【鯉月】一蓮托生

しずよ

二次創作(腐)につきご注意ください。
「今日のふたりを見てみよう」というお題メーカーで5/5に出たお題に沿ったお話です。
突然ペットを飼いたいと言う鯉登くんと、それに戸惑う月島さんのお話。別れの危機です。
Twitterとpixivに投稿したものに、加筆修正しています。

 ピンポーン、とインターホンがなる。マンションのエントランスからの呼び出し音だ。
慌てて鯉登がモニター越しに応じると「○○運輸です」と、宅配業者の声が聞こえた。鯉登はエントランスのドアロックを解除するボタンを押す。
「何か注文してました?」
 月島が尋ねる。
「ああ」
 鯉登の顔は浮かれているような、視線をさまよわせているような、落ち着きの無さである。何か変だな。月島は思う。
 再びピンポーンと玄関のチャイムがなった。鯉登が受け取りに出る。そしてリビングのドアを開けて入ってきたのは、さながら引っ越し用のような大きなダンボールだった。
「……え、何ですかこれ」
 月島がいぶかしむと、鯉登は気まずそうに一瞬だけ視線をそらす。
「あの、月島。落ち着いて聞いてくれ」
「いや私は冷静ですよ。そわそわしているのはあなたの方です」
「わ、私も冷静だ!」
「……そうですか。それで?」
 月島がうながすと、さっきの勢いから一転してもじもじし始めた。なんだこれは。月島は渋い顔で鯉登を見る。一分経過。鯉登は意を決した様子で口を開く。
「……ペットを飼いたいのだが」
「え?」
「実家で飼っていた犬が、今年で六歳になるのだ。人間だと中年だ。だから可能な限り、今後は面倒を見てやりたい」
 聞けば、鯉登がねだって高校生の時から飼い始めた犬だと言う。月島と同棲するようになって実家に置いてきたから、どうしても心残りだったのだと明かす。
「あの、犬って何犬ですか?」
「シュナウザーだ。月島のようにかわいいぞ」
「……うざ……?」
「妙な切り取り方をするな。いいだろう? 月島」
「……」
「……まさか、駄目なのか?」
「いや、そういうことではなくてですね……」
 今の自分の複雑な気持ちを、まず何から話せばいいのか。月島は気持ちを整理しつつ、まずこの大きなダンボールの中身は何かと尋ねた。
「ペット用ケージだ」
「ケージ」
「要するに檻だ。それとフードと水入れのトレイと、クッションとボール、くし、爪切りとペットフードだな」
 ケージを組み立てたら、ソファーを処分しなければ置けないんじゃないか。そのくらいには大きい。荷物の量にも驚かされるが、それも含めて事前に相談してくれたらよかったのではないか。月島が表情をなくすのとは対照的に、鯉登は次第に険しくなっていく。
「何も言わないのはなぜだ。やはり嫌なのか」
「……あのですね、」
 月島は戸惑っていた。最終的に飼うとしても、考える時間が少しはほしい。何しろ月島はペットを飼ったことがないのだ。オレに世話ができるんだろうか? 懐いてくれるんだろうか? と、不安ばかりが先に立ってしょうがない。案ずるより産むが易し、の言葉は月島の辞書にはないのである。
 それにもうひとつ、懸念があった。が、それを口にするのも憚られた。
「……分かった。月島がこんなに冷たい男だとは思わなかった」
「……」
 月島は黙りこくる。
「何の言い分もないのか。生き物に対する愛情はないのだな。……優しい男だと思っていたのは私の勘違いか。今後の生活のことも含めて、考え直さねばならんな」
 今後の生活のこと、とはどういう意味だ。聞き捨てならない台詞に思わず反応する。
「ペットを飼えない相手とは一緒に暮らせない、という意味ですか」
「……それだけではない」
「そうですか。一緒に暮らすのに向いてない、ということに早めに気づいて良かったのかも知れません」
 月島が静かに告げると、鯉登は目を大きく見開いた。それからうつむいて悔しげに口を引き結んだ。何も言わずに部屋を飛び出した。
 月島は小さくため息をつく。冷たいと言われればそうだろう。しかし、それは至極冷静な判断だと思えるのだ。それが結果的に鯉登のためにもなる。別々の家に住み、お互い都合のいいときだけ会うのなら、多少の食い違いがあっても関係を続けられるだろう。が、生活となると別の話だ。
