真名

抹茶

文明と隔離された独自の文化や価値観を形成するとあるカルト村に生まれた主人公は、ある日、村の外の世界に興味を抱く。
主人公は村の外の情報を得ようと、とある巫女に接触する。その出会いが2人の運命を変えてしまうことになる。



僕の思想や人生観、価値観を物語にしました。
初めての作品なので文章の稚拙さにはご容赦ください。

真名

まだ日も昇っていない早朝、こんな早朝に起きたのは偶然ではない。寝起きのぼやけた眼であたりを見渡すと皆も起きているようだ。そろそろ監督が大きな声で僕達を起こしに来るだろう。
 力強いノックが二回狭い部屋に響いたかと思うと、次の瞬間、乱暴に扉が開かれた。
「おら、仕事の時間だ」
そんな剣幕をしなくても、といつも思う。
今日も僕の仕事が始まった。

僕が生まれ育ったこの村には三種類の人間がいる。
一つ目に、男だ。
男は労働をする。生まれて十八年目までは「子供」と呼ばれ、こうして農作業や耕作をする。
十九年目から三十九年目以降は「大人」と呼ばれ、狩猟をする。
近くの山には色々な生き物がいるらしく、この村の人達はその生き物をとって食う。
そのとる役目を果たすのが十九年目から三十九年目の男の「大人」たちだ。
四十年目から五十九年目までは建築をする。
山の木を伐採し、加工し、建物を建てる。
六十年目からは、知らない。
二つ目に、女。
女は生まれてから十八年目までは僕たちと同じで「子供」と呼ばれ、農作業や耕作をする。
ただし、僕たち男と女の「子供」が一緒の場所で働くことはない。
十九年目から五十九年目以降は「大人」と呼ばれ、子を産み、子を育て、家事をする。
女が子作りをする相手の男は村長によって決められる。
六十年目からは男と同様に、何も聞かされていない。
三つ目に、神職。これは女の中から選ばれる。
神職に就いた者はただ一日、神に祈りを捧げるのが主な仕事という。僕は生まれるなら女に生まれ、神職に選ばれたかった。
 僕がそんな事を考えていると、横から泰平が声をかけてきた。
「お前、あんまりボーッとしてると監督に怒られちまうぞ」
見ると、泰平は身体中に泥が付着して、とても熱心に苗を植えたように見えた。が、よく見るとそれは急拵えのような不自然な泥の付き方だった。
「泰平こそ、今さっきわざと身体に泥を付けたばかりだろ」
泰平は言い当てられ驚いたのか、目を丸くして「やっぱり、虎太郎にはお見通しか」と小さくはにかんだ。

 昼の仕事が一段落付き、休憩に入ろうとした時、泰平が僕に声をかけた。
「なんでもお見通しの虎太郎に聞いて欲しい話があるんだ」
「なんでもお見通しでは無いよ」
僕は苦笑いをして見せたが、泰平は妙に真剣そうな面持ちだったので話を聞くことにした。


「虎太郎は村の外のこと、知ってるか?」
そう聞かれ僕は返事に困った。眠れない夜によく村の外のことを考えていたのを思い出す。
「村の外には何があるんだろう。」
狭い宿舎の部屋の小窓から夜空を見上げてはいつも考えていた。大人たちは「村は山に囲まれていて、外に出ることは出来ない」と口を揃えて答える。
でも僕は本当に出られないとは思わない。
山には頂上があるはずだ。その頂上より下に下っていけば村の外には行けるのではないかと思う。
では村の外には何があるのか?外には何も無い?それとも別の村がある?何故大人は外に行かせようとしない?そんな自問自答を繰り返しているうちに気がつくと眠ってしまうのだった。
「村の外のこと、僕も知らない」
僕は素直にそう答えた。もしかしたら泰平は何か答えを知っていて、イタズラに、知識をひけらかす為に僕に質問したのではないかと淡い期待を抱いたが、そんな期待は儚く散った。
「そうか。虎太郎でも知らないことってあるんだな」
泰平は少々納得のいかない様子の自分に無理やり言い聞かせるように、投げやりにそう答えた。
この時、僕は必ず村の外に行って何があるのか確かめようと決心したのであった。

