私は彼に飽きていた
私は彼に飽きていた
私は彼に飽きていた。飽きることは無いと信じていたのに、何となく味気ないのだ。
彼の汗にまみれた身体をベッドに投げ捨てる。身体にはしっかりと快楽の余韻が熱く残っているのに、心は驚くほどに冷めていた。
「なあ、知っているか」
彼はベッドに腰掛けて煙草を吸っていた。私が嫌いな老けた臭いだ。
「何が?」
振り向きもせずに私は問う。
「高校のときの三上っていただろ? あいつ結婚するって」
ふーん、とだけ返した。三上くんは私と彼の同級生だった。特に仲が良かったわけではないが、名前と顔は分かる。たまにクラスメートでカラオケに行けば三上くんもいた。小太りで背が高い、大きいというシンプルで言い表せるのが三上くんだ。優しい笑みの男の子だったのだから、きっと奥さんも優しいのだろうと勝手に想像する。
「俺らもそんな歳になったのだな」
含みのある言い方に私は嫌な予感しかしなかった。だから何、とあしらってやろうと思ったけれど、身体の怠さが眠気を誘ってそんな気にもなれない。
「俺らもそろそろ、考えない?」
「えっ?」
女ってずるいのだと思い知る。死刑宣告を受けたような気持ちなのに、幸福に満ちた声で答えられるのだから。
彼が短くなった煙草を灰皿に押し当て、私の横に滑り込む。つんとしたヤニの臭いがする。
「俺と、結婚してくれませんか?」
私はお得意の嘘が出ないよう、口をつぐんだ。
このまま、彼と一緒に居られるだろうか。飽きてしまった生活をこれからも続けるなんてできるだろうか。生ぬるい水の中にいるような気持ち悪さに、私は眩暈がした。
煙で潤んだ瞳を、私が感激して泣いているのだと彼は勘違いしたのだろう。私に唇を寄せようとした。
咄嗟に彼の唇に、しーっと指を押し当てた。
「もう一回、しよ?」
彼は馬鹿なのか、悦んで私に覆いかぶさった。
快楽に呑まれていれば幸せだと感じる。でも、セックス以外は何も楽しくないの。
私が彼を手放すのは、もう少し後のお話。
私は彼に飽きていた