催涙雨
催涙雨
涙が零れないように上を向くと、灰色の雲が空を覆っていた。
「――――っ」
愛しいあの人の名前を叫んでも、声にならない。喉が痛い。
何故裏切られたのだろう。こんなにも悲しい事だとは思わなかった。どうして僕の大切な人は僕から離れていく。
あの人を求めては――幸せを求めてはいけなかったの?
頭がひどく痛かった。息をするのさえ辛い。堪えていた涙も頬を伝って流れていった。灰色の闇に俺の心も染まったのだろうか。足が重くて上手く歩けない。
これは正しいことの筈なのに。俺が選んだことなのに、胸が締め付けられるように痛い。
下を向くと、ぽたり、ぽたりと雫がアスファルトに染みを作る。温かい思い出が流れ出しているようで、耳の奥が熱い。
俺はどこで間違えたんだろう。
出会ったこと? 想ったこと? 愛したこと? どれも後悔はしていない。
でも今は、なにも感じない。
二人は何処へ行くとも分からないまま別々の道を歩き始めていた。
一時間前、彼らは駅前の小さなカフェに居た。
二人のピエロはいつものような微笑みを演じ、偽りの笑いを零しながらたわいのない話をしていた。
「それでさー担任の――って聞いてる?」
「ん? ああ、ごめん。」
「どうしたの? ぼんやりして?」
「お前さ、もう気付いてるんだろ?」
片方の男は鋭い、けれど哀しい色をした目をまっすぐ向けた。
「え、なんのこと?」
もう一人の男は真実を受け入れる事を恐れ、目を逸らした。
「もう、終わりにしよう。」
切り出した男の頬に熱い雫が線を作っていた。
「わかっ……たよ。」
本当はまだ分からないのに。それでも前に進むためにそう答えた。
どれくらい歩いたか。空を見ても時間は分からない。気がつくと川沿いの細い道に出ていた。
幼いころ、夜中にこっそり家を抜け出してこの川沿いで星を眺めていた。水面に映る星は届きそうなのに、手で触れると波が星を消し去ってしまった。
ガードレールにもたれて川を覗き込むと、反対側にも人影がある。顔を上げるとあの人も泣いていた。
七夕に降る雨は織姫と夏彦が流す涙だという。
彼らはもう会うことは出来ない。次に会うときは、ただの知り合い。
「さようなら」
「さようなら」
催涙雨