加害者のクレジット

きりん後

加害者のクレジット

 陽炎の揺れるハチ公前の広場で、動けなくなったタクシーが止まっている。辺りには轢き殺された人々が倒れている。被害者が作る血の川は、モヤイ像から始まり、東急百貨店を通ってハチ公まで続いている。
 蝉の声に混じって、悲鳴は上がり続けている。ガラス片が散らばる範囲に踏み込まないように気を付けながら、やじ馬が次々と増えている。タクシーの窓には燦燦と燃える太陽が映っており、タクシーの中は陰になって見えない。
 「渋谷無差別タクシー事件」と名付けられたこの出来事は、マスコミを通して世界中に報道され、国民達と一部の情緒の深い海外の人々の心を酷く揺さぶった。被害者遺族とその関係者は、加害者である堂本隆(58)を恨み、被害者に関係のない人々は、自分と自分に近しい人物が巻き込まれなかったことに安堵しながら、第二の堂本隆の登場に戦々恐々とした。  
 当然、警察やマスコミは堂本隆が無差別殺人を行った理由を追求する為に、堂本隆について調べ上げた。
 まず、労働環境に問題があったことが疑われた。報道されたタクシー会社は非正規雇用ならではの保証の手薄さと歩合制と称したノルマ制が堂本隆を追い込んだという仮説が立った。しかし殺害との直接的な因果関係は認められなかった。また同僚からの虐めがあったのではないかと疑われたが、この線も確かな証拠は得られなかった。というのも、同僚達は堂本隆に対して、「余りコミュニケーションを取りたがらない気難しい奴」として距離を置いていた。と証言しており、虐めるどころか普段から会話をしていないことが分かったのだ。
 生い立ちに問題があったのではないか。と両親への取材も行われた。しかし年の取った夫妻が自宅の玄関で深々と頭を下げた様子は、世間の同情を誘った。また「本当は優しい子なんです」という父親のコメントは、人々に堂本隆の人間性が両親からの虐待等の加虐によって形成されたものではない。と結論付けさせた。
 取材は堂本隆の小学校から大学までの同級生や、会社の同僚等、多岐に渡ったが、皆一様に、「気難しい奴」や、「プライドだけが高く、その為に嘘を付く奴」等という評価を述べていた。
 堂本隆は、「自分の存在を世間に知らしめよう」という自己証人欲求から問題を起こした。という風に世間から捉えられ、それと共に、「時折現れるありきたりな狂人の一人」という評価を受けた。渋谷無差別タクシー事件は、同じ悲劇を繰り返さないように対処することのできない、災害的な殺人事件だと判断され、人々は堂本隆にまつわることを全て、時の流れと共に存在自体を忘れられていった。

