俺たちに恋なんてない

佐倉愛斗

  1. 01
  2. 02※
  3. 03(完)

男性同士の性的描写を含みます。

01

なんでわざわざバレンタインデーにチョコレートを食べるのか。俺たちの答えはこうだ。
 別にチョコレートくらい一年三百六十五日毎日食べたっていいし、むしろ食べない日はない。強いて言うならば、バレンタインデー限定スイーツを食べ歩く楽しみが増えることは嬉しい。そう、俺たちに恋なんてない。
 愛知県発祥のチェーンの喫茶店。熱々のデニッシュの上にアイスクリームを乗せたスイーツが有名なこの店は季節感なく甘い物好きと喫茶店好きで溢れている。そのスイーツはレギュラーと一回り小さなミニがあるが、俺たちは迷いなくレギュラーサイズを一人一個。つまり二個注文する。店員はそのような客にも慣れているのか表情を変えない。ついでにアイスクリームの上からかけるシロップも倍量で注文した。
「へー今年のバレンタイン限定はチョコソースにシロップ漬けイチゴのトッピングかあ」
 俺と一緒に馬鹿でかい甘味を食べ歩いてくれる“ばっさん”こと二橋淳之(ふたばしあつし)は眼鏡の奥の瞳をきらきらと輝かせている。視線の先のポスターにはとろけたチョコレートと色っぽい艶のイチゴが描かれていた。
「チョコにイチゴって最強だよなあ。今年は王道バレンタインだ」
「去年は何だったっけ」
「んーと、キャラメルナッツチョコレートだった気がする」
 ばっさんは、あー! と思い出して顔をほころばせる。
「“めい”、よく覚えてるね」
 ばっさんは俺のことを“めい”と呼ぶ。団内では“しめさん”と呼ばれることの方が多い。四姪弘和(しめいひろかず)というのが俺の名前だ。
「インスタに載せてるからな。だいたいのとこはばっさんと行ったところだけど」
「やっぱり男一人じゃ行きにくいもんねー」とばっさんが苦笑する。
「ここはいいんだけどね。老若男女問わず甘い物好きしか来ないし。でも流行のスイーツショップは若い女の子たちばっかりで。男はいても彼女連れ」
 ほんとにな、と俺は同意した。
 だからといって男二人でも浮くには浮く。けど、一人で緊張するよりずっと楽しく美味しいものが食べられる。
「でもさ、また聞かれちゃったよ。『ばっさんとしめさんは付き合ってないんですかー?』って」
「また後輩女子ズ?」
 うんうん、とばっさんがうなずく。頷く度に艶のある黒髪からピアスがキラリと覗く。
 俺とばっさんは同じ吹奏楽団の同期だった。お互い高校まで吹奏楽部に所属し、大学進学のタイミングで市民楽団に入った。お互い大学は違ったが、団で同期は俺たちしかいなかったため自然と仲良くなった。お互い甘い物好きだと分かるとよくスイーツショップ巡りを一緒にするようになり今に至る。
「ミカちゃんとかセオさんとか。面白がってるのかなあ」
「なんで男二人が一緒に甘いもん食ってるだけで付き合ってることになるんだろうな」
 ばっさんが吹き出す。
「それをめいが言うんだ。腐男子なのに」
「BLとリアルの人間関係は違います」
 つとめてすまして言うがばっさんが問う。
「じゃあイケメン二人が一緒にスイーツを食べていたら?」
「一線を越えていてもやぶさかではない」
 やっぱりそうなんじゃん、とばっさんがケラケラ笑う。
「俺たちは別にイケメンでもなんでもないだろ」
「こら、勝手に“たち”って言わないの」
「事実だろうが。彼女いない歴=年齢の俺たちなんだからさ」
 うそばっかり、とばっさんが俺の髪に触れる。去年脱色してパーマをかけたらばっさんに「トイプードルみたい」と言われた。なんとなくそれから髪型は変えてなかった。
 大皿に盛られたスイーツが運ばれてくる。デニッシュの上にバニラアイス。そして倍量の蜜色のシロップ。むせかえるような甘味の香りに胃が動く。
 美味しい物は味わって食えとばあちゃんに言われた気がするが、美味しい物ほど早くなくなる。だからたっぷり食べたっていいじゃない。


