涙色の箱庭

男性同士の強い性的描写を含みます。

涙色の箱庭

「この世で最も白いものが欲しかった」と彼は言った。彼は僕の横で小さく眠っている。胎児のように丸くなった背中に触れる右腕が、彼の規則正しい、生物らしい拍動を感じている。
 彼の名前は知らない。今日、目が覚めたらここにいた。彼にさらわれて、触れて、そして。
 彼が小さく呻いて寝返りを打つ。音がするように大粒の雫が閉じられた瞳の端から落ちる。雫はシルクのシーツに落ちる前に薄紅の花弁に変わった。甘い香りの奥に植物の生きた青臭さがある。それを心地よく思い、僕もゆっくりと瞳を閉じた。


「この世で最も白いものが欲しい」
 彼は僕の性を欲していた。
「それが本当にきみの欲しいものですか?」
 そうだ、と彼は断言してみせた。欲情の色などちっとも見せないで。
「いいですよ、別に」
 ただ、と僕は続ける。
「僕も人間なのでそれなりの刺激がなければ反応しません。意味は分かりますか?」
「お前が人間? その葡萄色の瞳でか?」
 彼の語尾が上がる。
「何か否定できるところはありますか? ただの人ですよ。少なくとも僕は」
 僕の縛られた腕を押して彼はのしかかる。わなわな震えている。哀れだ、と思うことはしなかった。
「いいから早く寄越せ。俺には必要なんだ」
「言ったでしょう? 僕も『ニンゲン』なので」
 刹那、彼が叫ぶ。残念なことに彼が何を言ったのかは聞き取ることができなかった。


「んっ、はっ、やぁ」
 彼が息を漏らす度に花が舞った。声が、熱が、汗が、色とりどりの花弁となって降り注ぐ。そして時折、涙も。
「舌、出してください」
 えぅ、と出された赤い舌を口に含む。吸い上げる度に彼が僕を求めて締め付ける。舌の裏をつつくと彼は耐えきれないとばかりに身体を震わせた。
「っや!?」
「まだ出しちゃダメです。欲しいのは僕でしょう?」
 彼の反論を聞く前に中のポイントを突き上げる。泣き声にも近い悲鳴の後で彼はまた花を散らした。
「感じると花が出るなんて、可愛い体質ですね」
「うる、さい。バケモノのくせにっ……。バケモノがっ、俺なんかと」
「バケモノですか。同じだなんて思いませんが、きみが求めたのは白い性でも白い僕自身でもない。きみの救いでしょう?」
 それとも、浄化とでも言いましょうか。
 意地悪が過ぎたのか涙色の花が雨のように降り注ぐ。彼を覆う僕の背中を撫でて、僕達を芳しい海に溺れさせる。
 彼の奥を丹念に刺激する。一段と高い嬌声が理性もなく漏れる。僕の静かな興奮が伝わって、彼の体温が上がる。
 僕も限界かもしれない。
「ひあっ!? ダメ、まって、あっ」
 深く、深く彼を穿つ。彼が僕の何を求めたかは知らない。彼の自己愛でしかない。それでもいい。僕は快楽に呑まれたっていい。それが人間だから。
 彼が僕を抱き寄せ、唇に噛み付いた。
 精を注ぐとき、擦り切れそうな思考の向こうで悟った。彼が同情を求めたんじゃない。僕が彼に同情していたのだと。


「なあお前、なんで俺を抱いた」
「なんでって、傷付くだけなのに聞くのですね。自傷癖ですか?」
「セックスも自傷みたいなもんだろ」
 この部屋は箱庭の中にあった。
「傷付けるつもりがなかった、とは言いませんよ」
 大輪の花たちの中で、彼はひとりきりで暮らしているという。
「残念ながら僕には何もありません。色がないように、きみの奇跡の力ほどのものは」
「何が奇跡だ、こんなもの」
 熱が残る肩を抱いて、彼の黒い髪に鼻を埋めた。彼の体臭すら蜜のような甘さがあった。
「これは呪いだ。何の因果かは知らんが、俺は呪われた子だ」
「君が呪いだと思っているうちは、ね」
 うるさい、と彼はシーツを被る。
 彼の肩越しに見えた庭の壁は、きっと彼が呪い続ける限り消えないのだろう。

涙色の箱庭

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涙色の箱庭

「君が求めたのは白い性でも白い僕でもないでしょう?」アルビノ×魔法使いBL

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2020-05-17

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