言の葉のせて

マル

テーマは「花言葉」です。

 私がその準備を終えると寝室の時計は十一時を回っていました。冬の乾燥した空気とは反対に生ぬるい疲労が体にまとわりついてきます。静まりかえった室内に静寂を嫌っているかのように時を告げる音とあなたの寝言が交互に聞こえてきます。あなたは完全に寝てしまったようですね。少しお話ししたかったので薬の量を減らしたのですが残念です。お疲れなんですね。私はベッドで寝ている夫の横に座りました。少しだけ聞いてくれる。もちろん返事がくるはずはありません。私は夫から寝室の窓際に置かれている白いチューリップに視線を移し二度と答えることのない話し相手に向けて外で降り始めた雪のようにポツポツと語ることにしました。
 三年前の今日、私は幸せの絶頂にいました。付き合って一年が経つ頃、朝からあなたと遊園地に行った日ですね。流石に覚えているでしょう。今までは少し頼りなかったあなたがこの日は朝から手を繋いで完璧にエスコートしてくれてましたね。色々わかっていましたよ。冬なのに少し湿った手のあなた、時々こっそりカバンの中からメモを取り出して私にばれないように見ていたあなた。すごく可愛かったです。母の誕生日に小さい息子が頑張ってサプライズをしようとしていることを知ってしまった母の気持ちになったのを覚えています。あっという間に楽しい時間は終わりましたがメインはその後でしたね。遊園地を出て夜ご飯を食べた後、どこに行ったか覚えていますか。私は覚えていますよ、イルミネーションです。テーマは「百万ドルの花畑」。最初は不安でしたよ。入場口からまっすぐ行くとのぼりになっている階段が薄く照らされてあるだけ。私たちは朝からほとんど離すことがなかった手を少し強めに握り合いながら進みましたね。入り口の辺りは赤くボヤけた光が点滅しているだけでしたが階段を上がるにつれてにつれて青、黄、緑と色が増え形になっていきました。真っ黒なキャンパスに色んな色を一滴、垂れては消え、垂れては消え、そして少しずつ滲むように色が視界に残っていきました。そのまま階段を上がり切る直前には色で造られた輪郭と背景はすでにキャンパスに描かれていました。私たちは一度顔を見合わせその色と形を確かめ階段を上りきりました。そこには少し大きめの広場がありその広場の奥、柵の向こう側に「百万ドルの花畑」はありましたね。あの光景をあなたは覚えているでしょうか。いや覚えていないとは言わせません。言葉では説明することができないあの美しさ。なんとあらわすべきなのか。目の前にある光の色のみで作られた幻想的な花たち、あの中に入ってしまったら二度と出ることはできない。そう直感で思ったのを今でも覚えています。しばらくして視覚以外が失われた空間から戻してくれたのはあなたでしたね。言いたいことがあると言ってね。私があなたの方を見るとあなたは私から手を離しどこからか出してきた赤いチューリップを私の目の前に出しましたね。どうしたの。私は精一杯優しい声で聞きました。花言葉は「愛の告白」。あなたは絞り出すような声で言い、続けて。僕は花に頼ってしか気持ちを伝えれないような人だけど、でも、でも、あなたのことが本当に好きです、結婚してください。寒かったからか緊張か聞くのはやめましたがそう強く言い放ったあなたの顔はほんのりと赤く今までのどんな色よりも綺麗でした。あの場所であの花であの顔はずるいですよね。私はあの日あなたに一生ついていくことを決めたのです。
 私が視線を時計へ移すとすでに十一時半を回っていました。今少し考えるだけでそこまでの時間を使ってしまうくらいの一日だったのですね。ああ、あなたに触れたくなってしまった。少し失礼しますよ。そう一言言って触らせてもらったあなたの顔はあの時のような熱はなく冬の乾燥した空気をそのまんままとったようでした。すぐに温めてあげます、その前にもう少しだけお話をさせてくださいね。その日から一週間ほどで私たちは結婚しましたがその一年後、あの日、覚えていますか。私が家でご飯を作って待っているといつもより早く、冬の短い太陽が落ちる少し前にあなたは帰ってきましたね。ただいま。そう言いながらリビングに入ってきたあなたの手には小さな黄色とピンクが円を描いてこちらを向いている綺麗な花がありましたね。ランタナ。