三題噺「詰替」「火鉢」「絶壁」

「うー、寒いなぁ」
 私は自宅に入ると家の中心に鎮座している七輪に火を入れた。
 この家にエアコンなどという高価な暖房器具は無い。あるのはこの年季の入った七輪だけだ。寒いのをガマンすること10分。ようやく炭が赤く光りだす。それとともにだんだんと家の中も暖かくなってきたようだ。私はラジオをつけると椅子に体を横たえた。
 私は現在無職だ。次の仕事を見つけるまで無駄遣いはしないと決めている。
 実はこの家も断崖絶壁に打ち捨てられていたのを勝手に拝借している。見えるものは海だけで近くの道路も車が通ることがまれなほど寂れた場所だ。そうそう文句を言われることもないだろう。
 この七輪もそうだ。昔、片言の外国人が火鉢だと言って売りつけてきたので、違法就労じゃないのかとカマをかけてやったら口止め料として置いていったのだ。おかげで今日のような寒い日にも大活躍だ。
 部屋が暖まってきたので私は体をすっぽりと覆っていたダウンコートを椅子に放り投げる。このコートもゴミ捨て場から拾ってきたものだ。片側のポケットに穴が空いているだけでまだ使える。ラジオもそうだ。外側が少し汚れていただけで十分使えるものだった。こういう掘り出し物を見つけた日には日本という豊かな国に生まれたことを感謝したくなる。
 仕事はまだ見つからなかった。今日は朝から5キロ離れたスーパーまで特売品を買いに行った。自動車など当然持っていないから、これもまた道端で拾った自転車での買い物だ。慣れない運動でだいぶ汗をかいてしまったがこの家に風呂はない。夏場は海まで崖の横の道を降りて、詰め替え用のシャンプーで体を洗ったりもしたものだが今の季節には到底無理な話だ。しばらくは我慢するしかない。
「ハ、ハクシュン!」
 汗で体が冷えたようだ。ふと外を見るとちらほら雪が見える。外と中の温度差でギシギシと家が軋んでいる。どこかからヒューヒューと音がする。隙間風のようだ。私が窓の周りをガムテープで塞ぐと音は止んだ。私は椅子にどっかりと座り込んだ。
「……仕事を辞めてもうすぐ半年か」
 実家には何年も帰っていない。姉に子どもが生まれたことを知ったのは5年前だったか。私は大きくなったであろう姪っ子の姿を想像してみようとしたがぼやけてしまって無理だった。
「明日駄目だったら家に帰るかな」
 つまらない意地を張っていても仕方ない。実家の世話になるのは心苦しいが限界が見えてきているのも事実だ。家らしきものがあったとしてもそれは家であって家ではない。それならとりあえず明日が駄目でも駄目でなくても一度実家に顔を出そう。そうするのが最初から一番良かったのだ。
「よし、それじゃあ先に手紙でも出しておくか」
 私は紙とペンを取り出すと手紙を書き始めた。
 窓ガラスは白く曇り、日が暮れていく。おそらく自転車を漕いで疲れていたのだろう。私は手紙を書きながらいつの間にか意識を失っていた。

「おい、まただよ」
 眼鏡をかけた初老の男性が文面を読みながら妻に声をかけた。
「ここんとこ毎日じゃないか?」
「そうですねえ」

「遺書を残して車内で七輪を焚いて自殺! もういい加減にしてほしいもんだね。」

三題噺「詰替」「火鉢」「絶壁」

三題噺「詰替」「火鉢」「絶壁」

「うー、寒いなぁ」 私は自宅に入ると家の中心に鎮座している七輪に火を入れた。 この家にエアコンなどという高価な暖房器具は無い。あるのはこの年季の入った七輪だけだ。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-03-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted