恋と救済、長い夜
いまから、呼吸して、ひなどりみたいな、かわいらしいひとたちが、みずうみの底で、ゆらめいているあいだに、まぼろし、つめたい水槽に、うつる。花の海、星の森、空気がマイナス温度になったとき、すこしだけみえる、きみの横顔。
ねぇ、ぼくたちが一ミリずつ、恋という感覚をうしないかけているあいだに、きっと、知らない誰かが、おわりのない国でまいにち、笑ってるよ。
まいにち笑うことはいいことだねって、きみは、どうでもいいことみたいに言って、オレンジジュースを飲んでいる。夜が、さいきんは、夜がさ、途方もなく長いので、時間が、朝が、なかなか来ないで、朝も、朝寝坊するんだねと呟いたひとは、誰だったか、ぼくは、日ごと、欠けてゆく記憶を、てのひらですくえずに、たぶん、ぽろぽろと、とりこぼしている。十七才のとき、ライブハウスでみた、あの、音楽と、光の、共鳴、渦をまいたものに、のみこまれた瞬間のことを、ふいに思い出すのは、おそらく、それだけは欠けることなく、網膜に、脳裏に、焼きついているのだと想うと、きみのことも、どうか、忘れないように、欠けないように、欠けたとしても、とりこぼさないように、しっかりとつかんでいたいと、空虚に誓った。
夏。
季節はずれの雪が降って、泣きたいくらいの、白に染まった世界で、みんなが、それぞれ、ちがう方角を向いて、景色は、かわりばえしないのに、異なる道をえらんで、はじまりの地点には、うしなわれた恋のむくろだけが残され、風化してゆく。ぼくたちの夜は、つづく。
恋と救済、長い夜