【鯉月】サイレン

しずよ

二次創作(腐)につきご注意ください。
お題メーカー「今日のふたりを見てみよう」の5/2のお題です。
美大生・江渡貝くんの新作を、鶴見さんの代わりに月島さんが取りに行き、そこでとあるハプニングが起きます。そこに電話をかけてきた鯉登くんとの会話から、秘密がばれるお話です。

 月島の勤務先は先月から出社組と在宅組の二交代制での勤務となった。流行り病による万が一の全滅を防ぐ手立てである。
 連休前に先月分の請求書関係をまとめたかったので、月島は数日振りに出社していた。人の少ない静かな社内には、まだみんな慣れないでいる。それでも今日一日の業務が、無事に終わろうとしている時だった。
「月島さん、鶴見さんからです」
 前山から電話が回された。
「私だ。月島、急で申し訳ないが、これから江渡貝くんの家に行ってくれないか? 社用車で向かって、そのまま直帰して構わないぞ」
「了解しました。新作ができたんですか?」
「ああ、さっき連絡が入った」
「しかし鶴見さんが伺った方が江渡貝も喜ぶのでは」
「それなんだがなァ、『鶴見さんはできるだけ外出しないでください!』と注意されたんだ」
 鶴見は苦笑いしている。それで「月島を向かわせよう」と話がついたらしい。
 美大生の江渡貝弥作は、友人らと五人展を何度か開催し、それを見た鶴見が『作品の新たな展示場所を増やそう』と、自社のメイン事業とは別に画商的なことを始めたのである。個展はしょっちゅう開けないし、かといってインターネットに掲載することを毛嫌いする作家も珍しくないと、彼らの訴えを聞いたからだ。
 そこで鶴見は美術品レンタル事業を始めることにした。登録作家の作品を、一月単位でレンタルできるシステムだ。主な貸与先は、料亭、寿司屋、ホテル、それに病院や個人宅も含まれる。月額定額制のお手頃価格で美術品を飾れるとあって、近ごろでは一般家庭の会員が増えている。そして筆頭アーティストである江渡貝の作品は、彼を見出した鶴見の自宅に一番に飾ってもらうことが、彼の一番の望みで慣例となっていた。



 江渡貝の自宅兼アトリエは、神奈川県内の広くて古い戸建てだった。月島は自宅前に路駐して、門扉のインターホンを鳴らす。
「月島さん? 鍵を開けるから入ってください」と江渡貝が応えた。しばらくすると、カチャ、と玄関ドアから小さな音がした。開錠したらしいので月島はドアをそっと開ける。すると上がり框にダンボールが置かれてある。その隣に前髪柄の猫がちょこんと座っていて月島を出迎えた。
「しっかり梱包してますので、その箱ごと持ってってください! 鶴見さんに! くれぐれも! よろしくお伝えください!」
 廊下とリビングを仕切るドアのすき間から、マスクをした江渡貝が顔をのぞかせ玄関に向かって叫んでいる。
「分かった。契約書類をここに置いておくからな。江渡貝も気をつけろよ!」
 そう言って帰ろうとした矢先、月島の胸ポケットにあるスマホがピコンと短い音を鳴らした。その内容を確認する前に、続けざまにピリリリリ、と呼び出し音が鳴る。月島の顔色が変わる。
「……あ、江渡貝! 避難しろ!」
 唐突に月島が叫ぶ。
「え?」
 咄嗟のことで江渡貝は、意味が分からない、と言う目をした、その時。ぐらり、と足元が揺れた。
「うわあっ!」
 江渡貝が叫ぶ。地震だ。大きく横にぐらぐらと揺れて、一分ほどでおさまった。
「……江渡貝、大丈夫か?」
「ええ、なんか久々に揺れましたね」
 江渡貝はいったん奥に引っ込みアトリエを見てきた。倒れて壊れた物は無かったと報告した。
「というか月島さん。さっきの何ですか? 地震の起きる何秒か前に」
――ピリリリリ、と再び月島のスマホが鳴る。電話に出ずに、そのまま作品を持って帰ろうとする。
「ほら、まただ。出ないんですか?」
 江渡貝がつかつかと近寄る。
「いや、大丈夫だ」
 月島は嘘くさい笑顔を張り付けて、玄関ドアを開けようとする。
「鶴見さんですか? 出てくださいよ」
「いや、鶴見さんじゃない」
 すると江渡貝は、月島のシャツの胸ポケットからスマホを奪った。画面に表示された名前を見て「なんだ、鶴見さんじゃないんだ」そう言いながらも画面をタップして、通話を開始する。
「月島! はよ出れ! ないか起きたんかと心配すっじゃらせんか!」
 スマホの向こうから唾でも飛んできそうな勢いの声が聞こえてきた。江渡貝は、スピーカー通話ボタンを間違って押したのかと勘違いした。それくらい電話の向こうの声は大きかった。はあ、と月島は一瞬目を伏せて、それから渋々といった体で話を始める。
「すみません、いま荷物で両手がふさがってたんです」
「そうか、怪我してないか」
「大丈夫です。鯉登さんは?」
「平気だ。今日は早く帰るんじゃなかったか?」
「いま客先なんですよ。これから帰ります」
「気を付けて帰ってくるんだぞ」
 手短に通話が終了すると、江渡貝は再び質問をぶつけてきた。
「あのう、月島さん。地震が起きる前に避難しろって言いましたよね? なんで分かったんですか? この人からの電話が鳴ったからですか? 月島さんこの人と一緒に住んでるんですか?」
「……」
 質問が多すぎる。というより、江渡貝はあのぶっきら棒なやり取りで、なんでいろいろと核心に迫っているんだ。月島は目を伏せる。何と言ってこの場を切り抜けようか懸命に考えていると「月島さんって肝心な部分の嘘はつけませんよね。だから育ちが悪そうでも、ぼく嫌いになれないんです」と言って、江渡貝はにやりとする。
「鯉登さんって、なぜ緊急地震速報みたいなことできるんですか?」
「……周囲にいる動物の様子が、おかしくなるんだそうだ」
「動物が?」
「ああ、例えばカラスがやかましく鳴いたり、犬や猫がそわそわと落ち着かなくなったり、ネズミがたくさん逃げ出したり」
 江渡貝は「ヒッ」と一瞬だけ顔を歪めて「野生動物の本能みたいなやつですね」と納得した様子になる。
「そういうことだ。じゃあオレは帰る。余震が起きるかもしれん。気をつけろよ」
「はい、月島さんこそ。緊急地震速報みたいな彼氏にもよろしくお伝えくださいね!」
 江渡貝は手をひらひらとさせる。
「か……、れしって」
 月島が目を白黒させて何事か言い返そうすると、江渡貝は追い打ちをかける。
「まさか月島さんが人の家の玄関先で惚気る人だとは思わなかったな」
「惚気てなんかないだろう!」
「やだなー、月島さん。いっぺん彼氏と電話してる時の自分の顔見てみてくださいよ」
「え」
「目は口程に物を言うんですよ! じゃあ僕、今度月島さんのさっきの顔を絵にするから楽しみにしていてくださいね!」
 月島は動揺しすぎて江渡貝の作品を落としそうになり、やっぱりいつものように江渡貝から怒られる羽目になった。
<了>

【鯉月】サイレン

【鯉月】サイレン

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work