茸初め

草片文庫(くさびらぶんこ)

茸初め

茸のファンタジー 


  今日は秋晴になった。秋雨前線がちょっと海のほうに後退したのだろう。ラッキーである。
 高雄駅から各駅停車の小淵沢行きに乗った。目的は小淵沢のペンションに一泊して、八ヶ岳の麓をぶらぶらし、動植物を見ようようと思ったからである。駅で宿を決めようと、泊まるところは定めていない。どのペンションもチェックインは3時なので、どこか途中で降りてよっていくのもいいと思い、朝7時と早い電車に乗った。
 小淵沢まで各駅で2時間30分強かかる。特急と比べると1時間ほどゆっくりしている。途中の駅で2、3回、特急の通過待ちをするので、それがなければもっと早くつくだろう。しかし、窓の外の緑を見てのんびりしといくのもいい。ボックスシートに一人づつ腰掛けて、それでも空いている、急ぐ必要がない時には各駅停車の旅はいいものである。
 勝沼、山梨市、窓の景色を眺めていると、もうここまできた。さて、次の駅はどこかとアナウンスをまっていたのだが、聞き逃したようだ。止まった駅はホームの木の柱がペンキで白く塗られていて、昔の面影を残している。さて、なんと言う駅だろう。駅は木々に覆われているようで、鳥のさえずりさえ聞こえる。降りてみよう、勘はあたることが多い。とっさにそう思って、リュックをつかむと、ホームにおり立った。その瞬間、電車の扉が閉まって動き出した。
 ホームに二本足で立っている駅名がかかれている看板を見ると、濃い緑で「草の原」とある。中央線はよく利用するが、このような駅があっただろうか。覚えがない。各駅停車でこの辺りを通るのは始めてである。
 ホームの中程に下に降りる階段があり出口の表示がある。下に降りていくと、左右に通路が分かれた。階段正面の壁に右は原町、左は虫湖と表示がある。虫湖とは面白そうだ。通路を左に曲がると、改札口駅員さんがいて、手を振っている。
 何だろうと思って近寄ると、
 「お客さん、すみません、今日は虫湖にユスリカの大群が押し寄せていて、接近禁止になっています、許可証をお持ちですか」
 そのようなものを持っているわけはない。
 「いつもは、そんなことはないのですが、急に現われてしまって、いつもは、源五郎、水澄まし、水カマキリ、トンボたちが遊んでいるのですが、避難してしまっています」
 面白そうだが。
 「行くことができないのですね」
 「研究許可証がある方だけはお通しできます」
 水棲昆虫を保護している湖かもしれない。
 「残念だなー」
 「観光ですか、でしたら、原町は今いいシーズンです」
 「そちらに何があるのでしょう」
 「茸の泉があります、いい町です」
 駅員さんの頭にカマキリが飛んできて止まった。
 「やあ」
 駅員さんが挨拶している。のんびりしたもんだ。
 まあ、それも面白そうだ。引き返して右側の出口に行った。
 改札口には女性の駅員さんがいた。手に赤い茸をもっている。
 「どうぞ、こちらが原町口です」
 にこにこして茸を振った。何の茸か分からない。
 スイカをタッチする装置がない。
 「これはどこにタッチすればいいですか」
 丸顔の駅員さんが大きな目を見開いて、それは何という顔をした。
 「これをタッチする機械はどこでしょう」
 再び聞くと、笑いながらうなずいて、空いている手の平を私が持っていたパスネットにタッチした。
 「楽しんできてください」
 なんなのだ。よくわからないが、外に出てしまった。駅は雑木林に囲まれていて、その中を舗装されていない道が遠くに見える町の方に続いている。
 てくてくと歩いていくと、雑木林に囲まれたところからいきなり十字路に出て、町が開けた。
 特に変わったところのない町である。まっすぐに延びた通りに沿って商店街が並び、奥には家家が建っている。歩道には街路樹が植えられていて、街灯にはスズランのような傘の電灯が立っている、角には赤いポストがある。
 いや見落としていた。電柱が一本もない。最近都内でも電線を地下に埋めようとしているが、この町ははじめからそのような都市計画になっていたのに違いない。新しい町なのだろうか。見た感じではむしろ一時代昔の面影がある。
 あ、それに高いビルがない。それもきっとこの町の計画なのだろう。
