弟がブラックコーヒーを飲んでいた話
弟がブラックコーヒーを飲んでいた話
弟がブラックコーヒーを飲んでいた。
昨晩のこと、女物の薄手のブラウスにミニスカート姿の弟が俺の住むアパートの部屋に押しかけてきた。ところどころ服は破れ、傷だらけのその姿に俺は事情を察して招き入れる。
「また公園に行ってたのか?」
「ん。兄ちゃん風呂貸して」
「……分かったよ。着替え出しとくから」
脱衣所もない小さなアパートの廊下で弟は服を脱ぎ捨てる。背中やお腹にも痣が鮮やかに表れていた。
「病院は行かなくていいのか?」
「……平気」
その言葉だけを残して小さなユニットバスに弟は姿を消した。
俺の弟はときたま女装して夜の公園に行く。そこはいつもの公園ではなく、男性同士の出会いの場、性交渉する場となっていることを俺は弟から聞いた。
兄として止めるべきなのかとも思う。しかし弟は言った。そこで運命の人に出会ったと。
「兄ちゃん、風呂ありがと」
上がった弟の肌は上気して美しく、先程のメイクが落とされて素朴な少年の顔立ちになる。
「もう寝ていい? ベッド貸して」
「ひとつしかないんだけど」
「兄ちゃんも俺も細いから大丈夫。あと、俺兄ちゃんのことそういう目で見てないから」
「分かってるよ。じゃあ寝るか」
シングルベッドで弟の小さな鼓動を背中に感じ、俺は眠りについた。
そして朝。
「おはよう兄ちゃん」
早起きしていた弟はダイニングテーブルについてマグの中身を啜っていた。
おはようとだけ声をかけて俺もダイニングに座る。セットされたコーヒーメーカーからドリップしてから少し冷めたコーヒーをマグカップに移して一口啜った。
「兄ちゃん。俺って生きてる意味あるのかな」
「どうしたよ、急に」
「俺さ、ゲイだし、女装してないと相手もされないし、親からも愛されてなくて、この先結婚も子供もできなくて。そんなの意味あるの?」
「そうだな……あの運命の人には会えたの?」
「振られたよ、昨日」
「そっか……」
コーヒーの苦みが胸をジリジリ焼く。弟の傷ついた笑みが痛い。
「あれ、お前ブラック?」
「うん。大人になりたいんだ」
弟がブラックコーヒーを飲んでいた話