 月島は目を背けていた過去を思い出す。実の親であっても、うまくいかない家族はあるのに。ましてや鯉登と月島は何もかも違う他人なのだから、これまで問題が生じなかったのが、むしろ奇跡だったのだ。
 しょうがない。
 できるだけ平常心でいようとして、風呂掃除をしたり洗濯物をたたもうと思った。やることはある。でも体が重くて、何もする気になれない。ソファーに座ってぼんやりする。ふと気が付けば、二時間経っていた。鯉登は帰ってこない。夕飯はどうするんだろう。でも自分が心配しなくても、鯉登だとて大人なのだから、ひとりで食事くらい何とかするだろう。急に体中の力が抜けた気がした。
 月島は寝室でベッドに寝転んだ。日は沈み室内は真っ暗だ。このまま眠ってしまってもいいな。うとうとしていたら、ベッドサイドのテーブルの上にあるスマホの音が鳴る。すぐに手に取りメッセージを確かめる。
 送り主は江渡貝だった。
『月島さん! ねこが帰ってきました。痩せているけど怪我はありません。念のために明日は動物病院へ連れていきます』
「ああ……、良かった……」
 江渡貝の家の猫が、数日前から行方不明だと連絡をもらっていた。しかし、時節柄捜索してほしいと知り合いに頼むこともできない、と泣いていた。それで動揺する江渡貝に、月島はサッと調べてこうアドバイスした。保健所と警察署と動物管理センターへ届けを出すこと。動物病院やスーパーに『探しています』の張り紙をお願いすること。
 清掃事務所へは月島が問い合わせをした。が、今のところ該当する猫の事故はないとのことで、無事に見つかることを祈っていた日々だった。
 どんなに嬉しかっただろう。江渡貝の気持ちを思うと、月島はもらい泣きをしてしまいそうになる。誰も見ていないのに、歯を食いしばる。
――カチャ、と寝室のドアが開いた。
「つ、つきしま」
 鯉登がいつの間に帰ってきていたようだった。全然気づかなかった。月島は動揺する。目尻を隠すようにして急いで手の甲でぬぐう。鯉登は持っていた袋を放り、慌てた様子で近寄った。そして月島を抱きしめた。
「勝手なことをして済まなかった。事後報告でも月島なら許してくれると思ったんだ。でも、そういうのは甘えだと、兄さぁに叱られてしまった」
「あの……、私も言葉が足りない上に、冷たいことを言ってしまって済みませんでした」
「いいんだ。泣かないでくれ」
「……あ、これは、その……」
 月島は気まずいながらも、泣いていた原因を話す。月島が悲しんでいたのは自分のせいだと鯉登は焦ったのに、それは勘違いだったと知って脱力した。
「でも知り合いの猫が見つかってもらい泣きするなんて、月島はやっぱり私の見込み通り、優しい男だ」
 鯉登は再びぎゅうぎゅうと抱きつく。
「あー、優しいというよりも……。突然いなくなったり死んでしまったら、その時に自分は立ち直れるのか、と……」
 言いづらかった不安の種を、すべて鯉登に話す。月島はどうしても先の先まで考えてしまう。ずっとこうして生きてきたから、変わりようがない部分だ。
「私もペットの死に慣れている訳ではない。でもそれは、自分ひとりで耐えなければならない訳じゃないんだ、月島」
 それから晩ご飯の後にアイスをふたりで食べた。鯉登が仲直りの口実にしようと思って買ってきた物だった。一緒に暮らすまではあまり食べなかったものだ。だから月島は、アイスの甘さをまるで鯉登の気持ちのようだと思うようになった。
 どこかの詩人の言うように、悲しみが半分になるのかどうか、月島にはまだ分からない。それでも鯉登がそう言うのなら、まったくのでたらめではないのだろう、と月島は頬をゆるめた。
〈了〉

【鯉月】一蓮托生

【鯉月】一蓮托生

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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