 まだあった、信号機がない。どうしてだろう。歩道と車道は区別されている。商店街に車がおいてある。ということは車は利用されているわけだから、信号がないのはおかしい。
 私が道を渡ろうとすると、右の方から赤い車がきた。車はすーっと、交差点の前で止まった。私が渡ると、車も動き出した。私を見たから止まったのではなさそうだ。人が道を渡っているというシグナルが車にいく仕掛けが十字路に施されているのだろうか。
 そういえば、横断歩道のマークがない。
 道を渡り、商店街の前を歩いていくと、また変わったところを見つけた。歩道に街路樹が植えてあるが、それが赤松である。根本をみると茸が生えている。松茸じゃないか。電気屋さんから男の子が出てきた。バットとグローブをもっている。それに、片手には茸が握られていた。
 「こんちは」
 男の子が私に挨拶をした。今の子は眼があっても挨拶ひとつしないのに珍しい。
 「やーこんにちは、野球しに行くの」と訪ねると、うなずいて「広場でみんなとやるんだ」と楽しそうに道を駆けてわたった。車が見えた。危ないと思っていると、車は男の子がわたる手前で止まった。車の性能がいいのだろうか。不思議である。
 電気屋さんの隣はコンビニエントストアーで、中で何人かの人が買い物をしているのが見える。
 まっすぐな道はとこに行きつくのだろう。茸の泉というのがあると駅員さんが言っていた。それをさがそう。しばらく歩いていると、郵便局があり、花屋さんがあった。花屋さんの店先で鉢植えの花に水をやっている女店員さんがいたので、声をかけた。
 「すみません、お尋ねします、茸の泉はここをまっすぐに行けばいいのでしょうか」
 「はい、きれいな公園になってます、原町一番の観光名所です」
 店員さんが水をかけている植物をみたら、なんと赤い茸だった。
 「花屋さんで、茸を売っているんですか」
 店員さんは不思議そうに「花屋ですから」と答えた。店の中を覗いて驚いた。枝についた花かと思っていたのは枝の先についている白い茸だった。小さな花束がいくつもおいてあると思ったのは、茸を束ねたものである。
 私が立ち止まってみているので、店員さんは「今花束が安いですよ、お土産にいかがですか」と茸の花束を指さした。
 ふと見ると、店員さんの片手に黄色い茸が握られている。
 「帰りにでもいただきます」
 「お待ちしていますね、茸の泉、楽しんできてください」
 花屋の店員さんは、ふたたびじょうろで茸に水をやりはじめた。
 歩いて行くと、また十字路になった。そこをわたると街路樹が赤松ではなくなった。水楢の木だろうか。根本に大きく育った舞茸が生えている。なんだここは。
 原町の街路樹は茸の生える木が植えられている。しかも茸も生えている。
 少女が首輪をつけた猫といっしょに、角から出てきた。猫は犬のように綱につながれている。少女の片手に黄色の茸が握られている。
 「こんにちは」
 やっぱり少女のほうから声をかけてきた。そこで、気になっていることを聞いた。
 「あ、こんにちは、茸をどうして持っているの」
 少女は不思議そうな顔をした。
 「だって、好きなんだもん」
 そういって、走り出した猫の後をかけて行ってしまった。
 私はともかく茸の泉に向かって歩いた。
 のどが渇いたので、何か飲み物と思って、自動販売機を探したのだがない。そういえば駅でも見なかった。おかしな町だ。草色で茸の絵が描かれている喫茶店があった。ジュースでも飲もうと思い入った。席に座るとウエイトレスがメニューを持ってきた。開くとジュースと書かれたところに、たくさんの種類が書かれている。
 網笠茸、卵茸、赤山鳥茸、唐傘茸、土栗、松茸、椎茸、占地。みな茸である。茸からジュースを作るのだろうか、それともただの名前だろうか。
 卵茸を指さした。
 「はい、シーザージュースですね」
 ウエイトレスはそう言って伝票にチェックを入れている。
 「いや、たまごたけ」
 と訂正すると、ウエイトレスは微笑みながら
 「卵茸はシーザーのお気に入りだったので、シーザージュースと呼ばれています」
 と言う。そうなんだ、うなずいて、ふと彼女の左手を見ると、白い茸を持っている。
 誰も彼もが茸を持っている。あの女の子は好きだからと言っていた。原町の人たちは皆茸が好きなのか。
 橙色のジュースが運ばれてきた。
