私はこの定理について、まさに驚くべき証明を見つけたがこの余白はそれを書くには狭すぎる。

西木眼鏡

悩みの多い私は一冊の本を見つけた。

「 私は面倒な恋こそ臨むところだとずっと思ってきた。面倒くさくない恋はただの作業に過ぎない。我々が人類が心を持っているなら思考をやめてはならない。とはいえ、今隣にいる人に心があるとどう証明できようか。自分にあるものは相手も持ち合わせているはず、と言い切れまい。どうか全人類が温かい心を持ち合わせてる前提で読み進めてくれれば幸いである。
 恋愛に定理があるのかどうか、これを読む諸君は大いに気になることだろう。この世の全ては数字で出来ている。数字によって表せているならば計算可能である。つまり、恋愛に定理は存在する。

 気がある人に連絡をして帰ってくるまでの時間。夜な夜な考えなくても良いことを考え、邪推に邪推を重ねて、SNSばかり覗く日々。決して向かい合っては座らず、少し離れた隣の席を陣取る。意味もないのに生き急ぐ。恋人になれたはいいがそれ以上の進展はしない。初デートの場所は動物園か水族館か。告白は直接伝えるべきか手紙かメールか。耳障りのいい恋愛ソングばかりを信じる。来ない連絡を待ち続け、自分の責任だと思い込み。結局何も先には進まない。ネガティブな思考というものは何をしてもダメである。ふたりは恋人で何年経っても変わらない。とりあえず今夜も連絡を待ってみるが時間だけがすぎる。そしてまた藍色の空が来た。朝が来るたびに他人の幸せを喜べない自分が嫌になる。優しいだけではダメだという。結局、自分が得る愛は自分が与えた愛の量と等しい。
 
 これらを整理すると以下の式を求めることができる。

n=3以上の自然数の場合
X^n + Y^n = Z^n
 これを満たす自然数XYZは存在しない。


 つまり、成就した恋ほど語るに値しないものはない。
                         」

 私はこの定理について、まさに驚く証明を見つけたがこの余白はそれを書くには狭すぎる。

私はこの定理について、まさに驚くべき証明を見つけたがこの余白はそれを書くには狭すぎる。

私はこの定理について、まさに驚くべき証明を見つけたがこの余白はそれを書くには狭すぎる。

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更新日
登録日 2020-05-19

CC BY-NC-ND
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