野党議員のお仕事

きりん後

野党議員のお仕事

 野党議員の男は、自分の事務所において、内閣が発表した今年度の予算案を閲覧していた。そしてそこに不可解な点を無理やりにでも見つけ出そうとしていた。

 その努力の甲斐あって、彼は幾つかの意見が可能な箇所を発見した。そしてそれらを頭の中でまとめると、受話器を取り、登録済みの電話番号にかけた。すると直ぐに機械的な声が返って来た。

「お電話有難う御座います。こちらは内閣お問合せセンターです」

 「野党の方々にわざわざご足労いただかなくてもいいように」と開設された、内閣への問い合わせ用の窓口の機械的な声はそう言うと、更に続けた。

「内閣府に関するお問い合わせはダイアルの1を。復興庁に関するお問い合わせは2を。総務省に関するお問い合わせは3を、法務省に関するお問い合わせは4を。外務省に関するお問い合わせは5を。財務省に関するお問い合わせは6を。文部科学省に関するお問い合わせは7を。厚生労働省に関するお問い合わせは8を。農林水産省に関するお問い合わせは9を。経済産業省に関するお問い合わせは10を。国土交通省に関するお問い合わせは11を。環境省に関するお問い合わせは12を。防衛省に関するお問い合わせは・・・」

 野党議員の男がダイヤルの12を押すと、機械的な声は言いかけた台詞を切り、間を置かずにまた話し始めた。

「公害対策会議へのお問い合わせはダイヤルの1を。原子力規制委員会へのお問い合わせは2を。その他へのお問い合わせは3を。もう一度聞く場合は♯を押してください」

 野党議員の男は1を押した。

「只今担当の者とお繋ぎ致します。少々お待ちください」

 機械的な声はそう言うと、花畑を連想させるような保留音が流れ出した。野党議員の男がそのまま待機していると、しばらくして声がしたので、

「内閣発表の・・・」

 と話し出すと、

「大変申し訳御座いません。只今電話口が非常に混み合っております。再度おかけ直しいただくか、もうしばらくこのままお待ちください」

 と機械的な声がしたので、彼はそのまま呑気な音楽をイライラとしながら聞き続けなくてはならなかった。

「大変お待たせいたしました。私、公害対策会議お問い合わせ窓口担当の酒井と申します」

 ようやく繋がった女性のテレアポの声がした。野党議員の男は言った。

「内閣発表の予算案に関して申したいことが御座います」

「かしこまりました。お話しください」

 淡々とした声が返って来ると、彼は意見を述べた。

「今年度の予算案に関してですが、太陽光、地熱、風力等の自然エネルギー発電に割く予算が多すぎるのではないですか?確かに各国からは再三、石炭の消費量を減らすようにと注意が来ており、国際社会における体裁を整える為にこのような予算案になることは頷けますが、この国の潜在的な自然エネルギーには限界があります。それは地理の大きさに比べて人口が多く、自然エネルギーを活用する発電をするのには良い環境とは言えないからです。ここは現実的に考えて、国民に省エネを訴えつつ、既存の火力、原子力発電を徐々に減らし、国際社会に石炭の消費量の削減をアピールするのが良いと思われます。以上です」

 野党議員の男に耳には、受話器の向こうからの、こちらの言った内容を記録する為、テレアポがキーボードを打つ音が聞こえて来ていた。少しして、女性は言った。

「ご意見有難う御座います。そちらに関しては只今確認中で御座います。担当は酒井がお受け致しました。お電話、有難う御座いました」

 そこで通話は途切れ、また機械的な声がした。

「こちらは内閣お問い合わせセンターです。内閣府に関するお問い合わせはダイアルの1を。復興庁に関するお問い合わせは2を。総務省に関するお問い合わせは3を、法務省に関するお問い合わせは4を。外務省に関するお問い合わせは5を。財務省に関するお問い合わせは6を。文部科学省に関するお問い合わせは7を。厚生労働省に関するお問い合わせは・・・」

 野党議員の男は7を押した。

「日本学士院に関するお問い合わせは1を。地震調査研究推進本部に関するお問い合わせは2を。日本ユネスコ国内委員会に関するお問い合わせは3を。スポーツ庁に関するお問い合わせは4を。文化庁に関するお問い合わせの方は5を。その他に関するお問い合わせは6を押してください。もう一度聞く場合は・・・」

 彼は疲れを感じつつも、6を押した。

「只今担当の者とお繋ぎ致します。少々お待ちください」

 また保留音がした。そして今度は少しして担当の女性が電話に出た。

「お電話有り難う御座います。担当の関井がお受け致します」

「内閣発表の予算案に関して申したいことがあります」

「かしこまりました。お話しください」

「予算案において、再度起こった『教師苛め』の問題を受けて、内閣は教員の教育に多くの予算を割く予定だと発表していますが、本当に教員への教育によって教師苛めがなくなるのか、私は疑問を呈したい。確かに一見するとこの方針が教師苛めの問題に関する根本的な解決方法であるような気がします。しかしながら同時に、第三者による教育機関への内部調査にも予算を割くべきではないでしょうか?性悪説を唱えることとなりますが、私は年齢、立場関係なく『苛めをする人間は苛めをする』と思うのです。そしてそのような性質の人間は例え道徳的な教育を施したとしても変わらないと考えます。ですので、教員への教育だけでなく、第三者が教育の現場で教師苛めが起こっていないか、調査に伺うべきです。またそもそも、この方針が対教員だけに過ぎないことにも納得がいきません。確かに日頃から生徒に『苛めをするな』と教えるべき立場の教員が苛めをしたというこの問題はセンセーショナルであり、問題が起きる度に世間から大きく取り上げられます。しかし苛めは教育機関に関わらずどこでも起きてはいけないものです。政府には国民へのアピールだけに躍起にならずに、もっと広い視野で事に当たっていただきたい。以上です」