あなたからその花の名前を聞いてもピンとは来ませんでしたよ。そして奇遇なことに私も花を用意していたのです。今、白いチューリップが置かれている場所にこっそりと置いていた真ん中が黄色でその周りを優しい白で包んだ綺麗なマーガレットが。私がそれをいうとあなたはクスクスと笑ってくれましたね。考えることは同じなんだね、と。今思えばそこで終わっておけば良かったのかもしれません。私はあなたが赤いチューリップをくれた時に言ってくれた「愛の告白」、花言葉が気になってしまったのです。もちろん私もそれを調べて買いました。私が買ったマーガレットの花言葉は「真実の愛」。素敵でしょう。そしてあなたが買ったランタナ、「合意、協力、、」私は少し嬉しくなりましたがふと三つ目の言葉が気になったのです。「心変わり」あの時はまさかと思いましたよ。普段プライベートで確かに口数こそあまりなかったもののあなたなら絶対にしない、という確信がどこかにあったからです。やはりあなたを寝かせるべきではなかったかな。あの時の気持ちを聞かせてほしいですね。しかしそれからも特に変わったことがあるわけではなく淡々と一日がすぎていきましたね。買ってきた花達はしばらくしたら枯れ、私のそんな疑念も何処かに行ってしまったのです。二年目のあの日まで。二年目のその日は一年目のあの日にタイムスリップしたかと思うほど同じようなシチュエーションで、花だけが姿をかえ、言の葉をのせ、やってきました。オニユリ。オレンジ色の綺麗な葉が躍り狂うように咲き誇っていました。が私に花の形と色はあまり関係ありませんでした。「賢者、愉快、純潔、陽気、華麗、、」調べながら、思い違いだった。私は一瞬心からそう思いました。「、、嫌悪」その言葉を見た時私はなぜ自分がこんなことになっているのかわからないほどに混乱していました。たった一つの花で、たった一つの意味で。ただあの時の私には悪いことしか心の中に入れることができなかったのです。直接言って欲しい。行動には何の疑いもないあなたを私はそれから疑いの目で見るようになったしまったのです。ちなみに私がその年に送った花はオダマキ。紫と白の柔らかい花です。花言葉は「捨てられた恋人」。
 あなたに真実だけでも聞いておくべきだったかもしれませんね。今窓際にあるのは白いチューリップ。一年前、二年前と全く同じシチュエーションであなたはくれましたね。もうそんな溶けてしまいそうな白い葉っぱには興味はありませんでしたね。「失われた愛」私はもらった瞬間調べて出てきたその言葉しか目に入れることはできませんでした。ただなぜか心臓は静かに動いていたのです。これで良かったと教えてくれるように。ああ、あなたの声で真実を知りたかった。今は素直にそう思います。ただもう引き返せません。残念です。時計を見ると十二時を回っていました。あの日が終わりましたよ。私にはあの花畑にあのあなたに出会ったあの日を汚すことはできなかったのです。少し前まではチューリップなどの花の匂いがツンとしていたのですが今鼻をつくのは不快なガソリンの匂い。あの綺麗だった花畑には匂いはまるでなかった。所詮光、ガソリンと同じでしょう。私はガソリンの染み込んだベットの足側に火をつけました。火はあっという間にまわりあなたを飲み込もうとしていますね。あの日よりも真っ赤な綺麗な顔をしていますよ。私は考えることなくあなたに飛び付きました。家中に巻いたガソリンはあっという間にこの家を焼き尽くすでしょう。そして残った二人は抱き合っている。なんと美しいのでしょうか。あの白いチューリップも焼かれ「失われた愛」はまた燃え上がる愛となる。ああそういえば私が今年あなたに贈ろうとした花はアイビーです。なんでこのタイミングで思い出すのでしょうか。炎はあっという間に私たちのところまで迫ってきましたが熱は感じません。私はあなたをさらに強く抱きしめました。炎が二人を包みます。ふふ「死んでも離さない」

言の葉のせて

書くことは難しですね・・・

言の葉のせて

初投稿 ミステリー 短編

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-05-21

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