モンシロチョウ
モンシロチョウ
午前六時、駅までの道のりは静かで、木の葉一枚たりともそよがなかった。
カバンの中にはケータイと一冊の本だけ。この前私が書いた小説。たくさんの人に褒めてもらった小説。褒めて欲しかった人に褒めてもらえず、紙くずになった小説。
ふと、LINEの通知音がなり、アプリを開いた。母親からかと思ったが、杞憂だったようだ。剣道の予定表と練習メニューが届いていたので、ある程度目を通しはしたが、汚いものを見るような目つきで鋭くにらんだ後、電源を落としてしまった。
私が助けて欲しいときは放っておいたくせに、今更心配してくる先輩たちや、先生たち、両親、友達。ツルのように絡みつく感じが鬱陶しくてたまらない。
みすぼらしい公園のベンチに深く座り込む。ブランコ以外に遊具という遊具のないこの公園は、夜中になるとヤンキーたちがたむろするため、昼間でさえ住民たちが寄りつくことはない。何の役にも立たない、ただそこに「ある」だけの公園。それでもベンチの脇に立っている桜の木が、あたたかく柔らかい匂いを振りまいていて、心が自然と落ち着いてくる。私のことをわかってくれるのは、この桜の木だけ。
今日は、こんなことがあったんだよ!
先生がすっごくウザくてさ!
先輩たちもおせっかいだし!
調子に乗るのも大概にして欲しいよね!
いつものようにしょうもない、低レベルの愚痴をこぼすたびに、桜の木はそよそよと返事をしてくれる。
春になると、花びらをいっぱい振りまいて、私の誕生日を祝ってくれる。
今年の春は小説が売れたことを報告したら、白いモンシロチョウが小さくてかわいい花のまわりをとんでいるところも見せてくれて。
そのとき、私はまだ知らなかったのだ。桜の木には私の他にももう一人、寄り添っていた人がいたこと。それがアメリカに行ってしまったはずのクラスメイトだったこと。そのクラスメイトが、大きな木の上から、こちらを見下ろしていたこと。
白いモンシロチョウは、いつまでも私と彼の周りを危なっかしく飛んでいた
モンシロチョウ