 一口飲んでみた。なかなかおいしい、うっすらと甘みがあって、これはいける。
 ウエイトレスが他の客のところにジュースを運ぼうとしている。六人の客がテーブルに座っているが、片手に茸を持ちながらどうやって運ぶのだろう。
 見ていると、まず、開けてあった入り口の戸を閉めた。カウンターに戻ると、茸をカウンターの上においた。そうやって手から茸をはなすと、両手でジュースの乗ったお盆もちあげた。客に配った後は戻って茸を持つと、再び入り口の扉を開けた。
 なんの儀式なんだろう。不思議に思いながらシザースジュースをあっという間に飲んでしまっていた。
 茸のジュースが飲めるとは思わなかった。おいしい。代金を払うと外にでた。秋の空が青く澄みきれいである。
 ちょっと行くと交番があって、お巡りさんが歩道の端で立っていた。片手に青い茸をもっている。私を認めると話しかけてきた。
 「観光ですか」
 「ええ、茸の泉に行ってみようと思ってます」
 「いい公園です。お泊まりですか」
 「いや、その予定ではないのですが」
 「そうですか、もし、お泊まりになるようでしたら、茸を差し上げようと思いましてね、茸の泉を楽しんできてください」
 お巡りさんのベルトには拳銃はなかったが、皮の袋がつる下がっていて、茸が顔を出していた。
 なんだろう。不思議に思いながらも歩いた。
 ともかく、それから十分ほど歩くと、森が見えてきた。道はその森の中に続いている。とても気持ちのいい日で、よい散歩である。
 森の中の道は人が二人並んで通れるくらいの細さになった。車は入ってこないだろう。歩いていると頬にそよ風があたった。道の両側の森の中をのぞっくと色とりどりの茸たちがたくさん生えていた。鳥のさえずりも聞こえてくる。よく知っている鳥たちの声もする。
 おかしなことがあった、森の中には草が生えていない。茸だけである。それにしても生えている茸はみごとである。茸をよく知っている人ならば名前が分かるのだろうが、私にはその知識がない。しかし楽しいものである。
 眺めながら歩いていくと、いきなり、大きな泉に出くわした。湖と言った方がいいくらい大きなものである。泉は森に囲まれていて、岸辺には森の中とは違って、クローバなどの草が生えている。岸辺の脇に立つと、泉全体をが一望でき、きれいな家々が泉の周りに建っているのが見える。
 かなり大きい。泉を一周するとおそらく大人の足で一時間はかかるだろう。ただ、観光地であれば、入口に泉の案内図だとか、お店の図があるものだが、そういった看板類は一切なかった。観光案内所もない。
 ともかく歩いてみよう。湖の周りの草原にも可愛らしい茸がたくさん生えている。森の中とは違って、小柄な茸が群れていたりしいる。ベンチがいたるところにおいてあり、のんびりと泉を見ている人の姿がある。
 教会のような建物があった。八角形の濃い緑色の瓦で覆われた屋根のある搭がある。木でできていて、全体が若草色に塗ってある。ただ搭の先には十字架ではなく、赤い茸が乗っている。アーチ状の入り口には戸がなく、誰でも入れるようだ。茸堂とある。中に入ると大きな広い礼拝堂で正面には祭壇があった。ステンドグラスの窓からひかりが差し込んでいてきれいだ。
 近寄って見ると、祭壇には真っ黒な人の倍もあろうかという茸がでんと置いてあった。つくりものなのだろうか。なにでできているのか見ただけではわからない。
 祭壇の前の机には大きなクリスタルのボウルがあり、中には赤い水が入っている。儀式に使うのだろう。
 そこに一人の老婆が手に黄色い茸をもって入ってきた。
 脇に下がってみていると、老婆は祭壇の上のボウルの中に茸を入れて深々とお辞儀をした。
 お寺に行ったときにするような仕草である。
 老婆は言葉を発することなく、赤い水の中から茸を取り出した。茸は赤くなっている。
 老婆はもう一度腰を折り曲げてお辞儀をすると、すぐに外に出ていった。
 原町では茸の宗教があるのだろうか。
 私も茸堂からでると、再び歩き始めた。煉瓦でできたかわいらしい家の前にきた。ペンション草見とある。看板に一泊素泊まり3000円とある。ずいぶん安い。朝食付きで3500円である。
