君だけだよ〜青嵐吹くときに君は微笑むシリーズ〜

人気長編シリーズ『青嵐吹くときに君は微笑む』シリーズの番外編です。4人のバレンタインデーは如何に!?

君だけだよ

 バレンタインデーと言えば男子たちがそわそわと浮きだって、少しでも自らのステータスの高さを誇示しようとする日、だった気がする。
 しかし俺はそのそわそわ感に参加することなく「チョコねえ……」とどこか別世界のことのように、丸見えの欲望を隠す男子たちを冷めた目で見ていたことを思い出す。
 毎年、妹の滴・作のダークマターの毒味に付き合わされるためチョコレートは嫌というほど食べさせられる。
 これ以上チョコはいらん! と宣言すると友人たちには「負け犬の遠吠え」と笑われた。
 でも本当に、好きな女の子からチョコレートをもらうことに一寸の興味を持てなかったのだ。今年までは。


 さて、問題です。男同士のカップルはどちらがどちらにチョコレートをあげたら良いのでしょうか。
 街の広告が甘ったるいピンクとブラウンで彩られ『Happy Valentine Day』の文字が踊るようになってから俺は焦り始めた。
 うーん……渚先輩は作るのだろう。やはりネ……ゔゔん、俺達の性事情を読者様に知られるのはいかがなものか。上とか下とかネコとかタチとか右とか左とか色々な言い方があるが、そのあたりは明言しないでおこう。可愛い渚先輩を思い出したら止まらなくなりそうなので思考を無理やり冬の空気で冷やし固める。
 とりあえずそうだな、作って、みるか。


 重要なことを思い出した。俺は殆どお菓子を作ったことがない。チョコレートは溶かして固めるだけかもしれないが、それはとても食えたものじゃないとダークマター経験者としては知っている。滴の名誉のために言うが、最近の滴のチョコレート菓子は一応食べ物だ。
 どうしたもんかととりあえずコートを着てスーパーへ向かった。
「おっす、モサ男」
……そうだった、スーパーには華さんがいるんだった。今日は比較的まともな服装をしている。スーパーのロゴが入ったエプロンの下はミニスカニーソだけれど。
「華さんは相変わらず外で販売なんすね」
「そりゃあたしは看板娘だからね」
 ほれほれ、とスカートを揺らしてみせるが残念ながら全く興味がなかった。寒そうだな、くらいには思っておこう。
 うず高く積まれた包装された箱。中身はもちろんチョコレート。うむ、買うという方法もあるのか。
 ほほーん? と華さんが糸切り歯を見せる。
「童貞卒業して調子乗っちゃってる男子代表の零くんはナギちゃんにあげるチョコレートを買いにきたのだな?」
 余計なことを散々言われた気がするがとりあえず同意しておいた。
「どれにする? 高校生じゃそんなに高いの買えないでしょ」
 一番小さな箱で七百円くらい。なんでたった数粒でこんなに高いんだ?
「その……手作り、しようかなー? なんて」
 華さんが目を見開いて、次の瞬間には腹を抱えて笑っていた。なんだよ、どうせ童貞卒業して調子乗ってますよ。
「で、スーパーで材料見てテキトーに作ろうとか考えてない?」
「ま、まあ。滴が毎年作ってるの見てるんで」
 甘いっ! と華さんが人差し指を向ける。
「お菓子はそんな簡単に作れないのだよ」
……毎年作ってる滴ですらダークマターだもんな。
「まあまあ、そこで絶望するのはまだ早い。これを見たまえ」
 華さんの手には「かんたんにつくれるガトーショコラ」と印刷された箱があった。
「初心者はキット使った方が確実なんだよ。モサ男が炭まみれになるところを想像すると笑い死ぬからね」
「こんなのも売ってるんすねー」
 そりゃあたしのスーパーですから。と店長でもないのに華さんは嬉しそうだった。
「しっかりやりんしゃい」と華さんに背中を叩かれたところが痛くて嬉しかった。


 買い物を済ませて帰宅すると、滴がダークマターを持って玄関で鎮座していた。
「お兄ちゃんおかえり」
 語尾にハートマークをつけるな気持ち悪い。こういうときは大体悪いことが起こるときだ。
「味見、して?」
 渡されたのは犬のウン……歪な形をした生チョコだった。
「うむ、今年は食えるな」
「食えるって何さ、お兄ちゃんの馬鹿。友達以外に渚先輩にも渡すのに」
 えーと、渚先輩は俺の恋人だが?
「お兄ちゃん知ってる? ゴールキーパーがいてもシュートは打っていいんだよ」
 無駄に色気づいた妹が恐ろしくて買ってきた材料はそっと背中に隠した。


 さて、家族が寝静まった隙をついてガトーショコラを作った。思ったより簡単だった上にご丁寧にハート型だ。しかもラッピング袋まで付いていた。華さんグッジョブ。
 味もまあ悪くない。どうして滴のチョコレートがあんなに不味いのかが不思議なくらいだ。
 それにしても、友チョコねえ……。
 俺は大きくため息をついた。ぴとん、と水道から一滴洗い物に雫が落ちる。
 渚先輩のことだから華さんや滴、大学の友達にだってチョコレートをあげるのだろう。
「なんか、嫌だな」
 小さな独占欲が甘味料で胸焼けした胃をキュッと締め付けた。


 さて、やってまいりましたバレンタインデー当日。俺は高校を出ると真っ先に渚先輩のマンションに向かった。
「いらっしゃい」という笑顔が眩しくて、玄関で抱きしめる。
「もー、零くんったら」
「渚先輩の補給です」
 はいはい、と苦笑いしつつも背中に手を回してくれる彼が愛おしかった。
 リビングに上がると俺はカバンからブツを取り出す。
「渚先輩、その、チョコレート作ったから……」
「えっ?」
 渚先輩の耳がみるみる赤くなる。
「僕、もらうの初めて。えっ? 零くん作ったの?」
「はい、キット使いましたけど、なんとか。受け取ってください」
 花が咲いたように笑う。彼はしっかりと受け取ってくれた。
「ありがとう……その、僕からもあるの」
 渚先輩が冷蔵庫から取り出したのは、赤いチョコレートだった。
「零くんイチゴ好きかなって。それでね、零くん」
──あげるの、零くんだけだよ。
 潤んだ瞳に俺は吸い込まれた。なんでこの人は俺の思っていることが分かるのだろう。
「華さんはいいんですか? あと、滴とか」
 無粋なことを聞いてしまった気がする。でも、引き返せなかった。
「華ちゃんは職場で死ぬほどチョコレートもらうから美少女以外からは受け付けないって。滴ちゃんは……零くん嫌でしょ?」
 俺は否定することも頷くこともできなかった。
「ね? だから僕からは零くんにだけ」
 渚先輩を強く抱きしめた。ふんわりとした彼の体温が固まった心を溶かす。
「大好きです、渚」
「ふふ、知ってるよ。零くん」
 渚先輩と一緒にそれぞれのチョコレートを食べて、こたつでゴロゴロと二人の時間を楽しんだ。
 そして滴には「必ずシュートを止めるゴールキーパーなので華さんにでもプレゼントしなさい」とメッセージを送っておいた。

君だけだよ〜青嵐吹くときに君は微笑むシリーズ〜

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君だけだよ〜青嵐吹くときに君は微笑むシリーズ〜

渚って、みんなにチョコレートあげるのかな……小さいな、俺って。

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更新日
登録日
2020-05-17

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