ハイエデン 倫理の盾 1-5

いも陽花

  1. 夕方
  2. レストランにて

夕方

「……ん?」


 一日が終わり、クリスは夕食を取ろうとしていた。寮の食堂で食べてもよかったのだが、なんとなく友人と待ち合わせをし、外で食べることにした。
 食堂では先輩方と鉢合わせするかもしれない、それはクリスとしては別によかったのだが、倫理警察署と同じ区に家があるからという理由で実家から通う友人とは、外で食べるべきだと思ったのだ。家が近いという辺りは、羨ましいかもとクリスは少しだけ感じた。


 待ち合わせの時間まで早く来てしまった。春とはいえ未だ肌寒い風が吹く夜の街の中、クリスは風で唇に貼り付いた髪の毛を取った。と、目の前の地面にキラリと光る何かが見えた。


「……? あ、ピアス……いや、イヤリングか」


 そう、落ちていたのはイヤリングだった。金色の金具に青い宝石が控えめについている、シンプルな物。なかなか質の良い物であることはクリスにも分かった。ただ一つ欠点があるとすれば、片耳分しか無いということだ。これでは不完全だ。


「すみません!」


 と、クリスは後ろから声をかけられた。振り替えると、女性が焦った顔をして立っていた。金髪をゆるく巻いた整った顔の女性だ。 
 なかなかに可愛らしいが、整いすぎて人形のようだ、とクリスは感じた。どこかのモデルか何かだろうか。とも。


「この辺でイヤリング見ませんでしたか?落としちゃって……」
「あ、これですか?」


 イヤリングを見せると、女性の表情がぱあと輝いた。


「そう! それです! ああよかった……」
「こちらこそ見つかってよかったです。はい、どうぞ」
「本当にありがとうございます。大切な人からのプレゼントで……落とした時はどうしようかと」


 イヤリングをつけ直す女性から目を離し、地面を見る。もしかしたら気づかない誰かに踏みつけられていたかもしれないと、むしろそっちの可能性の方が高かったと感じる。だったらなおさら、自分が拾えて良かったとクリスは感じた。


「次からはお気をつけてくださいね」
「はい! えへへ、本当にありがとうございます」


 美人だ。


「それでは、人を待たせてるのでここで……あっ、お礼をさせてください。連絡先交換しませんか?」
「そんな大げさな。良いんですか?」
「はい、今度食事でも」


 美人にそう言われるのは悪い気はしなかった。しかし人を待たせているということは恋人か何かでもいるのだろうか。相手がいる人と食事をするのは何だか罪深いような、そんな気がしながらもクリスは携帯端末を取り出した。


「……はい。これで完了ですね」
「はい! ぜひ誘わせてください、えーっと」
「クリスです。クリス・ローラン」
「クリスさん。では、また!」


 女性はぱたぱたと走っていった。走っていった先には男性がおり、仲睦まじげに歩いて去っていった。
 なんだ、やっぱりそういう人がいるんじゃないか。と、クリスは端末を見る。そういえば名前を聞きそびれてしまった。
 新しく追加された連絡先には、『ロビア』と書いてあった。


「おーい! 待った?」


 カツカツという靴の音とシュルシュルという足音が聞こえた。
 音の方を見れば、茶髪の男が耳を動かし、金髪の女が手を振っている。


「全然! 今さっき来たところ!」


 手を振る男女……親友たち、チノ・ヒューレーとエリュシャ・ヤノの元へ、クリスも走っていった。

レストランにて

 やや摂取カロリーをオーバー気味だが、今日くらい大丈夫だろう。実家にいたらユリコに指摘されていたかもしれない。口うるさいアンドロイドのことを思うと、寮生活で良かった。
 クリスはそう思いながら、パスタを口に運んだ。


「ふーん、良いことしたじゃない」


 エリュシャはジュースを飲みながら言う。ちなみに彼女はとっくに完食していた。


「でも恋人持ちだったよ?ダメだなぁそれじゃ」
「いや既婚者かもしれないわよ」
「お前らきょうだいかもしれないとかそういう希望は持たないのな?」


 クリスと同じメニューを食べながら、チノは二人につっこむ。


「あるかなぁ希望」
「あるかもしれないだろ。今回の事件が終わったら連絡取ってみろよ、良い方向に行くかもしれないし」
「だと良いんだけどさ」
「だと良いんだけどさ~、じゃないわよ。どうするのそれでクリスに恋人ができたら」


 エリュシャが音を立ててジュースを飲みきる。そして氷の入ったコップの中身をストローでからからと回した。


「恋人と私たちどっちが大事なの!ってことになるわよ。少なくとも私は」
「あー」
「恋人優先しすぎて私たちのこと放置したら、私カチコミに行くからね。構えよーって」


 笑っているのか笑っていないのか、よく分からない表情のエリュシャとうんうんと頷くチノに、クリスは慌てて返す。


「待って待って、恋人できる前提で進めないで」
「できるかもしれないだろ?告白されて、あーいいですよーって何となくで付き合う感じで」
「チノお前私のことをなんだと……」


 いつの間にかパスタは最後の一口になっていた。早々に口に入れ、咀嚼し飲み込む。


「今は仕事の方が大事なの。初っぱなから大変そうなんだから」
「そうなの?私部署違うからわからないや」
「俺のチームはクリスのとこのサポートに回るから行くぞ。まあ先輩の背中見ていれば終わるだろ」


 細かい話はここではできないからと、ぼかした表現で話す。確かにヴォルコフたち先輩の背中を見ていればすぐ終わるかもしれないが、それでもある程度の活躍はしたいのがクリスの気持ちであった。


「そうかもしれないけどさ、でも役には立ちたいじゃない」
「ああ、そのロビアさんに良いとこ報告するために?」
「違っ!一般人に任務のこと話しちゃいけません!」
「はは、冗談だよ」


 チノも笑ってパスタを食べ終わる。手を合わせたところに、育ちの良さが見えた。


「二人とも頑張ってね。私応援してるわ」
「おう」
「ありがとうエリュシャ、怪我しないようにするよ」
「……絶対する……フラグって言うのよね、こういうの」
「しない!フラグじゃない!」


 冗談を言い合い、笑って食事会を終える。あとはとりとめのない話をしながら帰るだけだ。エリュシャとはバス停で別れ、チノとは帰る先は一緒だった。


「ねえチノ」
「なんだよ」
「私がんばるよ、初仕事」
「おうおう、俺も頑張る」


 拳を差し出せば、拳で返してくる。初めての任務に若干の不安があることは事実だ。


 けれどそれ以上に、クリスはやる気で高揚していた。

ハイエデン 倫理の盾 1-5

ハイエデン 倫理の盾 1-5

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