦人には会ったことがないわけだ」
 「いや、あるよ、たまだけど、来てるよ、おれは茸の会に誘われたことはないけどね」
 そういうことで、久しぶりの同級生とは名刺交換をした。東京の名のしれた塾の講師で、それなりの地位にいるようだった。また会うことを約束して別れた。

 その後、彼に電話をいれた。
 「ごちそうの会に一緒に行くことはできないかな」
 「できるよ、同伴制度があるよ、ただ非会員料金になるから、参加費が必要になるけどね、高いものじゃないよ、弁当代が二千五百円、参加費千円だから会員より千円高いだけだ、電車賃がかかるからね、だから、それを食べた後は自由行動だよ」
 「いつかつれてってよ」
 ごちそうの会は毎月やっていて、近場で日帰りもあるということだった。必ずしも駅弁とは限らず、個性のある弁当屋の弁当を食べることもあるようだ。
 それで小田原でやる会に連れて行ってもらうことにした。小田原での会は駅弁というより、特別弁当で、なんでも年に数回しか作らないというものだそうだ。弁当はいつもより高く、三千円で、参加費千円なので四千円払った。お昼に三千円の弁当とは贅沢である。
 小田急の小田原駅改札口で落ち合った友人は
 「今日の弁当は高足蟹弁当だから高いんだ」と言った。
 高足蟹がどんな蟹か知らなかった。
 「どんな蟹なんだ」
 「店に行けば分かるさ」
駅に近い料理屋の入口をくぐると、そのわけはわかった。壁一面に足を延ばした蟹の標本がかけてあった、二メートルもありそうな蟹である。
 「世界で一番大きな蟹だ、それが相模湾にいる、そいつを食うんだ」
 参加者は以外と多く、二十名ほどである。座敷の細長いテーブルに、お重が並べてある。好きなところに座れるということなので、友人と並んで真ん中辺りに座った。
 前を見るといた。小太りの白髪の婦人が斜め前に座っている。それが同僚を茸の会に誘った女性ではないだろうか。
 会長という人の挨拶のあと、高足蟹弁当の蓋を開けた。酢飯の上に高足蟹の実をほぐしたものが敷き詰められている。確かに贅沢であるが、見た目には高足蟹という証拠がない。
 口にいれた友人が「オー、これが高足蟹か、うまい」と声を上げたものだから、みんなが彼に注目した。恵比寿さんのような顔をした白髪のその婦人も笑いながら彼を見た。
 私も口に入れた。確かに声を上げてもいいような旨いものである。しかし、食べ物音痴の私には、高足蟹なのかズワイガニなのか区別が付かない。食べていると、大きなお椀にはいった蟹の味噌汁が配られた。足の一部が入っている。そっちの方が高足蟹という実感が湧いた。うまい汁である。
 食べ終わり、お茶がでて、テーブルの前の空の容器がかたずけられると、自由懇談になった、知っている同士集まって話を始めた。すぐにあの婦人が友人の隣にやってきて「おいしかったですね」と声をかけてきた。
 「うまかったです」
 「たまにお見かけしますね、会員の方でしょう」
 「はい、彼は大学の時の同級生で、会員じゃないのですけど、この会に興味を持って今回参加しました」
 彼が私を紹介したので、私は愛想良く挨拶をした。
 「高足蟹のお弁当、普通じゃ食べられませんよね」
 婦人は私にそう言ってから、彼に「茸はお好きかしら」と聞いた。
 「ええ」彼は嬉しそうに答えていた。それからの婦人の会話は、なんと、ほとんど死んだ同僚が話してくれたことと同じだった。塾の講師の彼に、自分は草片駅弁愛好会の試験を長岡駅で受け、イカめし弁当の茸をあてられずに落ちたという話だ。彼に茸弁当愛好会の人を紹介すると言っている。
 二人の話が終わりに近づいた頃、私は妙なことに気がついた。藤色の洋服を着ていた婦人のエリに七宝焼きの網笠茸のバッチがついている。このバッチは正会員じゃないともらえないはずじゃなかったか。この人は試験に受からなかったと、隣の彼にも言っていたじゃないか。そんなことを考えていると、解散の時間になった。
 「それじゃ、連絡をしてもいいですか」
 友人が婦人に電話番号を聞いている。