 皿に残った溶けたアイスとシロップまですべて飲み干して、食後の珈琲にはスティックシュガーを二本入れた。ばっさんは珈琲はノンシュガーにミルク派だ。
「さっきの続きなんだけどさ」とばっさんが切り出す。
「たぶんだけど、ミカちゃんは僕のこと好きなんだと思う。で、セオさんはめいのこと」
 なるほどねえ、と俺は溜息を吐いた。
「思い上がりじゃなくてね」とばっさんは付け足す。
 吹奏楽団内に男性団員の存在は貴重だ。それだけでちょっとばかりモテる。ほんのちょっとばかり。単にライバルとなる男が少ないからというだけで、中学までは怖い女子部員に虐げられる男子部員の図というものを俺もばっさんも経験していた。高校ではお互いどうだったのかはあまり話したことはないが、お互い似たような物だったのだろうとは予想できていた。
「確かに僕とめいは付き合ってない。でもだからってなんで好きになってもらえると思ってるんだろ」
「ばっさん辛辣だな」
「だって本当のことだし。僕は誰とも付き合う気ない」
「そうかあ」と肘をついて顎を預けた。
「僕とめいがつきあってないのは男性が恋愛対象じゃなく女性オンリーだからって意味じゃないんだけどなあ。かといって必死で否定するのも本業の人に悪いし……一緒にいることに恋って必要?」
 ばっさんはこういうとき可愛い。眼鏡の奥の瞳は水分をたたえて輝いているし、ほんのちょっぴり色っぽいとも思う。けど、俺のこれも、恋じゃない。
 大好きなBLマンガのような恋に憧れても、俺の中にそれはやってこない。
「めい、可愛い顔してた」
「この会話の続きで出てくる科白じゃないと思うが」
「恋はないけどさ」
 じゃあ、何ならあるの?


 喫茶店を出るとそこは昼の歓楽街で、ネオンの消えた雑居ビルと合間にラブホテルが点在している。
「なんでラブホってこうあからさまな見た目なんだろうね」
「看板を作るより目立つからだとさ」
「それもBLマンガから?」
「どちらかというと二次創作用の知識」
 俺が無駄に胸を張ってみせるとばっさんはクスクス笑った。
 視線の先で腕を組んだ男女がラブホテルのビニールカーテンをくぐっていった。
「わーお、こんな昼間っから」
「どーせバレンタイン近いからってチョコレート塗りたくるんだろ」
「めいってときどき性癖おかしいよね」
「腐男子なら一般常識だよ」
 くすくすけらけら笑う俺たちだったが、瞳にはしっかりと熱が灯っていて。
「じゃあ、行きますか」
 入らないの? というばっさんに、俺は普通の性癖だからそんなにシーツ汚しません、と鼻を摘まんでやった。