 全ての人間の人格は、その人物に関係する全ての他者によって作られる。勿論、堂本隆も、その例外ではない。
 堂本隆が周囲の人間にされたことを述べるなら、まず、ADHDとLDの脳の形で産まれた彼を、母親は発達障害を持たない人間として育てた。父親は、嫌な仕事を辞められないのはお前のせいだ。とストレスをぶつけ、自己肯定感を低下させた。小学校のクラスメイト達は健常者として扱った。その評価を乱さないように、本当は授業や友達同士の会話について行けてないのにも関わらず、内容を理解しているふりをしていた彼に、小学校の先生は点数の低いテスト用紙を渡し続けた。見せないようにしてやり過ごしていた彼からそれを奪い取ったクラスメイトが馬鹿にした。カンニングをして悪くない成績を収めた彼を周囲は特に褒めなかった。不正行為ができないようになった彼を、中学校のクラスメイト達は勉強が苦手で空気が読めない奴として扱った。それを努力不足のせいだと認識させる為に、ミュージシャンを志しているから、内向的で勉強に不真面目になっている。と言った彼に、クラスメイトは納得したが、母親は、ミュージシャンなんて。と溜息を浴びせた。父親は、目を覚ませ。と叱責した。塾の先生は理解できない程大量の知識を猛スピードで与えた。両親に、やればできる子だ。と思われる為に本気で勉強をした彼に、模試の試験官は低い偏差値を与えた。中学校の担任の先生は学力に相当の志望校を示した。演じているキャラクター通りに、興味がない。という態度でそれを受け入れた彼に母親は涙を流した。父親は軽蔑の眼差しを送った。高校のクラスメイトはミュージシャンを目指している。と彼が登校初日の自己紹介で言った通りに認識し、雰囲気を壊す発言や積み重ねる赤点はその為だと思っていたが、やがて彼がミュージシャンの夢を言い訳にしているのではないか。と疑い始めた。その視線に気が付き、必死に練習したマニアックな曲を文化祭で演奏し、嘘ではないことをアピールした彼は、この時に拍手を浴びたことで、自分の生きる道は本当にこれなのではないか。と思うようになった。自分の持つ欠陥は、裏を返せば芸術家の才能であり、嘘も追及してゆけば誠になるのではないか。と考えた。担任の先生は応援した。母親は、あなたの人生だから。と温かい眼差しを向け始めた。父親は無視するようになった。担任の先生は大学に進学することを勧めた。彼は楽曲作りの時間を捻出する為にそれに応じた。ミュージシャンへの道を歩み始めた彼に、大学で入ったサークルの仲間達は、音楽に関する知識と技術と熱量が足りない。と言った。その穴を埋めようと、授業に出ずに演奏の練習と楽曲の制作に時間を費やした彼に、サークルの仲間は、聞き手が共感するようなことを歌にしないと。と言った。口論になり、その場でサークルを辞め、大学を休学し、自宅で楽曲を制作する彼に、父親が、遊んでいる暇があっていいな。と言った。実家から逃げ出して独り暮らしを始め、生活費を稼ぐ為に居酒屋のバイトを始めた彼の仕事の不出来さを、店長は毎回、ミュージシャン志望だったら声だけは出そうか。と励ますような口調で説教した。同僚達は笑った。存在に価値があることを証明する為に彼が送ったデモテープを、音楽関係者は軒並みボツにした。落ち込む彼にバイト先の店長は、人の体験談を元に歌詞を書いたらいいよ。と身も蓋もないアドバイスした。藁にも縋る想いで通ったワークショップの主催者は、魂が籠っていない。と切り捨てた。動画配信サイトに楽曲を上げた彼に、唯一の好評価を送ったのは、同じくミュージシャン志望者で、その人物は自分の楽曲に高評価を返すように要請する内容のコメントを彼に送った。バイト先の忘年会で楽曲を披露した彼に、バイト先の人間達は薄ら笑いを浮かべ、店長は、芸術家タイプの人って他のことができない分、表現することに限っては特別な才能があるんだろうと思ってたけどさ、やっぱり成功する人って基本的なことがちゃんとしてる人なんだなって思っちゃったよ。と赤い目で言った。その帰り道に、音楽じゃなかったんだな。とギターを捨て、実家に戻った彼を、母親は、人生長いんだから。と励ました。父親は、情けない男だよ。と彼に聞こえる様に母親に言った。復学し、学校で授業を受ける彼に、所属していたサークルのメンバーは冷やかな視線を送った。一つでいいから武器が欲しい。と需要が高まっていた、陸上特殊無線技士になる為に試験勉強を始めた彼に、母親は毎晩夜食を届けた。大学の図書館で勉強する彼に、サークルのメンバーが、頑張って。と嫌味を言った。休み時間試験官は不合格を通知した。資格が取れた。と嘘を付いた彼を、母親は叙々苑に連れていった。父親はその場にいなかった。母親は珍しく沢山酒を飲むと、やっとお父さんの鼻を明かしてやれたね。辛かったね。と彼が見たことのないような晴れ晴れとした笑顔を見せた。そして、お父さんから守ってやれなくてごめんね。と涙を流した。