 「ええ、是非入会して欲しいわ、私もまたトライするから」
 その婦人はそう言って、席を立ち上がった。
 「ありがとうございました」
 彼がそう言ったので、私も彼女におじぎをした。
 「またお会いしましょう」
 そう言うと、その婦人は会場から出て行った。
 小田原駅に行く間に彼は茸の会には無理だなと言った。次の入会試験の駅は富山で、日曜日なのだが休めないそうだ。まだまとまった休みもままならないほど塾の講師の仕事が忙しいという。
 そんなことがあったあと、その大学の友人からおかしなことを聞いたと電話があった。
 「あの死んだ同期生の婚約者だったという女性から連絡があってね、いろいろ聞いてきたんだ、何でも、一年後に結婚する準備をしていた矢先の出来事だったそうだ」
 「もうだいぶ前の話だろ、なぜ今頃連絡してきたんだい」
 「彼女が彼の葬式に青森の実家に行ったときは、両親は大学の同級生か仕事の仲間かと思って、詳しい話をしなかったようだ、彼は彼女のことをまだ両親に話してなかったのだろう、その時、彼女も気持ちの整理ができていなくて、婚約者であるとは名乗りでかったようだ」
 「君も知らなかったのかい」
 「うん、聞いていなかった、ところが、最近になって、両親が彼の遺品である本の中に彼女の写真が入っていいるのを見つけたそうだ、名前と携帯番号が書いたあったそうだ。茸の好きな彼はよく山登りをするので、山の本をよく読んでいた。その本は高校生の時から持っているお気に入りの本だったという。白馬に関する本だそうだ。両親は写真の女性は誰だろうと気になった、それで彼女に連絡をしたわけだ。そこで、彼が約束をかわした女性であることがわかったんだ。何でも白馬に登っているときに出会って、意気投合したらしい、それならばと、両親はよかったら何か思いでのものでもどうか、と聞いた。彼女は彼がいつも使っていたサブザックが欲しいといったら、すぐに送ってくれたという。
 ところがいつも彼が使っているものとは違うので、両親に電話で聞いたようだ。そうしたら警察から遺品として届けられたものだという。それで、おかしいと思って、彼女は警察に問い合わせをしたら、茸を料理して食べたところで、倒れていた彼の脇にあったもので中には彼の物が入っていたので両親に渡したということだった」
 なんだか、同僚の時とよく似ている。
 「それで、彼女は彼の死に不信をいだいたということだね」
 「そうみたいだ、もう彼のことはあきらめたけど、毒茸を食べて死ぬような人じゃないから、本人のためにはっきりさせてあげたいと言っていた」
 やはり、はっきりさせるには草片駅弁愛好会のことを調べなければならないだろう。同僚や大学の同期生の死はこの会に関係がありそうな気がする。あの婦人は正会員なのに、なぜ同僚には落ちたことの話をしたのか、小田原の会では大学の友人を誘うため全く同じ話をしていた。そう言えば、次のテストの駅は富山だと言っていた。同じパターンじゃないか。そこではっと思った。ねらった男を茸の会に受かるように仕向けている。
 何のためだろう。茸の駅弁の会は年4回と言っていた。それ以外に不定期の会がある。その会はいつもの茸駅弁を食べるだけなのだろうか。
 私は不定期の会が食べられるかどうかわからない茸をみんなで試しているんじゃないかぐらいに思っていた。しかしそうではないのじゃないか。疑問が湧いて来た。

 ともかくその会の中を調べるためには、会にはいらなければわからない。草片駅弁の会は知り合いだけの集まりではなく、人に入ってもらいたいようだ。といって私は入ることはできない。何しろ茸のことはなにも知らない。
 同僚が死んで一年、私も手をこまねいて、なにもしなかったわけではない。ネットでもそのクラブを調べたし、いろいろ当たった。ところが、そのクラブはまったくサーチに引っかかってこなかった。本当に秘密クラブなのだろう。それにしてもごちそうクラブの婦人は秘密めいた感じがなかった。
 なくなった塾講師の婚約者に会ってみたくなった。それで彼に電話をしたら、「そうだな、一度みんなで話すと、なにかでてくるかもしれないな、幸いなことに彼女は東京にすんでいるから、連絡してみるよ」との返事だった。
 それから間もなく、すぐにでも会いたいと連絡があり、三人で新宿で落ち合うことになった
 その女性はずいぶんしっかりした女性だった。趣味はボルダリングで、足腰を鍛えるために、会社の休みには山登りに行くという。それで、死んだ彼と白馬で出会ったということである。
 「あんなに慎重な人が茸に当たるなんて信じられないわ、山に登っていても、ちょっと雲ゆきが悪そうになると引っ返すのよ、一緒に茸を採ったこともあるけど、よく知っている茸しか採ろうとしなかったわ」
 「草片駅弁愛好会について何か言っていましたか」
 「あの会に入れたのは光栄だって、喜んでました」
 同僚と同じだ。
 「ごちそうの会は止めたのですか」
 「ええ、すぐやめました」
 同僚もそうだった。
「そのおばさんは両方入っているのじゃないですか」
 「いえ、そのおばさんは草片弁当愛好会にはまだ合格していないので、彼は自分だけ受かって申し訳ないと思っていたようです」
 同僚もそう思ってごちそうの会をやめたのかもしれない。
 「これからどうしましょう、まず茸の駅弁の会をもっと調べなければなりませんね」
 「私は茸のことはよくわかりません、本当は茸の駅弁の会に入って、誰かに彼のことを聞いてみたいのですけど」
 私と同じ状態だ。
 「誰か茸の詳しい人に、調べてもらうのがいいですね、私も茸はよく知らないのです」
 そのとき、同級生がこんなことを言った。
 「大学の野草を食べるサークルに、茸にめっぽう詳しい奴がいたな、そいつは法学部で、あれからずいぶん司法試験にトライしていたが、六回目であきらめて、いま秋田で探偵をやっているよ」
 「でも、探偵を雇うってお金がかかるんだろう」
 「いや、亡くなった彼とは同じサークルだから、顔見知りだよ、大学時代にはよくみなと飲んだりもしたから顔見知りだよ、調べてみたいというかもしれない。茸の駅弁の会のことをいうと、自分も入りたいというぞ、茸好きのあいつなら」
「ホームカミングデーには来ていなかったのかい」
「うん、秋田からは大変だよな」
「もし調べてもらえるなら、ごちそうの会に入ってもらって、その婦人とコンタクトをとるようにしてもらおうよ」
 「その人どこに住んでいらっしゃるのかしら」
 「秋田の十文字」
 「遠いな」
 「ラインで調べていくと彼の探偵事務所が分かるかもしれない」
「もし彼が入ったら、俺も一緒にごちそうの会に加入して、お手伝いするよ」
 私も何かしなくてはと思っていたところである。
 「私もごちそうの会に入ります」
 彼女も本気のようだ。
 「僕も正式にはいるよ」
 といいうことで、クラスメートはサークルの友達と連絡をとることにしてくれた。

 それから一週間たち、彼からメイルをもらった。秋田の探偵と連絡がついて、亡くなった塾の彼のことを話し、我々の状況のことを説明すると、是非調べてみたいという返事をもらったとということだ。彼の探偵事務所は十文字調査局と、気取った名前である。
 その後、探偵はごちそうの会の秋田支部に入会し、機会を待っているということだった。もちろん私も、彼女もごちそうの会に入会した。私と彼女は東京の支部会である。しかし、どこの駅弁の会にも参加できる。
 最初の機会は秋田の湯沢駅で行なわれる、定例のごちそうの会であった。探偵の住んでいる十文字の隣である。
 幸い我々三人も都合がつき、参加することにした。
 秋田新幹線で大曲まで行き、奥羽本線で湯沢駅にでる。4時間以上かかった。ずいぶん遠い町である。電車賃が馬鹿にならない。はじめての町だ。こちらに来てから秋田の湯沢は古く由緒ある所で湯沢市であり、スキーで我々もよく知っている新潟の湯沢は越後湯沢で湯沢町であることを改めて知った。爛漫や大関の本舗のあるところで、稲庭うどんや川連漆器も有名で、美人の産地とパンフレットにある。