02※

 アパートに付くとばっさんが俺の首に腕を回す。身長はあまり変わらないので抱き寄せる意味合いが強い。寄せられた唇を舐めるとシロップの甘みとチョコレートと珈琲の香りがした。
 俺たちに恋のような甘さなんてない。あるのは欲と、親愛。
 嫉妬とか束縛とか、俺たちはそういうものがお互い苦手だった。だからって誰彼構わず寝るようなこともしてこなかったし、恋人らしき人もいた。セックスもした。けれど、恋人と呼ばれるポジションの人に「恋」を向けられたとき、俺は恐ろしくなって逃げ出した。だから恋人とは呼ばなかったし、呼ぶことができない。
 なんで俺には恋はないのに性はあるんだ? まるでたらしの欠陥品じゃないか。
「めーい? 悲しい顔をするのはむらっとしてるから?」
「そんな闇の創作者みたいなことしないから」
 可愛い顔でとろけたばっさんの口をゆっくり味わう。薄い唇を柔らかく食んで、舌の力をできるかぎり抜いて絡ませ合う。時折尖らせて軟口蓋を刺激してやるとばっさんが肩をふるわせて声を漏らした。
「めいってキスうまいよね」
「普段からしてるからな、楽器と」
「そういう冗談、後輩女子ズに嫌われそう」
 別に好かれたところで、と俺は笑う。こういう冗談が言える相手と一緒にいたいから。たとえば、ばっさんとか。
 キスで十分身体は火照っていたが部屋の暖房を入れてユニットバスに湯をためる。たまるまでの間窓際のベッドで俺たちは“イチャイチャ”する。恋人じゃない、性のイチャイチャ。でもここに「好き」がないわけではない。
 何が違うのかよく分かんないな、と思っているのに、違うと知っていた。
「ええい、めいが暗い顔してるぞー!」
 ばっさんが俺のズボンのファスナーを下ろしてボクブリの上から鼻を当てる。当たるあたたかい息に俺は緊張と弛緩の両方のような心地になる。安心するけれど臨戦態勢とでも言おうか。
「おい、いつまで嗅いでるつもりだ」
「ほら、これで甘かったら僕たち『ようこそ糖尿病』しちゃうじゃん?」
「何その嫌すぎるネーミング」
「というわけでチェックしてるんだよーくんくん」
 はいはい、と呆れていたら下着の上から咥えられて息が止まる。与えられる快楽はやはり確かだ。
「ふふ、めい可愛い」
「ちんちんに向かって言うのはなんか違うからやめて」
 はいはーい、とばっさんは楽しんでいる。普段控えめな方なのにこういうときはノリノリなのだ。可愛いんだかなんなんだか。
「ばっさん、俺も触っていい?」
 ん、とばっさんが登ってきて俺たちの顔の高さは一緒になる。時折キスをしながらお互いのものを触り合った。手が濡れている。服は脱いでベッドの下に。キスは唇から耳、首筋へ。ばっさんの声は可愛い。耳に心地よくていつまでも聞いていたくなる。この行為にいつまでもがないことを知っていても。
「お風呂沸いたね」
「じゃあ先入るね」
 頬を赤らめたばっさんが風呂で『準備』をする。最初は慣れなかった行為だがいつの間にか覚えて生活の一部になっていた。自転車に乗れるようになったとか、リンゴの皮を剥けるようになったとか、そういうものに近い。BLコミックスで知っていた知識と近いところもあるがあれは結局フィクションであり誇張されている。リアルはやっぱりちょっと厳しかった。
 ばっさんに呼ばれて俺も浴室に向かう。カーテンを閉めて常夜灯を点け、バスタオルを持つ。
 湯船はとてもとても狭いけれど頑張れば男二人入れるので俺の脚の間にばっさんが座る。抱きしめていると男の身体のたくましさにちょっとだけ羨ましくなる。俺は別にセックスに性別を選ばないけれど、外見の好みはあるようだ。
 後ろからうなじを食んでいるとお湯の味がした。入浴剤を入れたのか微かにしょっぱい。ばっさんが声を上げていることがうれしくて夢中になっていた。
「もうだいじょうぶだから、ね?」
 ばっさんのペニスはお湯の中で確かにたちあがって揺れている。そして俺のものはばっさんの腰、骨盤のへこみのあたりに当たっている。
「ここマッサージしておくといいらしいな」
 ぐりぐりと押し当ててみるとあられもない声が出た。
「もうっ、めい、そこ効くの女の人だけだから」
「へぇ……ばっさんって女の人なんだ」
 脳天にチョップを食らった。トイレの蓋の上のバスタオルを一枚かっさらってめいが出ていく。怒ってるところも可愛いんだよな、となんとなく考えていた。


