ノットイコール

 ヒナみたい、鳥の、こども、ちいさな赤ちゃん、そういう類の、やつだったのだ、彼は、よわよわしくて、かわいらしい、いきものだった。
 町の、かたむきかけた時計塔のなかに、ぼくは住んでいて、彼はその時計塔のてっぺんに、ときどき、遊びにやってきた。夏になると、蝉が、アスファルトの上に転がって死んでいるのを、彼は、こわいと言った。アイスクリームをあたえると、よろこんだ。コンビニエンスストア、という便利なものが、となりの町にはあって、ぼくの町にはなかったけれど、あまり便利すぎるのもなぁと思っていたので、然してこまることはなかった。かたむきかけた時計塔を、しゃんと立て直すことを、町役場のひとたちは渋って、とにかく、お金がないの一点張りで、ぼくは、でも、確かに町が、財政難であることはよくわかっていたし、このまま倒れてしまっても、それは仕方ないのかなという心持ちだった。さいわい、時計塔のまわりは民家も店もなく、空き地である。彼は、ぼくが、ちょっとえっちな映画を観ていると、ぽてぽてとやってきて、えっちだ、と言う。テレビ画面に映るベッドシーンを指差し、言う。彼は、でも、みためはヒナのようなものだが、中身は立派なおとなで、ぼくよりも何百年と長く生きているものだというのに、いつまでもたどたどしく、つたない。
「とけいとうを、きみは、まもってくれるの」
 問われているのか、それとも、これは、確定事項なのか、判然としない調子の彼は、時計塔のてっぺんの、時計をうごかしているゼンマイや、車輪のまわりを、くるくると飛び回った。ぼくのおじいさんの、そのまたおじいさんの代から続いていることなので、ぼくがこの時計塔をまもることは必然であり、義務でもあった。運命に縛られている、だとか、決められた線路の上を走らされているだけ、などと思ってはいけない、と教えつけられたので、ぼくは、彼の言うことに、こくりとうなずいた。
 コンビニエンスストアという店には、アイスクリームが山ほど、売っているらしい。
 時計塔がかたむきかけているからか、この町全体が、まいにち、わずかに、かたむきかけている気がしている。目には見えない。
 均衡を保つ、という意味で、世界は、うまい具合につくられているのだと思うと、なんだかな、とも思う。
 さみしいときに限って、彼はいなかった。

ノットイコール

ノットイコール

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-05-15

CC BY-NC-ND
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