 駅の二階にある改札口をでると、探偵が待っていてくれた。彼はなかなか精悍そうな身体つきの男で、ちょっとテレビ映画に出てくるようなタイプである。挨拶をすると、全く秋田べんがなかった。
 「僕はここの生まれだけど、子供のころから東京で育ったものだから、ここのことは知らないんですよ、ただ、古くからの屋敷があるもので、戻ってきたってわけです、家作で何とかひとりなら食べていけるんです、だから、茸採りを楽しんでいるんです」
 優雅な身分である。
 「それじゃ、会場にいきましょう」
 と言って駅から出た。駅前の広場を通り、駅の真正面にある中央通に入ったが、閑散としていて、いかにも過疎が進んでいる感じである。
 会場は駅から歩いて数分のグランドホテルでおこなわれる。ホテルの中には歓迎ごちそうの会一同様の看板が立ててある。
 その日の会は、湯沢の駅弁を食べるのではなかった。湯沢駅には駅弁というものがなかったが、その日のために、ホテルが特別に用意した弁当をたべるというものだった。湯沢特産の皆瀬牛をつかった弁当とか、小安の種種の天然茸の弁当、稲庭うどんの弁当、など、山菜弁当、蕗弁当、じゅんさい弁当などで、それなりに楽しめそうであった。日本酒、ビールは飲み放題である。
始まるまで、探偵さんと話をした。
 「電話で彼の話をきいたら、こりゃ何かあると思いましたよ、彼のことはよく覚えています、まじめな人でしたね、数字にめっぽう強くて、きっと大企業に入ってそれを生かすと思ってたのですが、塾の講師になっていたのですね」
 彼女がうなずいた。
 「彼の話では、大企業だと山に登れなくなるから、塾の講師になって、時間を作るんだといっていました、将来は山小屋で働きたいとも言っていました」
 「僕も塾は時間があるものと思ってたんだけど、経営に加わってしまったから、時間がとれなくなってしまったんだ」
 「確かに私のような企業に入ると、本格的な山登りなどはできないね、なくなった同僚のように駅弁の会に出席するため三日ほどの休み程度ならとれるけどね」
 「それで、もし、私がうまく草片駅弁愛好会には入れたら、色々探って見ます、何もないかもしれませんし、わかりませんが、何か分かったらメイルでお知らせします」
 「ただ、今日、あの婦人が参加している可能性は少ないと思いますよ、埼玉、神奈川、東京の会では見ますけど」
 塾の彼がそう言ったが、探偵の推理は当たらないことになる。
 「いや、わかりません、私の勘では、湯沢のこの辺りも茸の良く採れるところ、あの婦人はあなた方の関東の会に参加するほうが少なくて、茸の採れる秋田、長野、群馬などの方が活動拠点もしれませんよ、茸仲間を呼び込むにはこちらのほうがいい」
確かにそうである。
 婚約者が死んだ彼女は詳しい状況を話し、私も同僚の死の状況を話した。
 そろそろ、会場が開く時間である。
 「みんな同じくらいの年だから、大学の茸の会のサークルということにしよう」
 探偵さんが提案したのだが、私には茸の知識が全くなく、かなり不安であることを言った。彼を亡くした彼女は以外にも茸には詳しいようだ。山登りが趣味だと植物や茸の知識もおのずから増えるらしい。
 「我々のサークルはいろんな人がいて、茸を食べるのが好きな人もいていいじゃない、たべられる茸ならちょっとは知ってるでしょ」
 わたしはうなずいた。

 いつもは結婚式場になる、大きな宴会場が会場である。
 我々は中に入った。名簿をみると五十人ほどの参加者だ。結構な人数だ。関東から来たのは我々三人だけで、後は近くか、遠くて秋田市、八戸程度である。
 十ほどの丸テーブルの上に弁当が並べられ、番号がふってある。ビンゴだと時間がかりすぎるということで各自でくじを引き、その番号の弁当の前に座ることになった。みなばらばらになる。
 我々は早い方で、まだ閑散としているテーブルに座った。みな違うテーブルだ。だがどんどん会員が集まってきて、すぐにいっぱいになった。探偵の座ったテーブルの隣にあの白髪で小太りの婦人がすわっている。今日はブルー系統の洋服を着ている。彼女に頼んで探偵に耳打ちをしてもらうことにした。彼と私はあの婦人に会ったことがある。
