ハチナナロゴス 試し読み
ムゲンダイバリエーション!
赤色でも橙色でもないクレヨンの色を「はだいろ」と習った世代だけれど今はペールオレンジと呼ぶのだと知って、良いことだな、と思いました。
そんなこんなで色の名前の話です。
色の呼び名(色彩語彙)の中には、由来が分かっているものもあれば、推測の域を出ないものもあるそうです。そりゃそうか。
「赤はなんで赤っていうの?」と訊かれても「赤は……赤だから……」と答えてしまいます。基礎的な語彙は由来が曖昧なのだとか。
たとえば犬をどうして犬と呼ぶのか、確かに分かりません。あの生き物を「てぽ」と呼んでも良いはずなのになぜか日本語の共通語では「いぬ」。このあたりはソシュールの言語論にぶつかりそうです。これはこれで面白いけれど、またの機会に。
五十音の一つ一つに意味を持たせて「名前にこの字を持っている子はこういう性格になるだろう」と占う姓名判断もありますが、漢字はともかくひらがなはどうなのかな、と思わなくもないです。占いというシステム自体は好きなのに穿った見方をしてしまう。
漢字は表意文字、ひらがなやカタカナは表音文字と呼ぶように、かな・カナは基本的に意味を持たない表記法です。それでも一定の印象を持ってしまうのは、形が与える意味の強さだな、と思います。人間は「小さくて丸いものはかわいいもの」と認識するという研究の結果もあるとかないとか聞いたことがあります。
姓名判断の結果も大事だけれど、お名前は、呼びやすさと読みやすさ、それから一応、社会通念に則ったものであること、が揃っていれば良いのかなと思います。後々良い思いをするのも嫌な思いをするのも、付けた親ではなく付けられた子供だと思うので。
話がそれました。
色彩語彙の話です。
「色」の中にはまず基本として、赤、青、黄、白、黒があると考えます。五行の色です。
で。この色それぞれに応じたことばがあるのが不思議だなぁと思いました。
赤は「あからむ」、青は「あおざめる」、黄色は「きばむ」、白は「しらける」、黒は「くろずむ」を挙げることができるでしょうか。
それぞれの色名と接尾辞がぴったりくっついて、一つの語として成り立っているように思えます。
一つずつ見つめてみると面白かったです。
① 赤
「あからむ」は「顔が赤らむ」のように、赤くなるさまを表しています。
ですが同じ音で「明らむ」もある。これは空が明るくなるさまを表しているので、実際に朝焼けが赤いかどうかはともかく、同じようなニュアンスを含んでいると見做せば互いに影響を受けているのかな、と思います。
それか、「あか・らむ」ではなくて、「あか・ら・む」である可能性も?
というのも「らむ」という接尾辞が他に付く語をなかなか探せないためです。
古典語の助詞には推量をあらわす「らむ」がありますが、意味の面で違うな? と思います。一方、「む」だけであれば「白」の「しら・む」などにも適用できる。できるのですが、こちらもこちらで、じゃあ真ん中の「ら」は? という話になります。ぐるぐるしている。何なんだろう。
② 青
「青ざめる」のは顔だけなんですね。他のモノが青くなるときは「青くなる」を使う気がします。「青ざめる」が表現したいのはあくまでも気持ちの状態であって、その状態……感情が現れるのは主に顔、です。だから手足が青ざめることはないということかしら。
使用の場が限定されているのは色彩語彙の持つ特殊性のひとつ……と言いたいところですが、ビビリなのであまり適当なことを言うのはやめておきます。
「さめる」にどんな漢字をあてるのが一番しっくりくるか、というのは、「冷める・覚める・醒める・褪める」の中であれば、鮮やかな色が薄くなるさまをあらわす「褪める」かなぁ、という気がします。すうっと色や温度が引いていく感じ。色「褪せる」、です。
③ 黄
「黄ばむ」はマイナスなイメージがつきまとうことばという印象があります。
「ばむ」がつくことばには、他にも「気色ばむ」「汗ばむ」等があります。なので「ばむ」は、そうしたようすを表す語をつくるパーツだと推測できます。
