銭の重みと仏ごころー4

ある一人の僧侶の話ー4

僧侶は、流れ着いた野菜を見て、安堵するとともに
すぐさま川漁師の老人と一緒に舟に乗って、網にかかった野菜を取り込み始めた。
網にかかったもの全てを舟に乗せ、岸で待っている人足の男のもとに近づいたとき、川の上流から野菜が一つ遅れて流れてきたのを見た。
その時、ふと、僧侶はその様子を。いくらきれいな水の流れに乗ってやってくる野菜でも、川は所詮川である。その流れに乗ってくる野菜を人は好んで食べたいと思うだろうか。と、いう素朴な疑問を抱いた。
私は効率ばかりに気を取られていて、少し焦っていたのではないか。と、思い始めた。
余程、腹が減っているものでもない限り、川に流されてくる野菜を食う者はおらんであろう。私は間違っていた。と、僧侶は思った。そう思い立つと僧侶は早速、大八車に乗せた野菜を近くの農家の井戸を借りて、全て丁寧に洗い直した。これでよかろう 
もう思い病むことはあるまい。そして晴れ晴れとした心持ちで町まで出かけて行った。
町まで着くと、大勢の客達が待っていた。僧侶が洗った野菜を売っていることは、もはや町中に知れ渡っていた。お客にしてみれば、もしかすると坊さんが売っているもの自体に、何やらありがたみを感じていたのかもしれなたい。
最近では、野菜を銭と交換する時、お客の方が、 野菜を押しいただいている体を見せていた。 
僧侶としては。これはたまらぬ。これはいかん。と、思い始めていた。そして、はたからみれば、 これは何やら怪しげな商売になっているのではないか
と、思った。
すぐさま これを変えねばならぬ。と、思いつつ、
どう変えれば良いのか思案せねばならなかった。
いっぺんに持ってきた野菜は、半時ほどで全て売り切れてしまった。悪巧みを考えているものなら、うまい商売である。
僧侶は、おかしな噂が立たぬうちに、対策を講じねば。と思い、次の日から、策が整うまで、当分休業にでもするか。などと考えていた。
売上の中から、川漁師の老人と人足に手間賃を渡した後、僧侶は寺に帰っていった。
帰る道すがら。また、人を雇って代わりに売ってもらうか。ということを思いついたが。 私は僧侶であって、商人ではないのだが、、、、。という思いがまたもや頭を悩ませた。
そんなことを考えている時など決まって、 人はさらに嫌な思いをするものか、一人の武士が、僧侶の行く手てを遮って、こう話しかけてきた。
そなた、坊主の身でありながら商いもするのか?。
儲けた銭で何をする。よもや夜遊びではあるまいな
?。と。
それを聞いた僧侶は。 寺の修繕に使うのでございます。それ以外ではございません。と、言うと、武士
は、 そなたが何度も酒屋で酒を買っているところを見かけたというものもおるぞ。それは真か?
と、聞いてきた。
僧侶は、自分で飲んでいるわけではないのだが。と
思いつつ、黙り込んでしまった。
その様子を見た武士は、黙っているところを見ると
真のことのようじゃな。と、言い、だんだん腹が立ってきたのか、僧侶にさらに近づき、右手で僧侶の胸ぐらを掴むと、左手で拳を握り、この生臭坊主、
寺で酒を飲み、肉を食らうか。と、 吐き捨てるように言い、殴りかかろうとした。
左手で殴るということは、右利きの多い日本人としては、手加減はせぬということなのかもしれない。
さらにその武士は、目を吊り上げて、殴りかかろうとした間際、貴様、一体どこの生臭坊主じゃ。 どこから来よった。と、言った。驚いて体の固まっていた僧侶は、うわずった声で、山の寺から参りました
とだけ答えると。
その武士は、体の動きをピタリと止めて、何に?
山寺から、、、、。 と言い残したまま、すごすごといってしまった。 僧侶は、冷や汗を拭いながら、
なぜあの武士が立ち去ったのかすぐにピンと来た。
あの寺にはやはり何かある。と、思った僧侶は、
かねてからの疑問を解くため、一度町まで戻って、
誰かに何か知らぬか聞いてみようとした。
だが、この一年、自分が山の寺からやって来ていることは、町人は皆知っているが、先ほどの武士のように、毛嫌いされたことはただの一度もない。 不思議である。なぜなのか?。
僧侶は、道行く人を捕まえては、山寺のことについて、何か悪い噂は存じませぬか?。と、尋ねてみたが、誰一人として、悪く言うものはおらなかった。
町人の中には、山寺の存在すら知らぬ者もいて、僧侶は、全く収穫を得なかった。
今まで、武士に野菜を売ったことは記憶にない、ただ、遠巻きに、三、四人の武士が、腕を組んで、こちらを眺めていた風景は、何度か見たことがある。
しかし、今日のように詰め寄られたことは一度もなかった。
つまり、武士との間に過去に何かがあったのかもしれぬ、と、僧侶は結論付けた。
あの寺に来て、一緒に暮らしている前住職であるご
老僧様に、一度尋ねてみたことがあったが、はて、 わしは何も聞いておらぬが。などと、とぼけておられて、全く要領を得なかった。
そして、今日あんなことがあったので、思い切って
町人に聞いてみても、何もつかめなかった。 僧侶は
いったい誰に尋ねれば、本当のことがわかるのか?
今日の様子からして、武士には聞けぬしなあ。と、
タメ息をついた。
帰りの山道で、ふと、自分と同じ僧侶に聞いてみれば良いだけのことではないか。ということに今更ながら気付いた。餅は餅屋ということか、、、。と呟いた。この一年、寺の修繕のために働きづめだったので、一度ご老僧様に聞いただけで、触れずにおいてきたが、近いうちに、どこぞの寺を訪ねてみるか
と、 僧侶は簡単なことに気づけなかった自分を情けなく思ったりした。
山の中では、ただ春ゼミの鳴く声がしきりと聞こえる夕暮れであった。

銭の重みと仏ごころー4

銭の重みと仏ごころー4

  • 小説
  • 掌編
  • 時代・歴史
  • 青年向け
更新日
登録日
2020-05-08

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