 私は小安の茸弁当、塾の彼は皆瀬牛弁当、彼女は稲庭うどん弁当、探偵さんも皆瀬牛弁当だった。
 司会者が言った。
 「みなさん、お弁当の前に正しく腰掛けられましたか、これから食べるまでの十分、コミュニケーションタイムにします。当たった弁当を他の弁当と取り替えたい方は、みなさんに呼びかけててください。このマイクをお使いになってもいいですよ」
 山菜弁当を食べたいが、皆瀬牛の弁当と取り替えてくれないかという申し出のおじいさんがマイクの前に立った。一人の青年が「いいよ」と声をかけ商談が成立した。
 次は若い女性が、蕗が食べたいので、入った弁当があったら取り替えてほしいと訴えた。 
 その間にお茶と茸のお吸物が配られた。稲庭うどん弁当の人には、吸物のかわりに茸飯が置かれた。
 隣のおじさんは天然茸駅弁を開いた。こんもりと舞茸、占地、栗茸、ムキタケ、平茸の煮しめがのっている。「いいのにあたった」と食べ始めた。お酒をもらっている。
私も同じものと思ったが違った。茶飯の上に見たこともないような茸がいくつも重なるようにして、敷き詰めてある。なかなかうまい。皆瀬牛弁当を開いた人を見ると、弁当一面にステーキ牛と茸のソテーが引きつめてある。うまそうだ。稲庭うどん弁当は大きな塗りのお椀に暖かい稲庭うどん、その上には、これまた、色々な茸がのっていて、茸飯は大切れの松茸の茶飯だった。ごちそうの会だけはある。私はビールをもらうことにした。
 あつあつの吸物もまたとてもおいしい。中には本占地が入っている。本占地は香り松茸味占地、のその占地で、天然物しかなく、なかなか採れない。
 仲間はどうしているか見ると、それぞれ隣の人と話をしたり、結構楽しんでいるようだ。
 探偵さんは隣のテーブルのあの婦人の弁当をのぞき込んで、なにやら言っている。婦人のほうからも彼に何か言っている。婦人は探偵に目を付けたようだ。
 隣の男性にきいてみた。
 「この会は初めてなのですが、お弁当を食べた後はなにかするのでしょうか」
 「いや、これでお終いですよ、はじめからここを起点としてどこかに観光に行く計画をたててから参加するのです、私もこれから小安で一泊して、湯に浸かるつもりです。もちろんここで気が会った人どおしで観光に行ったりもします、この会は、うまい弁当を食べるのも一つですが、言うなれば旅のきっかけを与えてくれる会ですな」
 「そうなんですか、楽しくていいですね」
 「どこかにいかれますか」
 「ええ、大学の時の茸のサークル仲間と来てますので相談します」
 「せっかくきたのだから、そうされるのがいいですよ」
 その男性は一人旅が好きなようである。
 終わりの時間がきた。すると、探偵が立ち上がって、私の脇を通るとき、「こっちを見ないで、また連絡します」とトイレに行った。
 私は友人と彼女のところにいって、探偵が言ったことを伝えた。
 トイレから出てきた探偵はあの婦人と供に会場を後にした。
 我々はもったいないが、ホテルのラウンジで飲み物を頼み、電車の時間まで過ごし、そのまま帰った。

 それから二日後、私のところに探偵から電話があった。私がとりあえず、情報のとりまとめ役になっていたからである。
 草片駅弁愛好会に入会したということであった。婦人の言うことを聞いて、試験を受けて、簡単に入会できたということである。やっぱりあの婦人は勧誘員である。どうもあまり賢くない秘密結社である。
 探偵は今度の、定例でない茸駅弁の会にでることになったと言っていた。場所は富山の立山ということである。
 そのことを友人と彼女に伝えて、探偵からの連絡を待った。
 探偵から連絡があり、立山では見たこともない茸を食べさせられたということである。参加者などの構成は何回か出席してから、まとめて説明してくれるということになった。