 遅れてベッドに行くとばっさんが身を固くしていた。いつもこのタイミングでめいは固くなる。ほぐしてやらないと痛いのは自分なのに。
「ばっさん、まだ怒ってる?」
「怒ってないし」
「じゃあおいで」
 シーツの中で腕を広げるとばっさんが滑り込んでくる。
 抱き合うとお腹にお互いのものが当たる。そのことにひどく興奮する。それは俺だけじゃないようで、ばっさんの鼓動が痛いほど聞こえてくる。
 風呂で暖めるのも身体をほぐすため。その方が挿入が幾分楽になる。じゃあ心は?
「ばっさん、もうちょっとこうしてようか」
「めいがやさしい」
「俺はいつだってそうだけど」
「うそばっかり」
 俺のことを好きだという人たちには優しくできなかった。けど、ばっさんは言わないから。
 抱き合いながら今年発売のバレンタインスイーツの話と、今年度末の定期演奏会のことと、あとはとりとめのない雑談をした。
 雑談をしながら身体を擦り合わせる。たまに微かな力のみで身体を撫でるとばっさんが身体を反応させ、ときおり声を漏らした。そして気付けば熱っぽい瞳から涙を落としていた。
「何も泣かなくても」
「泣いてないし」
 ばっさんの眼鏡を外す。しずくを舐め取ると確かにしょっぱい。人間の味だ。
「もうそろそろする?」
 ばっさんはうわずった声で同意した。


 準備はしてあってもここからさらにほぐさなくてはならない。けれど不思議なもので心がほぐれていると身体もほぐれやすい。
 ローションの力を借りて指を二本挿入する。ばっさんの声の質が変化する。より艶っぽい。音色が変わる楽器のようで楽しくなる。
 コンドームをつけてゆっくり挿入する。恋でもないのにこうしていると「好きだな」と思う。恋じゃない「好き」ってなんだろうと嗤いながら。
 律動は最初は小さく、確かめるように圧迫していく。
「めいっ、そこばっか」
「いいでしょ」
 恥じらいから肯定できないばっさんが腕で顔を覆う。腕をシーツに縫い止めるとキスをした。合わさった口の間から律動に合わせてばっさんの息が漏れる。
 やがて律動とは関係のない長い声が漏れる。それが合図だった。
 ばっさんの少し柔らかいペニスに手を添えて一気に中と外から刺激する。こんなことをしていると職人にでもなった気がする。的確に刺激を与えたら反応するものは面白い。楽器も、身体も。
「っあ、だめ」
 ばっさんが達する。俺の手のひらに確かに熱いものがこぼれ落ちている。
「っえぇ……」と無気力な安堵の声を上げて強張らせた身体をベッドに沈める。
「俺まだなんですけど」
「あー、はい。がんばります」
 決して嫌という意思表示ではなく、ここからやってくる強すぎる快楽に呆れすら抱いているという意味だった。

03(完)

 ゆっくりととろけるような行為の後、俺とばっさんはうたた寝をしていた。性のけだるさはしっかりとあって、冬の冷たさをふたりで溶かし合っていた。
 身体の関係はいつからだっただろうか。家で一緒にプリンを作って、食べて満足したら抱いてた。別にBLを読むから男を抱けるわけではないけれど、予備知識にはなった。違うことも多かったけれど。
 俺は彼女ができたことがない。恋に憧れはある。恋する相手に別に性別はこだわらない。けど、できたことはない。そう思うことにしている。
 ばっさんはきっぱりと恋はしないと言った。恋をあげられないのだから、恋を欲さない人間と一緒に居るのがちょうどいい。そんな打算もある。
「めーいー」
 寝返りを打ったばっさんが腕の中に潜り込んでくる。眼鏡をしていないばっさんの顔はいくぶん幼く見える。俺は抱き寄せて唇を合わせる。さきほどの甘みが残っていて、おいしい。
「ふあ、たべないでよ。えっち」
「えっちなことしに付いてきたんでしょ? ばっさんは」
 えっちなことは嫌いじゃないですー、とばっさんは唇を尖らせた。
「あー、ミカちゃんからLINE」
「俺もセオさんから」
「もしかしてバレンタインのお誘い?」
「うん」
 俺たちは顔を見合わせてクスクス笑った。
 勇気を出してくれてありがとうとは思う。けど、ないものはあげられない。
〈バレンタインデーは、ばっさん/めいとデパートのチョコレートフェア行くのでごめんなさい〉
 また甘い物食べよ。あと、太らないよう運動も、ね?

俺たちに恋なんてない

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俺たちに恋なんてない

バレンタインデーじゃなくてもチョコレートは食べるし、恋人同士じゃなくてもセックスする。それって何かおかしいこと?

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日 2020-05-17

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