就職活動を始めて、陸上特殊無線技士の資格が生きそうな会社を受けた彼に、それぞれの企業の採用担当者は、不採用通知を出した。いつまでもスーツを着て大学に来る彼を、サークルのメンバーは笑った。母親は励ました。父親は、遊んでいた分の皺寄せ。因果応報だ。と苛立ちながら言った。一部上場の会社から採用されたという嘘を付いた彼に、母親は、実はへそくり溜めてたんだ。と高いスーツを買い与えた。父親は、よかったんじゃないか。と短く言った。非正規でIT企業に勤め始めた彼を、研修担当の社員が付き切りで業務を教えた。再び家を出て、仕事を始めた彼に、常駐先の社員が、このくらいならできるよね。と多くの仕事を与えた上、定時で返らせた。サービス残業にして派遣元への支払い賃金を低く抑えよう。という算段だった。自分の事務処理能力の低さにようやく先天的な障害を疑い、病院で受診した彼に、医師はADHDとLDの可能性があることを伝えた。しかしそれを報告することでクビになり、実家への仕送りを途絶えさせることを恐れて日を跨ぎながら消化する内に、疲労から仕事でミスを重ね始めた彼に、常駐先の社員は、マイナス分を補ってもらわないと。と更に仕事を増やした。疲弊し切った彼に、常駐先の他の社員は同情しながらも、上司には口を出せなかった。やがて鬱病を患い、会社を辞め、実家に帰った彼を、母親は労わった。父親は彼に労災が下りない訳を追究した。自分が付いた嘘と、発達障害のことを伝えた彼に、母親は嗚咽を漏らして聞かせた。父親は、俺のせいにするな。と突っぱねた。その後、実家で鬱病の治療を続ける彼に、母親は謝り続け、父親は、親のせいじゃない、あいつの甘えだ。と言い続けた。夕方に起きて酒を飲みながらミュージシャン志望者の投稿サイトに悪口を言い、明け方に眠る生活を2年程続けていた頃、ふと再生した楽曲のロック調で流れる美しい旋律に乗った、自分を好きでいる為なら、世界中の人に嫌われたって構わない。という歌詞に感化され、秘密裏に再び特殊無線技士の試験勉強を始めた彼を、母親は直接声を掛けないものの心配し続け、父親は存在ごと忘れようとした。それから3年後、試験に受かる為に必要な知識を得た彼に、試験官は合格を出した。部屋から飛び出て報告をして来た母親は、目を真ん丸くして見せ、そして、頑張ってたんだね。と本人が枯れたと思っていた涙を流した。スーツを着て出かけるようになった彼を、父親は、錆び付いて使い物にならんだろ。と卑下した。今度こそ本当に資格を活かせる企業に発達障害のことを伝えた上で就職した彼に、母親は、無理だけはしないでね。と言い、父親は、嘘でもなんでもいいから金を返せよ。と言った。働き始めた彼に、職場の人間は適当な建物の管理者に基地局の設置を頼む営業の仕事を与えた、淡々と獲物を探すという点で、相手の思慮を汲み取れない性分に合った仕事をこなしながら十数年過ごし、その間に再び一人暮らしを始め、合コンで出会い付き合った女性と結婚を考えていた彼に、管理部の人間は移動を命じた。気質に合っていない、現場を指揮する仕事だったが、家庭を持つ為にそれに従い、四苦八苦しながら深夜まで働く彼を、会えない寂しさを理由に交際相手の女性は振った。虚無感を取り払う為に一心に務める彼を、周囲の人間は、不器用ながら真面目な人間だ。と少しずつ評価していった。平穏な日々を過ごす彼に、上司が、大手の取引先との伝手を基に独立するから着いて来て欲しい。と誘った。また適正なポジションに務めさせることもできるし、いずれは高給にすることもできる。という上司の言葉によって、新しい会社の立ち上げに参加し、決して高い給料を貰ってはいないが、生き生きと働いていた彼に、母親が、息子を名乗る人物による詐欺に遭った。という内容の電話をした。どうしても父親には知られたくないから、騙し取られた分の金を仕送りして欲しい。とのことだった。独立したばかりで大金を工面できないことを言えずに、生活を切り詰めてそれまで以上に両親に仕送りをしても限界があったので、事情を話して給料を上げることを頼み込む彼に、上司は自身の所得を減らして給料を増やして渡した。実家に戻った際に、母親の話に違和感を覚えて詐欺について追及し、実はその話は嘘で、父親が投資に失敗した分の金を、母親を使って工面させていたことを知って、止める母親を押し退けて父親に激怒した彼に、父親は、引き籠っていた時期を引き合いに怒り返した。仕送りは続けるがそれ以外の接触はしないことを宣言した彼に、父親は、こっちから願い下げだ。と啖呵を切った。母親は、老いさらばえた様子で謝った。その後、十数年間、少しずつ事業を拡大する会社に貢献する彼に、定年の時期に差し掛かった上司が、自分は引退するからお前に会社を任せたい。と言った。性に合っていないから。と断る彼に、お前以上に信頼できる奴はいない。と上司は頭を下げた。恩義を返す為に引き受けて社長になり、前任者の作った仕組みを忠実にこなしてゆく彼に、時代に合わせた変革が必要だ。