 彼は草片弁当愛好会に出席するたびに、連絡をくれて、その概要を話してくれた。そのようなことが何回か続き、一年も経ってから、「わかったよ」と連絡があった。我々三人で彼の宿泊代と電車代を持つことにして、東京に出てきてもらうことにした。三人で行くより安上がりである。
 出身大学の近くにあるこじゃれたイタリアンレストランで彼を囲んだ。
 「草片駅弁愛好会は入り口だった、その上に草片極舌会があり、さらに草片黄泉の会があることがわかったよ。草片愛好会はだいたい百人ほどいるが、本会員が五十人、準会員は三十人ほどだが絶えず入れ替わる。脱落していくものが多いんだ。だからあのご婦人のような人が絶えず勧誘しているわけだ」
 「私の彼も準会員でした、それでもどってきたザックが彼のものでなかったことの原因は分かりましたでしょうか」
 「はい、順を追って説明します」
 「私の同僚にしろ、彼女の彼にしろ、事故なのでしょうか」
 私がそう聞くと、探偵は困ったような顔をした。
 「難しいですね、これから話すことからご判断ください」
 私たちはうなずいた。
 「草片駅弁愛好会の準会員なった私は、年4回の定例の集まりにすべて参加しました、それはなかなかおもしろいもので、こんな駅でこんな茸が採れて、こんなおいしい弁当になるんだというものでした」
 それについては必ず私は報告を受けてきた。
 「きっとお二方の亡くなった知り合いも楽しまれたことと思います」
 そうでなくては救われない。
 「不定期の会は準会員が正会員員になる場でした、それはホテルに二泊して、朝昼晩と会食をします、朝の食事は茸サンドイッチ、茸オムレツ、茸サラダ、茸ジュース、茸入りヨーグルト、昼は茸そばかうどん、それに茸の天ぷら、夜は洋食組は茸と牛肉のグリル、茸サラダ、茸スープ、茸と魚のホイル焼き、和食組は茸めし、茸の茶碗蒸し、茸の煮物、茸汁などです」
 「なかなかすごいメニューですね、参加費は相当高いでしょうね」
 「いえ、二泊で1万円と安いので、みなさん参加します」
 「どんな茸を使うのでしょう」
 「そこが問題なのです、食事はとすばらしいといっていい、ところが、二日目の朝食を食べた人の中にお腹が痛くなった人が五人いました、実は正会員の中の五人ほどの幹部が参加されていましたが、全員医者でその方たちが薬を持っていて、すぐ処方してくれました。昼を食べた中に頭痛や吐き気を感じた人が十人いました、その人たちもその五人の医者に診てもらいました。夜の食事のあとは全く自由なので、詳細はわからないのですが、夜中に何人か薬をもらったようです、自分はそのようなことにはなりませんでした。次の朝、会が解散するときに、医師からこのような説明がありました。食べた茸が体に合わなかったか、ご本人の調子が悪いと、美味しい茸でもからだにさわることがあります。何人かそういう方がいらっしゃいました。自分のからだを知っていただきたいと思います。
 この会は楽しく珍しい茸を食べる会で、時として一般には毒茸と言われるものでも、毒消しを施し食べることがあります。この会ではそういった茸も使われます。無理と思われる方には茸駅弁愛好会をおすすめします、と言ったんです。その会は草片駅弁愛好会とは違うもので、もっと安心して、茸弁当をたべられる会ということでした。そちらに移りたい方は推薦いたしますといわれました」
 「それで、調子悪くなった人はどうしました」
 「茸駅弁愛好会の入会書をもらっていましたよ」
 「あなたは、残ったわけですね」
 「ええ、その会を調べるためにはいったのですからね、それから4ヶ月後、二度目の不定期の会に誘われました、参加者は準会員十名と正会員三十名でした、それにどういう人たちかわからない人が数名いました。それはまたおいしい茸弁当が振る舞われました、会費はとられませんでした」
 「それはどこで行われたのですか」
 「長野の松本でした、我々準会員十名は早くも本会員に推挙されました。我々は皆喜んだのは言うまでもありません、ただ、その場でという訳ではありませんでした、ちょっとおかしなことをしなければなりませんでした。参加した準会員の血液検査です。会の医師が採血をしました。それで、その日に結果がでて、われわれは正会員になったのです。
