Orion meets the Moon
Orion meets the Moon
──あなたに打ち抜かれた私は、
「好き」だと言われて、初めて口説かれているのだと気付いた。ここはランチ後に歩いていて見つけた路地裏の小さな庭園で、自動演奏のピアノに居心地の悪さを感じながら酸味の強い珈琲を飲んでいた。
「好き、って、私を?」
質問してから、とても間抜けな質問だと気付いて逃げ出したくなった。
「そう、君のこと」
彼女の「好き」は珈琲にたっぷりミルクを入れる方が好き、くらいの意味に聞こえた。いや、そうであって欲しいと私が願っていた。
「なんで?」
と、私はまた間抜けな質問をした。
あまりに間抜けだったのだろう。彼女は小さく吹き出して「あなたは本当に可愛いね」と瞳を細めた。
「理由とか、必要なこと?」
「だって理解できないから。なんであなたほどの人が、私のことを?」
私の震えるまつげに、彼女が小さく口づけをした。彼女の首筋から微かにシャネルの香水の匂いがした。
「君は自分の魅力に気がついていないね」
ま、そこがいいんだけれど。と彼女は付け足した。
「で、その、お付き合いするの?」
自分でも恐ろしいほど現実的な話だった。彼女はもちろん私が畏れるほど立派な大人で、私も社会人になったばかり。もう完全な子供とも言えなかった。
「君さえよければね」
「……ずるい」
むくれる私を見て彼女は笑っていた。口角が上がると見える歯は白く輝いていて、弾けば軽やかな音楽が紡がれそうなほどピアノの白鍵に似ていた。
どうしよう、と私は思った。
でも私は私の心を確かめる術を知っていた。
「いいよ。私も、あなたのことを好きになると思うから」
好きになれるかどうかなんて悩んだって無駄だ。だって、悩んでいる時点で好きなのだから。
私達は夕食を共にして、高台になっている公園に来た。冬の星空を眺めることが、私の日課だった。
「私ね、オリオン座が一番好きなんだ」
私達の手はしっかりと繋がれている。寒さが私達の熱をくっきりと感じさせる。
「なんで?」
と、アルコールで蕩けた瞳の彼女が問う。
「一番輝いていて、一番存在感があって、一番私を見下ろしてくれているから」
彼女は相槌をすると、続けた。
「星座は死んでしまった者たちが神によって空に上げられた姿なんだ。オリオンもその一人。恋人だった月の女神に誤って射抜かれて死んでしまった」
でも、と私は切り出す。
「オリオン座には毎日、月が会いに来るじゃない」
彼女が私の肩を抱いた。
「私は死ぬなら恋人に殺されたい。そしていつまでも見守っていたい。一番の輝きで」
「私はもう射抜かれているよ、君にね」
彼女の言葉に耳まで熱を持つ。
始まったばかりの私達が永久を願うのは些か幼いかもしれない。けれど、
「星座の形が変わらないように、永遠に」
──あなたのことを見守り続けます。
Orion meets the Moon
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