ラストスパート

小澄桂馬

 近所の皆は、通学に路面電車を使っていた。電車組とでも呼ぼうか。とはいってもその組でないのは僕だけだ。彼らは、停留所で待ち合わせては、家でのこと、学校でのことを楽しそうに語りあう。やがて電車が来ると、他の地区の仲間たちと合流し、はじけたように喜ぶ。彼らを乗せた電車はゆっくりと走り出す。
 僕はその横を走り出す。横と言っても、本当の真横ではなく、線路の走った道の歩道のほうだ。
 路面電車の時速は二十キロメートル毎時弱程度。どんどん離されていくが、信号の都合でそのうち追いつく。追い抜くときに車内から何かしら声が聞こえる。励ましてるのか、からかってるのか、きちんと聞き取れたことはないのでわからない。そしてまたすぐに、電車に追い抜かれていく。何度か抜きつ抜かれつを繰り返して、学校が近づいてくる。
 走って学校に通いだしてから、かなり経つ。いつごろからだったろうか。電車賃を浮かして、貯蓄しようだとか、そんなことを考えたんだったと思う。はじめはのんびり時間をかけて走っていたが、あるとき、電車より早くつけるんじゃないかと魔が差した。
 試してみたものの、電車の壁は思ったより高く、今まで一度も勝てずじまいでいた。この数週間、ようやく、なんとか可能性が見えてきた程度だ。だが少し遅すぎた。今日で、この勝負も最後になるだろう。最後の信号で、再び電車を抜きなおした。
 奥に学校の門が見える。門の前には花に飾られた看板が立てかけられている。駅の停留所はその少し手前だ。ラストスパートをかける。普段は、このあと授業を受けることを考えて軽めに流しているが、今日だけは特別だ。こっちの方が重大だ。肩から腕がちぎれそうなくらい強く腕を振り、バランスを保てるギリギリにまで足を早く回す。
 果たして、僕と電車とはほとんど同時に停留所に着いた。厳密にどちらが先だったのか。気を利かせて、携帯のカメラでゴールの瞬間を撮ってくれたやつもいたが、角度がついていているので正確にはわからない。そいつを含め、電車組の面々は、僕自身よりエキサイトしていた。
 それから、何事もなかったかのように、卒業式はつつがなく行われ、最後の帰路は、ゆっくりと、歩いて帰った。

ラストスパート

ラストスパート

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-05-21

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