 きっと、亡くなったお二人も、ここまで進んだのだと思います。正会員になった我々新会員は、さらにやらなければならないことがありました。もちろん断ることができます。この会が開発した薬を飲むことです。茸が美味しく感じられ、かつ、茸毒に対して強くなるというもので、説明では副作用はないということでした。話だけ聞くと問題なさそうですし、毒に強くなるなら、寧ろありがたいものです、皆その錠剤を飲みました。
 そうして、正会員になったわけです」
 「彼から正会員なったとは聞かなかったわ」
 「同僚もそう言ってなかった」
 「正会員のバッチは野外茸バーベキューで渡されることになっていました。その会は新しく正会員になった人が先輩の正会員と二人で山に入り、採った茸でバーベキューをするというもので、一月以内にどこかにいかなければいけなかった。行く日は会い方の正会員の人と決めたのですが、行くところは先輩の指図です、私は筑波山でした、それに道具一式の入ったリュックが渡されました。相手はお医者さんでした。頼りになりそうな四十代前半の男性です。
 当日、山間の小さな流れに沿って上り、バーベキューの用意をして、先輩が持ってきた茸を焼きました、茸のことはかなり詳しいつもりの私にすらほとんどの茸の名前はわかりませんでした。その辺りで採った物ではないのです。ともかく焼いて食べました、先輩の持ってきたビールはおいしい物でした。
 ところがしばらく先輩と茸の話などをしていたのですが、いきなり胸が苦しくなり、意識がもうろうとなってきたのです。私は河原に倒れ込みました。彼があわてて私の腕をまくり注射をしました。
 体が動かなくなり、目もぼやけました。ただ耳は聞こえていました。先輩の医師が電話をしていました。
 こう言っていたのです
 「彼がくたばりそうだよ、一番期待をしていたのだがな、遺伝子はよかったんだろ、そうか、かなり茸毒に強い体質だよな。
 茸は熱帯の毒茸を食わしたんだ、あの薬は効かなかったようだよ、もし死んだらこれで何人目だ」
 間をおいて、
 「え、昨日一人死んだの」
 そう言って、その医者は私と一緒に正会員になった人の名前を言ったよ。
 「こっちの人は吐き気を起こす薬と、アドレナリンを打ったよ、まだ生き返る可能性はあるよ」
 そのとき急に腹がむかむかして、がーっと胃のものが口に戻ってきてはいちまったんだ。すると、だんだん意識もはっきりしてきた。
 目を開けると病院の中だった、その医者が「気がついてよかった、茸中毒だよ」といって、私の目をのぞきこんだよ。それでそこに一日いて家に送ってくれた。その病院は中央自動車道の通っている山梨か長野だったようだが、病院名はわからなかった」
 「それで気がついたんだ、われわれは実験台だったんだ、茸毒に強い人間を集め、遺伝子に作用する薬を開発して、茸毒にたいする抵抗を強めようとしていたのだと思う」
 「犯罪じゃないの、彼が自分のじゃないリュックを持っていた理由がわかったわ」
 「それで、どうしたらいいだろう」
 「証拠が全くないんだ」
 「正会員にはなれたんだろ」
 「ああ、バッチはもらったよ、だけど、不定期の会の案内はこなくなっちまった、定期の会では面白い茸弁当は食べられけど、それだけだよ、あとはあの医者の病院を探してみるよ」
 と言う話だった。
 それから二月(ふたつき)、新聞に小さく、「また毒茸で死亡」、と言う見出しで彼の名前が載っていた。

茸駅弁

茸駅弁

いろいろな駅で、その地方の茸をあしらったおいしい弁当を食べる会がある。その会に入るにはテストを受けなければならない。だが入会するとーーー

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更新日
登録日 2020-06-05

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