「黄ばむ」が表す色の変化は、変化は変化でも不快な変化なのでしょう。黄色は色として弱いですよね、たぶん。絵の具の赤や青と混ぜるとだいだい色や緑色になる。黄色はあくまでも変化させる側であって、変化する側ではないと思ってしまいます。
何が黄色に変化するかといえば、黄色より薄い色のもの、すなわち「白」しかないような気もします。そして白いものと言ったらタオルとかシャツとか、できれば白いままであってほしいものばかり。そりゃあマイナスイメージにもなるか。
④ 白
これが一番よく分からない色だと思っています。
「白ける」は興がさめるだとか夢中になれなくなるだとか、抽象的な意味も持ちながら、白くなるという基本的な意味も一応持っています。前者の方が使用頻度は多い印象です。
また他に「白む」という言い方もある。空が明るくなるようすのことです。これは抽象的な意味は持っておらず、「白への変化」だけをあらわすと考えられます。
とすると、「白ける」が持っていた「白への変化」の意味が「白む」に移り、「白ける」は主に抽象的な意味を表すようになった、と考えることもできるかもしれません。
「白む」と「白ける」の出現時期の関係とか意味上の関わり合いとか、そのあたりも詰めて考えられそうです。ここでは想像にとどめておきます。
結局こういう話になる。語ごとの変遷を追うのは楽しいです。
⑤ 黒
「黒ずむ」もマイナスな印象があることばです。
汚れる感じがする。というか実際汚れている。生きているものも生きていないものも黒ずみますよね。皮膚とか布とか。
「ずむ」が他の語についている例は見当たりません。もしくは気付いていないだけで他にもあるけれどそう多くはない。
「青」でも述べたように、使用の場面が限定されるのは色彩語彙に共通する特徴だと思うのですが、「黒ずむ」は「なずむ」の仲間というか、どこかでつながっている語ではないかな、と勘で思っています。勘で。
「なずむ」は「泥む・滞む」で、妨げて進まない、滞る、という意味です。
黒い色素が沈着している状態を「黒ずむ」と呼びます。これは、黒色が「とどまっている」様子とも言い表せるのではないでしょうか。「くろ・なずむ」が、時代の流れとともに「くろずむ」に変化していったのかなぁ、と憶測を述べておきます。
または初めから「くろ・ずむ」だとすれば、「ずむ」の部分にどの漢字を当てはめるか考えるのも楽しいです。澄む(清む)が第一候補かなぁ。それとも「済む」でしょうか。黒は他の色で打ち消すのが難しい色なので(ここも絵の具を想像してみてください)、黒になったらそれでおしまい、済んだこと……など、こじつけだけれどこっちも有りかも。
「黒」という語自体の歴史が古いと思われるので、「黒ずむ」を調べるとなると、今とは異なる感じ表記のものも含めて……と、かなり大変な気もします。やっていないから分からないけれど。
やってから言おうね。そうですね。
五つ全部挙げて満足したので、冒頭に戻ります。
今、売っている絵の具やクレヨンはオーソドックスな十二色のものもあれば、それ以上の色が含まれているものもあります。たとえば桃色、水色、レモン色、黄土色。
これらはそのモノから採った名前だろうと想像できます。桃。水。レモン。黄土。
桃色、が英語の「peach」ではなく「pink」に対応しているのは、色彩感覚の違いというか認識の差異というか、なるほど面白いなぁ、と思います。ピンク色は「ピンク色」で日本語に落ち着いてしまった、と。言いやすさもあるのかな。
また、水色も「スカイブルー」とはあまり言わないですよね。あんまり。青を薄めて透明度を増した色が水を表現する色なのはなぜなのかと考えると、それはそれで疑問です。水は透明? じゃあ透明を二次元の絵で表現するのは難しいから、薄い色を付けるとしたら……やっぱり薄い青かも。水色を水色と言い始めた人は誰だろう。訳語?
さらに、色の名前はそのまま形容詞にもなります。「赤い」「黄色い」など。
くだけた言い方では「ピンクい」「黄みどりい」とも言うけれど、違和感がないわけではない。その理由って?「~い」が普通っぽく聞こえる色と、そうでない色の違いは?
ここもまた、考えれば考えるほど沼の予感。
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