 そこまで言い終わると、彼はまたテレアポが記録する為の時間を作った。

「ご意見有難う御座います。そちらに関しては只今確認中で御座います。担当は関井がお受け致しました。お電話、有難う御座いました」

 その返答を最後にまた通話は途切れ、野党議員の男はまた窓口の初めに戻された。

「こちらは内閣お問い合わせセンターです。内閣府に関するお問い合わせはダイアルの1を。復興庁に関するお問い合わせは・・・」

 野党議員の男は溜息を漏らしながら、最後の意見を言う為に1を押した。

「地方創生推進事務局に関するお問い合わせは1を。知的財産戦略推進事務局に関するお問い合わせは2を。宇宙開発戦略推進事務局に関するお問い合わせは3を。北方対策本部に関するお問い合わせは4を。子ども・子育て本部に関するお問い合わせは5を。総合海洋政策推進事務局に関するお問い合わせは6を。金融危機対応会議に関するお問い合わせは7を。民間資金等活用事業推進会議に関するお問い合わせは8を。子ども・若者育成支援推進本部に関するお問い合わせは9を。少子化社会対策会議に関するお問い合わせは10を。高齢社会対策会議に関するお問い合わせは11を。中央交通安全対策会議に関するお問い合わせは12を。犯罪被害者等施策推進会議に関するお問い合わせは13を。子どもの貧困対策会議に関するお問い合わせは14を。消費者制作会議に関するお問い合わせは15を。国際平和協力本部に関するお問い合わせは16を。日本学術会議に関するお問い合わせは17を。官民人材交流センターに関するお問い合わせは18を。原子力立地会議に関するお問い合わせは19を。宮内庁に関するお問い合わせは20を。公正取引委員会に関するお問い合わせは21を。国家公安委員会に関するお問い合わせは22を。個人情報保護委員会に関するお問い合わせは23を。金融庁に関するお問い合わせは24を。消費者庁に関する・・・」

 憂鬱な気分になりながらも、野党議員の男は24を押した。

「只今担当の者とお繋ぎ致します。少々お待ちください」

 保留音を貧乏ゆすりしながら聞いていると、声がしたので彼は置いていた受話器を取った。

「内閣発表の・・・」

「大変申し訳御座いません。只今電話口が非常に混み合っております。再度おかけ直しいただくか、もうしばらくこのままお待ちください」

 それから数分経って、ようやく担当の女性が電話に出た。

「お電話有り難う御座います。担当の曽井がお受け致します」

「内閣発表の予算案に関して申したいことがあります」

「かしこまりました。お話しください」

「国民の血税が不正な支出に使われているという問題についてです。これに関して私は声を大にして訴えたい。議員の個人的な支出、買い物や旅行、または貯蓄等、内閣の帳簿にある不可解な点は枚挙に暇がありません。いいですか?国民はあなたたちの『お遊び』の為に税金を払っているわけではないのです。内閣の議員の方々には国を背負う者として、国民の代表としてのしっかりとした勤めを果たしていただきたい。もしも内閣にその義務に対する誠意が残されているのならば、またこれまでの汚職での国民への詫びの気持ちが少しでもあるのなら、あなたがたの給料そのものを削減することも大いに考慮していただきたい。以上です」

 その受話器からまたしばらくキーボードを打つ音が聞こえ、テレアポのこのような常套句で会話は締めくくられた。

「ご意見有難う御座います。そちらに関してですが、記憶に御座いません。担当は曽井がお受け致しました。お電話、有難う御座いました」

 通話が切れたので、野党議員の男は受話器を置いた。どの省庁に問い合わせても、相手から返って来たのは非常におざなりな台詞だったが、彼はそれに対して怒りを全く覚えていなかった。寧ろ一仕事を終えた開放感が彼には溢れていた。彼は大きく伸びをした。

 野党議員の男がこのような気持になっている原因は、彼の先輩議員からの教えだった。先輩議員によると、野党議員とは、与党へのクレーマーのことであり、訴えた内容が政治に反映されるかどうかに関わらず、クレームを言い終えれば高い給料が入る簡単な仕事だということだった。

 野党議員の男は座ったまま皮の椅子を窓側に向け、眼下に広がる小さな建物達を眺めながら、自分に与党の席が回って来ていない今の状況が、ずっと続くことを願っていた。

野党議員のお仕事

野党議員のお仕事

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-05-25

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