私には糸が見える。
 この不可思議な現象を知るため縋り付いた、知り合いの胡散臭い自称魔女には、それは「運命を表している」と言われた。
 確かに私には関わる人と私とが様々な色で繋がっているのが見える。人々をつなぐ糸は幾重にも重なって絡まって、ただつるむだけの集団にもなり、また時には心から尊敬する大人へと繋がっていたりする。この出会いは運命に寄るものなのか。それはなんだか寂しいような気がした。
 青い糸は友人と。緑の糸は尊敬する人と。赤い糸はかつて恋仲だった人と。関係性によって色が違うことも経験則で何となく把握できた。
 そんな私から一本の透明な糸が伸びていた。伸びたガラスのように光が屈折するから認識できる透明の、心細い糸だ。
 この先がどこへ繋がるか分からない。けれど、誰かにはきっと繋がっている。今までの糸がそうだったように。
 試しにこの糸を手繰り寄せようと思ったことがある。けれど引けば千切れてしまいそうなその糸に触れることすらできなくて、私はただこの先へ続く人物と出会うことを渇望した。切れてほしくないと願うと同時に、どんな関係性なのか知りたくて、糸の先の朝焼けが透けるのを見ては眠れぬ夜の終わりを知った。
 ある日、私は何をするでもなく街に出ようと電車に乗った。ただ誰も私と繋がっていない世界に行きたくなった。私を縛り付ける糸は電車の車輪に引き千切られて、私は自由に孤独を謳歌した。
自由とは孤独だ。そして新たに糸を結ぶ。卒業や転職を繰り返して人間関係が入れ替わる。それを繰り返してたくさんの糸の残骸を抱きしめて生きていく。
 車窓からは薄い雲の中で光が乱反射して世界が白く光っているのが見えた。この白も透明なのだと私は知っていた。水の粒のなかで光が反射するほど白く目映く光る。街並みから影が消え、世界は下手な風景画のようにも見えた。この塗り固められた日常に私は生きている。
 ふっと、移りゆく車窓から車内に視線を戻すと、透明な糸が向かいに座る青年に繋がっていた。色がつく前の、まだ出会わぬ相手。
 魔女は言った。「この糸は運命だ」と。
 青年も顔を上げた。私の顔が上気するのが分かる。太陽が顔を出して、燦々と降り注ぐ天気雨と世界に陰影が生まれ、天国への階段が見えた。胸が高鳴り肌が粟立つ。相手も目を潤ませて、私に微笑んだ。運命だ。そう信じるのに十分だった。
それでも私達は一言も交わさず、各々電車を降りた。私たちの関係を説明できるものなど何もなかったのだから。
 ぷつり、と淡い桃色に染まった糸が切れる音がした。
 世界の全てと出会うことが無いように、運命もまた全てが繋がることはない。
 そうして私達は一期一会を繰り返していく。出会わない人々の糸を、私はただ愛おしく想った。

お読みいただきありがとうございます。
読みましたの証にツイートしてくださると嬉しいです。

ちぎれて、むすばれて、ほどけて。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-05-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted