ヤンキー少女の正義

ヤンキー少女の正義

「へそピアスは開けないの?」と尋ねたら「開けないよ。殴られると痛いから」と答えた彼女のことを、僕はやっぱり好きだと思った。

 彼女とは中学三年生のとき、同じクラスだった。三年生になって最初の日、自己紹介で彼女は「あたし、イジメとか大っ嫌いだから。なんかあったらあたしに言って。あたしがシメるから」ときっぱりと言った。クラスの何人かが恐ろしさに身体を震わせた。僕は憧れを抱いた。
 僕の中学校は地元では有名なヤンキー校で、制服を改造したり、単車で校庭に乗り込んだり、グループ同士の抗争で警察沙汰になったりすることもよくあった。校則違反の派手な見た目の生徒たちが学校内外を闊歩する。校則も法も破るためにあるような学校だった。
 そんな学校の中で、彼女は特別だと僕の目に映った。
 ヤンキーたちは集団で過ごし、仲間か仲間じゃないかで人を判断し、ときには喝上げや集団暴行を起こしていた。怯える生徒も少なくなかった。けれど彼女はいつも一人で、いつも間違っていて正しかった。
 彼女は無免許でバイクに乗っていたし、酒を飲んで煙草を吸っていた。学校には許可されていない携帯電話を持ち込んでいた。耳と舌にはピアスをしていて、日によっては化粧をしていた。後から彼女から聞いたが、暴走族(レディース)の族長をしていたらしい。けれど恐喝や弱いものいじめをしているところを僕は見たことがない。彼女自身がそれらを嫌悪していることも知っていた。
 一方、僕は学年で片手に入るほど勉強ができて、校則違反は一度もしたことがなかった。小学校で不登校をして、中学校でも僕のことをよく思わない人がいた。いじめというものをされていた。つらくなかったとは言えないかもしれない。
 しばらくして僕と彼女は隣の席になった。彼女の耳のピアスがまた増えたな、と僕は眺めていたとき、彼女に話しかけられた。

「あんたさ、勉強得意じゃん。あたし高校行きたいから教えてよ」

 僕は喜んで承諾した。主に数学と古文を教えていた。和歌の現代語訳を教えたら、彼女が酷く気に入ってノートの表紙に大きく書いていた。自習の時間はいつも彼女と一緒だった。
 代わりに彼女は様々なことを教えてくれた。お酒の種類、タトゥーの入れ方、メイクの仕方。単車のエンジンをふかす実は音楽を奏でていることは彼女に言われるまで知らなかった。

「そういえば、あんた誕生日だっけ」と誕生日当日に言われた。
「なんにも用意してなかったけど……そうだ、これあげる」と彼女は腕にしていたブレスレットを外して僕にくれた。白と水色のビーズが可愛らしかった。
 代わりに彼女の誕生日は細身のネックレスをあげた。「ネックレスつけてる?」と聞いたら「ごめん、つけてない」と返ってきた。「喧嘩のとき引きちぎられたら嫌だからさ」と言い訳されて、彼女らしいなと嬉しくなった。
 気付いたら僕はクラスに馴染んでいた。彼女が宣言したからなのかは分からないが、クラスにいじめ問題は起こらなかった。僕は彼女に守られていたのかもしれない。彼女は法は破るけれど、もっと大切なことはいつでも守っていた。

 成人式で再会した彼女は母になっていた。もうすぐ二人目が生まれるよ、と変わらない快活な笑顔を僕に向けた。
 正しさってなんだろう、と彼女を思い出すたびに思う。

ヤンキー少女の正義

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ヤンキー少女の正義

へそピアスをしない理由を「殴られると痛いから」と答えた彼女のことを、やっぱり好きだと思った。

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更新日
登録日
2020-05-18

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