季節の花

西木眼鏡


 花の色は散りえども、春が過ぎれば夏が来る。
 今回の春は三年間続いた。
 私は春の間に集めた花の色のサンプルを眺めて、これから訪れるだろう秋と冬に備えてどう花の色を再現しようか思案していた。
「傾向から言って、春が三年間であったから秋も三年間、冬は五年間あたりだろうか。予報によれば夏はおそらく四年間。その間に研究を仕上げなければ」
 秋冬になれば辺りの彩は消え、落ち葉と雪の季節が来る。鮮やかさを忘れた人々の心はどんよりとしてしまうに違いない。人々が心に彩が保たれるように私は<季節の花>を完成させなければならない。
 現在開発中の<季節の花>は、人々が花を見ることができない秋冬に花を観賞できるようにする目的で研究されている。
 私が生まれたのは二回前の春。サクラ、菜の花、初夏の新緑に迎えられながらこの世に生を受けた。一度目の夏は暑い夏が三年間続いた。その後、秋は四年間、冬は五年間も続いた。特に冬になるとどういうわけか景気が悪くなり、離職率が上がり、地方への旅行が減り、個人消費さえ冷え込む。最近の研究では、春夏の長さに比べ秋冬の長さが倍以上になるという研究結果も出ており、冬が来るたびに未曾有の大不況に襲われることになるかもしれない。
 そこで私が考えた<季節の花>は人々の心を勇気づけ、長い冬を耐え忍び、不況による心の余裕の低下を上昇に転じさせる効果が期待される。視覚効果によって社会生活を安定させるのだ。
「<季節の花>を街中に配置することができれば、秋も冬も街中が鮮やかになる。そうすれば、みんなが街を出歩きたくなるはずさ」
 私は決して広くはない研究室でひとりごとを言った。
 <季節の花>のデバイスは大方完成している。サクラのような五枚の花弁に好みの花の色を投影することができる。ひとつひとつは三センチくらいの小さなデバイスだが、それを何千、何万と密集させて運用することでそこにサクラの木を再現することもできる。つまり、春を演出するのだ。もちろん、デバイスには葉の形をした物も作ることが可能で初夏の新緑を再現することができる。
 最終関門ともいえる最後の課題は色の再現だ。サクラは薄ピンクではなく、サクラには正確なサクラの色が存在する。同じく、菜の花にも新緑の葉にも、その他の花にもそれぞれだけの色があるのだ。
 今は丁度、私はその色を正確に再現する最後のプログラムを組んでいるところだ。
 冬が長くなればなるほど、人々は花の色を忘れてしまう。そうなる前に私は過去に撮り溜めした花の色のサンプルをかき集めて最後の作業をしている。それぞれの種類の花、ひとつごとに色を繰り返し学習させ、視覚的に違和感のない質感の色を作り出す。
 <季節の花>デバイスの中にさらに小さなナノマシンを充填して、それらを発光させることで色を花の色を再現させるのだ。 
 
 そして、予報通りなら秋が一年前に迫った三年目の夏、ついに私はひとつのサクラの花のサンプルを作ることに成功した。
 ある程度の時期が来たら自動的に花びらが一枚ずる落ちるように設計されている。もちろんデバイスやナノマシンは土の中にいる微生物に分解されるように作っている。
「まるで本物じゃないか」
 私はぽつりと呟いた。
 花の色は散りえども、<季節の花>は咲き誇る。

季節の花

季節の花

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-05-23

CC BY-NC-ND
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