 その日から僕は村の外について知っていそうな人を探すことにした。しかし、いくら博識な大人に聞いてもやっぱり返ってくる答えは「山に囲まれていて外には行けない」だった。暫くは諦めて一人で考え込んでいたが、知らないものをどれだけ考え込んでも、ただの飛躍した妄想話が生まれるだけで全く進展は無かった。


「なぁ、虎太郎」
夢と現実の狭間にいた僕はその一言で現実に引き戻された。
「お前、眠そうだな。寝不足なのか。」
泰平は心配そうに僕の顔とまだ植えていない稲の束を交互に見ている。
「大丈夫だよ、心配するな」
僕は強がってそう答えたが、泰平はなんでもお見通しのようだ。
「もしかして、村の外のこと考えてるのか」
「色んな人に聞いても"外には行けない"の一点張りだ、進展はないよ」
僕がそう言うと、泰平は残念そうに項垂れ、少し考え込んだ様子を見せた後、勢いよく顔を上げ、こう言った。
「巫女様、巫女様なら何か知ってるんじゃないか」
僕はハッとした。そうか、神職。神の存在に等しい、否、神そのものである巫女様なら何か知っているかもしれない。
泰平は自慢げにしたり顔を披露している。
こいつにしては良い考えだと思った。


夕方の仕事を終えた後、早速僕は一人で神社へと向かった。神社は山の麓にあり、仕事場と宿舎からそこそこの距離はあったが、行ってみる価値はあると確信していた。
早く宿舎に帰らなければ、勝手に外出した事がバレてしまう。そんな心配を胸に全速力で神社に走る。息も絶え絶え、辿り着いた頃には夕日は沈んでしまいそうだった。
「まだ間に合う」
自分に言い聞かせるようにそう小さく呟くと、巫女様を探すため、境内に足を踏み入れた。
 境内に入ると、入る前とは雰囲気が違う、異様な雰囲気がそこには漂っていた。
その異様な雰囲気に圧倒されつつも巫女様を探そうと辺りを見回すと、思っていたよりも早く巫女様の姿は見つかった。
巫女様は落ち葉を掃いており、話しかけるなら今しかない。
「あのっ」
僕は精一杯の勇気を振り絞り、声をかけた。
巫女様は驚いたようで、こちらへ振り向くと怪訝そうに僕を見ている。
「ちょっとお聞きしたいのですが」
巫女様は訝しげな様子を隠さず、警戒しているようだ。
「村の外のこと、教えて貰えませんか」
そう言うと、巫女様はやっと警戒が解けたようで、ふっと笑い、僕に手招きをした。


 その巫女の女の子と話した時間はあっという間だった。まるで、一年が刹那の一瞬に感じられるほどに。巫女の女の子は僕と同じで生まれて十五の者だという。
「ところで、もう暗いけど帰らなくていいの」
その心配そうな表情に、僕はすっかり夜になってしまっている事に気がついた。
「あ、ああ。そうだね。」
彼女と話せたことを満足に帰ろうとした時、ここに来た本当の用事を思い出した。
「それで、村の外のことなんだけど」
僕がまだそう言い終える前に彼女は悪戯な笑顔でこう答えた。
「明日も来てくれるなら、いいよ」


 これだけ夜遅くに宿舎に帰るのだ、きっと怒られるだろう。どのくらい怒られるだろうか。どんな罰を食らうのだろうか。恐る恐る宿舎の玄関を音を立てずにゆっくりと開ける。電気はついていないようだが、きっと僕が入った途端、電気がパッと点き、監督が凄い剣幕をして僕の帰りを待っているに違いない。だが、そんな予想は杞憂だったと知る。
「ご、ごめんなさい」
弱々しく僕の口から言葉がこぼれたが、目を開けてもそこには誰もおらず、電気も点かず、真っ暗なままだ。僕は逆に不審に思ったが、急ぎ足で僕たちの部屋に向かった。部屋の前に来て、もしかしたら監督はここで待っているのかも、という不安が再び立ち込める。
「もう仕方がない」
覚悟を決め、勢いよく襖を開ける。と、飛び出してきたのは監督、ではなく同じ部屋の泰平たちだった。
「虎太郎、よく帰ってきた」
皆は僕を見るなり肩を抱き合い、咽び泣いた。
「どうしたんだよ」
焦って僕がそう尋ねると皆は
「お前が無事に帰ってくるのを待ってたんだよ」
と再び肩を抱き合い咽び泣いた。
 聞くと、泰平は僕が神社に行ったことを分かっており、皆と協力して監督を上手く騙しこみ、僕の帰りを待っていたそうだ。僕の帰りに皆で嬉し泣きをする、その光景は気味が悪かったが、少し照れくさく、笑ってしまった。