と部下達が訴えるようになった。一つの取引先から受注しているだけでは、何かあった時に経営が立ち行かなくなる。と言う部下達に、情を欠いたら人の世は渡っていけない。今まで自分は親切心に支えられてきた。と突っぱねる彼から離れて行った者もいたが、残った部下達は不満を抱きつつも、前任と同様ワンマンで経営する彼の言う通りにした。その後変わらず主要な一つの取引先から下ろされる仕事をこなしていた彼に、先方の担当者が、取引を辞める旨を伝えた。景色が崩壊する錯覚を感じながらその訳を聞いた彼に、担当者は、いい付き合いができる会社が見つかった。と言うだけだった。よくよく調べると、会社を辞めて独立した部下達によって、取引先を奪われていたことを知り、怒りさえ沸かず全身から力が抜けた彼に、残った部下達が辞表を出した。失意の底に落ちた彼に、再び、自分を好きでいる為なら、世界中の人に嫌われたって構わない。という例の曲が聞こえて来た。新しく会社を立ち上げて、やり直すことを決め、その為の資金を調達する為に、前任の社長に事情を話して願い入れる彼に、前任の社長は、返さなくていいから持って行け。と札束を渡した。更に実家に行って頭を下げる彼に、母親は協力して一緒に父親に頼み込み、父親は根負けして、仮は返せよ。と家を売り払って幾らか渡した。新しく会社を立ち上げ、以前持っていた伝手を辿って取引実績を説明しながら営業をする彼に、やがて興味を持った幾つかの会社が仕事を下ろすようになった。以前の教訓から取引先を増やしながら会社の規模を少しずつ大きくしてゆく彼によって非正規で雇用された部下達は、直接取引先の人間と関わらないように事務処理だけを任せられた。社員を正規雇用しないことで成長が頭打ちになった会社の現状に苦悩しながら、自ら現場と接待の為の飲み会を回る彼を、糖尿病が襲った。気が付いた時には人工透析が必要になっており、今までのように仕事ができなくなった彼に、求人を委託させていた会社は、ままならなくなって会社を畳んだ彼に、母親は一緒に住むように促した。父親に恥を晒したくない。とそれを拒み、独り暮らしと仕送りを続けられるだけの給料が支払われ、また体への負担が極力少ない仕事を探した彼に、ハローワークの担当職員は、タクシー運転手の仕事を勧めた。もっと資格が生かせる職業はないか。と尋ねる彼に、担当職員は首を横に振って見せた。タクシー運転手として働き始めた彼に、勤務先の会社はノルマを課した。ノルマを超える為に自分の生活費を次ぎ込むこともあった彼に、医者がドクターストップをかけた。勤務時間を減らした結果、借金をしなければ仕送りはおろか生活費する賄えなくなった彼に、母親が、父親が認知症にかかって、介護をしている。という旨の連絡を寄越した。しばらくして実家に顔を出した彼に、父親は以前とは全く異なる、安らかな表情を見せた。そして、可愛い子だね。と彼の頭を撫でた。母親は、呆けると人としての本質が出るって言うから、やっとお父さんは素直になれたんだね。と微笑んで見せた。自分の胸に空洞を覚え、自殺をする気力すら失って、借金を重ねながら漫然と働く彼に、カーラジオが偶然、例の曲を聞かせた。それによって人生を振り返り、自分がこれまでずっと他者の評価だけを便に生きて来たことを知った彼に、自分をここに運んで来た全ての人物の顔が順を追って浮かんで来た。金融会社の人間、ハローワークの職員、内科医の先生、裏切った部下達、手を切った取引先、振った彼女、独立を誘った上司、精神科の医師、常駐先の社員、その同僚、バイト先の店長、店員達、投稿サイトの人間達、ワークショップの主催者、参加者、音楽会社の人間達、サークルのメンバー達、高校の先生、クラスメイト、塾の先生、中学の先生、クラスメイト、小学校の先生、クラスメイト、母親、父親、そして何より、自分が求める評価をしなかった世間の人間達・・・。自分は沢山の人々の手から手へ転がされながら生きて来た。運ばれる自分の姿は、自我を持たない胎児のままだった。何より、自分を運ぶ人々には、運んでいる自覚がほとんどなかった。自分の本質について考える彼に、カーラジオは、自分を好きでいる為なら、世界中の人に嫌われたって構わない。という例の言葉を聞かせた。その言葉に従って生きて来たが、結局自分は世界中の人に好かれる為に、自分を諦め続けていた。という自身の本質に気が付いた彼の目の前に、自分を諦めさせた多くの他者の姿があった。
 彼はアクセルを強く踏んだ。それは彼にとって初めての本当の意味で主体的な行為だった。

加害者のクレジット

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  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-05-28

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