サマーナイツガール
兄さんからの手紙 ①
親愛なる弟へ
もしも女の子に告白をされたら
10秒以内に俺も好きだよ
と言ってあげなきゃならない。
だがもしも、
おまえのほうから女の子に告白をして
10秒以内にいいよと言われたら
そいつにはかなり問題性がある。
考え直すべきだ。
真ん中の兄より
宅配ピザの終焉
高校3年時の春先から夏にかけて、とにかくピザがたまらなく好きで仕方なくて、そればかりをやみくもに食べていたことがある。
要するに、俺の頭の中には3人くらいの様々な分野における神様が住んでるんだけど、そいつらが全員口を揃えて「おまえは今ピザが食べたくてしょうがない」と毎日叫んでくるわけ。そのせいで俺は朝起きればピザのことを考え、夜眠りにつきながらピザのことを考える、みたいなことになった。
いつだって食べるのは宅配ピザだった。はみ出すくらいにたっぷりのブラータチーズとか、チェリートマトに濃厚でクリーミーなモッツァレラとか、熟成ミートラバー&ポテト&ベーコンとか、本場イタリアもうなったフレッシュな味わいにコクのある旨味が広がるなんとかとか、ニューヨーカーの一日を満喫できるハッピーデリシャス・クラシックセットだとか、食べごたえあるズワイガニと大海老がたまらない海の幸オールスターズとか。まあ、そういうもの。
(↑この文章は長いので読まなくていい。)
もっとも懇意にしているチェーン店があったんで、そこの一番安いメニューであるマルゲリータにペパロニをトッピングに頼むのが常だった。だからドライバーの間じゃ「ペパロニボーイ」って名で通ってただろうな。分からんけど。
俺は自分の部屋のベッドの上で数えきれないくらいのピザを食べた。
これは比喩じゃない。ベッドの上で食べたなんて言うと、なかなか大胆な想像力を働かせるやつらもいるだろうけど、全然そんな話じゃないから安心しろよ。間違いなくそれは本物のピザだし、女の子がデリバリーされてきたことは残念ながら一度もない。
だけど代わりにというか、女の子たちと夜中に電話しながらピザを食べるのはしょっちゅうあった。
「それでね、お父さんが女子大に行けってうるさくってえ……」
なんていう、どこの方角へ向かって喋ってるのかも分からないような生産性のない話を聞いてる間に一枚くらい余裕でたいらげちゃうわけ。なにしろ俺はピザを食べるのがものすごく上手で、つまり器用ってことなんだけど、片手でひょっと持ち上げて何一つこぼすことなくぺろっと食っちゃえるんだな。
そうすると女の子たちはすごく喜んで「ルタってば、またピザを食べてるの?」とかクスクス笑うわけ。
翌日学校に行くと、昨晩熱心に電話を掛けてきた彼女は、自分の友だちにすごく大きな声で「ルタは電話してる間、ずっとピザを食べていてね」って誇らしげに自慢してるんだよ。電話相手が自分の話もろくに聞かずにピザを食べているってのに、あんな幸福な顔して話せるってなかなかの才能だよ。ちょっと心配になるくらい。
もちろん俺は、学校にも宅配ピザを頼んだことがある。だけど、担任の若くて健康的な男性教諭が「あいつは受験勉強のストレスで頭がおかしくなったんだ!」とか言って本気で心配されたのでやめた。
なにより両親が血相変えたな。「おまえは18歳にもなってなにをしてるんだ。少しは兄さんたちを見習って────」云々。
俺には年の離れた兄貴が二人いる。上の兄はすごくクールで紳士的な男で、真ん中の兄は涙もろくて信心深い男だ。どちらもすごく魅力的だね。いつも彼らの腕には毎回違う女の子の身体が寄りかかってんだぜ、なかなかのことだよ。
で、二人の兄貴たちはとうの昔に家を出ているし、今じゃ俺だけが両親と暮らしている。父さんは動物病院の開業医で、母さんは我が家で豊かに暮らす数多くの子犬たちの世話で毎日大忙しなんだな。
俺のことより子犬たちへ真剣に教育してんだよ。それでちょろっと学校にピザの配達をお願いしたらこんなに叱られるなんて、思ってもみなかったな。
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そんな俺だけど────急に風がやんだみたいに、波の音が聴こえなくなったみたいに、森のざわめきが消えたみたいに、ぴたりとピザの暴食をやめることになった。ほかに夢中になることができたからだった。
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柊里瀬はその日、進路指導室で若くて健康的な男性教諭に抱かれていた。
俺が景気よくガラッと部屋のドアを開けた先に、ちょうどよく彼女が4つの机を寄せたところに組み敷かれて、かなり尋常じゃない勢いで担任からやられちまってるところに出くわした。一瞬で彼女だって分かったな。
なんかもう、ぴんときたんだよ。その彼女の綺麗で白くてなめらかな肌といったらすごいものがあったから。
だけど、あんまりよく見ているわけにもいかなかったので、そのままドアを閉めずに立ち去った。
「せめてドアを閉めていってくれ!」
と叫んで、スラックスのファスナーを締めながら廊下に飛び出してきた担任を見て、俺はぎょっとした。
「先生、落ち着けよ」
「ああ大丈夫だ。俺はすごく落ち着いてる。本当に」
担任は額にびっしょりと汗をかいていた。分かるよ、ずいぶんと夏日だものな。
今日は夏期休暇が始まって2週間くらい経った8月初旬の午後で、俺はこんなに暑い日にどうして進路面談なんかしなくちゃならないんだって、ものすごく文句たれながら学校にやってきたけど、これほど恐ろしい現場に遭遇にするんだったら本当に来るんじゃなかった。
「は、治田、いや、そのさあ」
「なんすか」
「治田が時間通りに来るなんて思わなかったんだ」
なあ、こうも絶望させられる言い訳を聞いたのは生まれて初めてだ。俺は心底目の前にいる教師に幻滅しながら「ドアを開けて本当にすみません」と謝った。
「誰にもなにも言いませんって。これ本気で」
先生は「悪いけど、おまえのことは何一つ信用できないよ」と言った。
さっきからすごいこと言う教師だな。どうして俺が責められている、みたいなことになるんだろう?
サマーナイツガール