 僕は皆に神社での出来事を話した。巫女様に会ったこと、巫女様と他愛もない話をしたこと、これから毎日神社に通うなら村の外のことについて教えてくれるということ。皆は「これから毎日通うなら村の外について教えてくれる」という条件に満足したらしく、「あともうひと頑張りだな」と嬉しそうにしていた。
その夜は一晩中眠れなかった。あの子のことを考えると何故だかソワソワしてしまい、心の奥がモヤモヤしていた。
 この一件でこの村の人々がどれだけ無知なのかがわかった。どの大人も身体だけ成長していて、僕たち子供にも、農作業や耕作の技術のことしか教えてくれない。きっとこの感情の正体も誰も教えてはくれないのだろう。


 その日から僕の奇妙な生活は始まった。仕事をしては夕方、こっそりと抜け出して神社へ向かう。皆は必死に監督にバレないよう僕のことを隠してくれる。
 神社に通い始めて二日目の宵、僕は彼女に尋ねた。
「そういえば、まだ名前聞いていなかったよね」
何気なく彼女の方に目をやると、彼女は何やら神妙な面持ちをしていた。この質問が気に触ったのだろうか。
「あの、気に触ったなら謝るよ」
そう言いかけた時、彼女は語り始めた。
「巫女には、二つ名前があるの」
あまり軽く聞ける話の雰囲気ではない。僕は黙ってその話を聞くことにした。
 聞くと、どうやら巫女には公の場で使う仮の名と誰にも知られてはいけない「真名」というものがあるらしい。
「私の真名を知る者はこの世には私だけ。私に真名を与えた神官も、私に真名を与えた後に自ら命を絶たなくてはならないの。」
「何故、真名を知った者は命を絶たなくちゃいけないの」
僕がそう尋ねると、彼女からは予想外の返事が返ってきた。
「私と婚約しないといけないから。私と婚約するということはすなわち神になるということ。神になると現世との繋がりが断たれてしまうと言われている。皆、現世との繋がりが断たれることを恐れて神になろうとはしない。真名を知って神になることが出来なかった者は」
自ら命を絶つ、ということか。
気まずい沈黙が流れる。
この重い空気を断ち切ろうと僕は話題を変えた。
「ここには一人で暮らしてるの」
「うちの両親は巫女に選ばれた私を煙たがって捨てていった。今はここに、一人で。」
空気を変えようと思ったがどうやらこの選択肢も間違いだったようだ。それにしても、僕は驚いた。まさか神職が、巫女の宿命が、そんなに重いものを背負っているなんて想像もつかなかったからだ。
「これからは毎日ここに来るよ」
そんな言葉が口をついて出た。考えるより口が咄嗟に。この子はずっと一人だったんだろう。そんな彼女を見ていると、近くにいてやりたい、唯一の理解者になってやりたい、そう思った。
彼女はその言葉を聞き、驚いた素振りを見せた後、目に涙をためて笑った。
「僕は虎太郎、改めてよろしく」
改めて自己紹介をするのは少々照れくさかった。
「仮の名、呼び名だけでも教えてくれるかな」
僕がそう尋ねると彼女は
「茜。茜って呼んで、虎太郎。」
その時の彼女の笑っているようにも、泣いているようにも見える顔が今でも忘れられない。


 そんな日が何日も続き、この生活も明日で一週間となった。
いつものように僕は縁側で彼女の話を聞いている。
「ねぇ、虎太郎。来週の祝典、私そこで舞を披露することになったの。」
嬉しそうに彼女は笑った。彼女は最初に出会った頃とは見違えるほど明るくなっていた。
「見に来てくれる?」
「いいよ、約束」
「うん、約束ね」
夕日が沈みきるまで、僕たちは指切りの指を離さないでいた。僕と彼女の間には、心地いい静寂だけが流れている。二人の間を飾る言葉は必要ない。それは固く、固く誓った約束だった。

約束を契ったその日の夜の事だった。


 いつものように宿舎へ帰った僕は我が目を疑った。信じられない。僕を待っていたのはあまりにも異様な光景だった。
 僕と同じ部屋の泰平たちが宿舎の正面玄関前で手足を縛られて正座させられていた。その中心にいたのは
「ずいぶんと遅かったな」
中心にいた大男は威圧的な態度でそう告げた。
着古した黒のジャージに木製の棍棒を両手で遊ばせる仕草、間違いない。監督だ。
「監督、すいませんでした」
喉奥から絞り出した声はあまりにも非力で、弱々しく、救いようがなかった。罰を受けることになる。そう確信した。玄関前での妄想も、今度は杞憂にならなかった。監督が僕に向かって大声で怒鳴っている。聞き取れなかったので、黙ってはいはいと頷くことしか出来ない。すると今度は話を聞いていないと腹部を殴られる。一発、二発。僕の意識は朦朧としだした。が、強烈なビンタにより再び意識を無理やり呼び戻される。すると今度は反省していない、と棍棒で顔面を殴打される。そこからの事は何も覚えてない。ただ、理不尽な暴力に耐え続けた挙句、明日から僕の仕事量は二倍になり、監督は僕を要監視対象とし、僕を一人部屋に移動させるとのことだった。
その夜は何も出来なかった自分の非力さがただ悔しくって眠れなかった。


 翌朝、僕は一人の部屋で目を覚ました。仕事中、誰かと話そうものなら監督から暴力が飛んでくるのは目に見えていた。一人で仕事をするというのはなかなか堪えるもので、皆には昨日の出来事の噂が既に出回っているらしく、「勝手に抜け出した罪人」を見るような目で周囲から見られたのが辛かった。
その日の夕方、一人で仕事を終え、一人部屋に帰った僕は泣いた。部屋の皆は僕を恨んでないだろうか、茜は僕が来ないことに失望して僕のことを忘れてしまわないだろうか。そんなことを考えて、涙を流し、唇を噛むことしか出来なかった。強く噛んだ唇は皮が破れ、血が滲んでも噛み締め続けた。噛んで噛んで噛み締め続けた。その結果、床の畳は血まみれになり、鉄臭い匂いが部屋に充満していた。


 一人部屋に移動して一週間が経ったある朝、監督は僕に声をかけた。
「今夜の祝典の荷物を運ぶ係にお前を任命する。これからの仕事態度次第でお前が反省しているかを評価していく。」
正直評価には興味がなかった。が、大切なことを思い出した。
「巫女の舞がありますよね」
僕は恐る恐るそう尋ねた。
「あぁ。あるが。」
端的に監督はそう返事をした。


 その日の仕事には精が出た。
遠くからでもいい、茜の舞が見たい。
そんな事を考えつつ荷物を運んでいる時だった。
横にあった小さな茂みから何者かが僕を勢いよく引っ張った。思わず僕は荷物を落とし、茂みの中へ倒れ込んだ。
「痛たた」
突然の事で思わず尻もちをついてしまった僕の目の前に一本の手が差し伸べられる。
「大丈夫?」
少しはにかみながら心配そうにこちらを見つめる茜がそこにはいた。
「茜!?」
思わず僕は動揺してしまい、その名前を大声で口に出してしまう。
「静かに」
茜は口に人差し指を当て、当たりを用心深く見渡して見せた。
「どうしてここに」
「時間が無いから手短に言うね。今夜月が1番高く登る時間に、神社のちょうど向かい側の山の、麓の公園で待ち合わせしよう。」
そこは村の者では無い怪しい男が目撃されたという噂で不人気な公園で、極端に人通りが少ない。人々の目を盗み会うには絶好の場所だ。
「わかった」
そう僕が返事する前に茜はどこかへ消えてしまっていた。
「虎太郎、そこで何してるんだ」
監督が僕を呼ぶ声が聞こえる。だが、今はその声よりも久々の再開の余韻にもう少し浸っていたかった。


