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小澄桂馬

 山沿いを走る幹線。人の手が入っていない切り立った山間の谷には、快晴を纏った春先のそよ風が充ちていた。道路に侵食してきている伸びきった草々ものんびりと揺らいでいた。
 舗装された道路の端に立って、ガードレール越しに見下ろすと、草木の合間から、手のひらに収まりそうな小ささに、いくつか古ぼけた民家が見える。その中でひと際目だってくたびれた家屋。芯棒も傾き木々もぼさぼさの垣根で囲われている。入り口らしき門の隣には何やら柱が立っていて、看板のようでもあるが、ここからでは何と書いてあるか、何か書いてあるのかも定かではない。
 どうやってこの家々を訪れるのだろう。俯瞰してもわからない。申し訳程度に道らしきものは見えるが、その先を目で追っても、どこからどう繋がっているのか判然としない。この一辺だけで完結しているような、閉じた円のようなものに思える。ここだけが世間から切り離されたような。空間だけでなく、時間さえも、切り取られ、取り残されたかのような。
 ふと、一瞬、古屋の窓越しに、人影のようなものが見えた。それはおかしなものに感じられた。時空ともに切り取られたその場所に、生きた人間が生活しているという考えが、とてもおかしなものに感じられた。そこに生きる人がいるとすれば、それもまた時空から切り取られ、取り残された人間なのではないか。そんな考えが頭をよぎった。
 あたりには風に揺らぐ草木の音だけが漂っている。何か聞こえないだろうか。声、せめて生活音を耳にすることで、その永続性に推参できないものか、それとも、このばかげた考えがやはりばかげたものだとはっきりして、下手な怪談噺にオチがつかないものか。いくら耳を傾けても、あまりに遠すぎる。それは物理的なものなのか。果たして。
「おーい、そろそろ行こうか」
 ついに聞こえてきたのは、車上から呼ぶ仲間の声だった。さっきまで青い顔をしてくたばっていた友人は、車酔いも快復したと見え、よせばいいのに、プラスチックコップを片手におにぎりにかじりついている。
 戻る前に今一度と、眼下に目を向けると、人影ではなく、はっきりと人がそこにいて、こちらを覗いているように見えた。人とわかるかわからないかという距離ではあるが、確かに目と目とが合った。そう思えた。笑顔で会釈をしたような気さえしたのは、都合のいい妄想だったろうか。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-05-18

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