 日が沈み出した頃に始まった祝典もいよいよクライマックス、巫女の舞が披露される頃を迎えようとしており、人々の盛り上がりに比例するように月も高く昇っていた。
そろそろ出発しよう。
僕は祝典会場をこっそりと抜け出し、約束の公園へと向かっていた。
「そろそろ月が一番高く昇る」
急がなくちゃいけないな。人々の賑わいと熱気でむせ返る会場を背に、僕は走るスピードを上げた。


 息も絶え絶え公園に辿り着いたのはちょうど月が一番高く昇る時間だった。
動きやすい半袖の服では少々肌寒かったが、村の人は皆、一着しか服を持っていないので仕方がないことだ。僕も例に漏れることなくこの白い半袖の一着しか持っていなかった。
 公園の中に入ると、街灯で照らされた公園の中央に彼女はいた。彼女は僕を見つけると
「とりあえず、そこに座ろうか。」
と言い、近くにあった小さなベンチを指さした。そのベンチに腰掛けると、二人で座るには少々窮屈だった。僕は早く何があったのかを説明したくて言葉を急がせた。
「ごめん、最後に会った夜のあと」
そう言い終わらぬうちに、僕の頭に強い衝撃が走った。
「!?」
声にならない叫びが声から出る。僕は前のめりにベンチから倒れ落ちてしまった。意識が朦朧とする中、必死に気絶しまいと耐えていると、聞こえてきたのは茜の悲鳴。茜が見知らぬ男に押し倒されていた。その男は異様な服装で、明らかにこの村の者では無い様子だ。
「茜…」
声を振り絞ろうとしたが、喉から出たのは蚊の鳴くような弱々しい声
茜はそのまま男に馬乗りにされて
そこからは意識が無かった。


 それからどれくらい時間が経ったのだろうか。目が覚めたのはそこから数時間後のことだった。空はまだ暗く、白み出す様子もなかった。
 フラフラと立ち上がり虚ろな目で辺りを見回すと、そこには僕を殴ったであろう血のついた大きな丸い石と、裸で放心状態の茜が仰向けに倒れていた。

その惨状を見て何も言うことが出来なかった。


 そこからどうやって宿舎に帰ったのかは覚えていない。ただ、放心状態の茜をおぶって帰ったことだけは覚えている。僕はその後、宿舎に帰ったのだが、祝典の喧騒に紛れていたため、どこかへ行ったことも気づかれていなかった。対して茜はショックで口が聞けなくなってしまった。祝典の舞にいるはずの茜が消えたことで現場は一時騒然としたらしいが、帰ってきた茜の巫女服が着崩れていることや、何者かとまぐわいをした後が見られると医者に診断されたのを知った村民は「茜が神様の子を孕んだ」と祝福したそうだ。

もしかしたらあの男は神だったのかもしれない。
僕もそう信じようとした。
明らかにこの村の者ではないということは神様なのかもしれない。ではなぜ神は僕を撲殺しようとしたのか。僕が仕事を放って神職と繋がりを持ったから?
きっとそうだ。
村の者ではないということは神様しかありえない。だって村の外なんてものは最初から存在しなかったのだから。

きっとそうだ。
きっとそうだ。
きっとそうだ。

だが、そう自分に言い聞かせるほどに黒いモヤが募ってゆく。
村の外、あの男の正体、茜。

疲れていたのか、僕はそこで死んだように眠ってしまった。


 あの事件から何日たっただろうか。僕はあの事件のことは忘れ、仕事に精を出していた。
監督はいつも通り僕のことを常に監視している。
おかげで僕は未だに一人で仕事をする羽目になっていた。この懲罰もいつになったら終わるのだろうか。
ただ、耕し、植え、収穫。
そんなシンプルな日常のサイクルは僕に考える余裕を与えすぎていた。
忘れようとしてもやはり忘れられないのだ。村の外のこと、あの事件のこと、そして茜のこと。
どれだけ自分に言い聞かせても無駄だった、この時には既に僕の我慢のたかは外れかけていたのだろう。僕は思い切って今日の仕事が終わったら監督に巫女について聞いてみようと決心した。


「すいません、監督」
急いで呼び止めると監督は不機嫌そうな顔でこちらに振り返った。ここで怖気づいてはいけない。
「巫女様のことについて何か知りませんか」
勇気を振り絞り僕がそう尋ねた。
「何でお前がそんなこと知らなくちゃいけないんだ」
答えは予想していた通りだった。
「巫女様の居場所は知ってるけどお前が知る義理はねぇ。子供はさっさと帰って寝ろ。」
その言葉に僕は言い返すことが出来なかった。手で軽くあしらう素振りをしたあと、監督はどこかへ行ってしまった。
だが、ここで諦める訳にはいかない。
今日茜に会えなければ一生会えないような気がしていた。
僕は帰るふりをして監督の後をつけていくことにした。


 見慣れた光景の山道を登っていく。監督はあの神社へ向かっていた。
 神社につくと僕は近くの茂みから様子を見守ることにした。監督は神社の本殿の小窓を開け、中に残飯らしきものを流し込んでいる。
ゴミ捨てでもしているのか。
そう思ったが、次の瞬間、監督が「はやく食えよ」と怒鳴り散らし本殿を何度も蹴ったので中に人がいると確信した。僕は近くにあった手頃な大きさの丸い石を両手で持ち、背後に駆け寄り、監督の頭を思いっきり殴打した。殺すつもりでやった。膝を曲げ、苦しそうに顔を歪め、頭を押さえ呻く監督にもう一発。今度は倒れ込んだが、まだ死んでいなかったようなのでもう一発。
動かなくなったが死んだのか不安だったのでもう一発思いっきり殴打した。殺した。

 僕は本殿の扉を蹴破った。中にいたのは痩せこけ、異臭を放つ茜だった。茜は僕の顔を見るなり笑顔で「ありがとう」と言った。僕は涙が出た。


「どうしてこんなことに」
茜に尋ねると茜はか細い声で経緯を語ってくれた。
茜は神の子を孕んだとして子を産む準備が進められていたが、妊娠していない事が発覚。神の子を流産したとして茜は存在を抹消されようとしていたという。それからは本殿に閉じ込められ、当番の大人たちが「見張り」という名目で毎晩変わり変わりで嫌がらせをしに来ていたらしい。茜はあの時、意識がほぼ無く、死にかけていたそうだ。
「虎太郎が助けてくれたんだよ」
震えた声で彼女は言った。
僕はもう、ただ茜を抱きしめることしか出来なかった。
「本当はね、村の外のことなんて私知らないんだ。」
「いつも一人で寂しくて、そんな時に虎太郎が来てくれて、明日も、その明日も、そのまた明日も一緒にいたいなって思ったから、嘘ついたの。」
「村の外なんてもうどうでもいいよ。僕はただ、茜が生きてて良かった」
僕の目から自然と涙が溢れ出した。
茜も笑いながら泣いていた。
「ねぇ、行ってみない?村の外」
茜がもう長くないことは僕にもわかっていた。
「いいよ。」
せめて最期に、茜の願いを叶えてあげたかった。


茜を抱き抱え、険しい山道を走る。
日はすっかり落ち、辺りは暗くなっていた。
ただ、どこまでも暗い森を駆ける。
走っても、走っても森からは抜けられそうにない。しかし、どこまでも走って走って走り続けた。
「虎太郎、もうすぐ村の外見れるかな」
「あぁ、見れるさ」
見れるという確証はない。が、少しでも希望を与えれば彼女はその分少しでも長く生きていられるだろう。
茜は大きく深呼吸をした。
「ねぇ、虎太郎。私と婚約してくれる?」
彼女の声はもう耳を澄まさないと聞こえないほどにか細くなっていた。
「もちろん。」
山道を走るスピードを落とさずに、僕は泣きながらそう答えた。
つまりそれは彼女の真名を知るということだ。
僕は覚悟ができていた。
「ありがとう、虎太郎。私の本当の名前、真名はね」

森を抜けた先で、既に登り始めた太陽が二人を祝福するかのように照らしていた。
二人の姿はその後、村の住民に目撃されることはなかったという。

真名

最後まで読んでいただきありがとうございました。

真名

目を背けたい真実に向き合ったことはありますか? 私の初めての作品です。稚拙な文章ですが楽しんでいただければ幸いです。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 冒険
  • 青年向け
更新日
登録日 2020-05-20

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