 小淵沢に泊まるよりここの方がいいのではないかと思うようになった。鳥たちの種類も多そうである。珍しい鳥に出会うかもしれない。ペンションは他にもあるのだろうから、まず一周してみよう。そう思ってさらに歩いた。
 レストランがあった。泉レストランとある。メニューを見ると、茸料理としか書いていない。よくみると、肉も魚も使われているのだが、必ず茸がいっしょで、そういう意味で茸料理なのだ。
 またペンションがあった。木造の二階建てで和風である。草片荘と木の看板がかけてある。ここの値段は素泊まり2500円になっている。こりゃ安い。
 森の中も覗きながら、ぶらぶらと泉の周りを歩いた。レストラン、ペンションが多いが、アパートがかなりあった。個人の家が森の中まで広がっている場所もあり、ここに住んでいる人はいい環境でしあわせだろう。郵便局や原町役場もあった。住むのにもよさそうである。
 泉の周りをこうして一周した。ゆっくり見て回ったこともあり、1時間半かかった。とても自然豊かなところである。ここに泊まる事にしよう。
 中でも、和風のペンションが一番良さそうである。また、茸堂の前を通り草片荘に行った。詳しくみると、朝晩の食事をつけても3800円である。これはいい。
 中に入ってみた。
 「いらっしゃい、お泊まりですか」
 白い髭のおじいさんが帳場から出てきた。手に黄色い茸をもっている。私が頷くと、
 「おや、茸をおもちじゃないので」
 そう聞かれたのだが、意味が分からずまたうなずいた。
 「うーん、大丈夫かな」
 いったいなにが問題なのだろう。
 「お巡りさんに会いませんでしたか」
 「会いました」
 「茸をもらわなかったのですか」
 「そういえば、聞かれました、くれると言ったのですけど、ここには泊まらないと言ったら、くれませんでした」
 「うーん、どうしよう」
 「何か問題なのですか」
 「わたしのほうとしてはいいのですが、あなたに何か起きるといけないと思いましてね」
 「茸をもらわないとどうなるのでしょうか」
 彼はそれには答えなかった。
 「もし、お客様ご自身の責任で、茸なしでお泊まりになるのであれば、かまいません、ディスカウントしますよ、夜と朝食付きで2500円でいいでしょう」
 なんというまけ方だろうか。
 「ずいぶん安くなりますね」
 「サービスはかわりませんが、ご自分の身はお守りください」
 「何か危ないことがあるのでしょうか」
 「いや、何も起きないかもしれませんし」
 しっくりこないが、そんなに危ないことはないような雰囲気だから、泊まることにした。ともかく安い。ずいぶん安い。
 「チェックインは何時でしょう」
 「もうかまいませんよ」
 12時をだいぶ過ぎているがずいぶん早い。。
 案内されたのは2階の20畳もある畳の間で一人である。トイレも掛け流しの風呂もついている。
 「ずいぶん広い部屋ですね」
 「修学旅行の生徒さんがとまることもあるので」
 「今日はこのペンションには何人ほど泊まっているのですか」
 「今日はあなたさんと、一家族です」
 これでやっていけるのだろうか。
 「食堂は一階にありますから、六時からです」
 主人はそういって下に降りていった。
 窓から見える茸の泉の景色はとてもきれいだ。お昼を食べて、森の中の鳥を観察しよう。きっと珍しい鳥にめぐり合えるかもしれない。
 下におりて、主人にそう言うと、主人が、
 「今日は、二時から茸堂で子供の茸初めがありますよ、誰でも入ることができるので、ごらんになるといいですよ」
 「それはなんでしょう」
 「成人式のようなものです」
 「お昼はここでも食べられますか」
 「出せないことはないですが、せっかくだから、泉レストランで茸料理を食べられたらいかがですか、ここの夕食も茸料理だが、また違うものがありますよ、あそこの茸ラーメンはお昼にはもってこいだ」
 主人にそう言われて、泉レストランに向かうと、見ている端から道の脇に、茸がポコポコ増えていく。立ち止まって見入ってしまった。
 クローバが覆っているところに、いきなり赤い小さな頭が見えたと思うと、くくくーっと、延びてきて、あっと言う間に傘が開いて、成長したきれいな茸になった。今度は黄色い茸がのびてきた。見ている間に、クローバの葉が見えなくなるほど、茸に覆い尽くされてしまった。茸がこんなに早く成長すると知らなかった。人が見ているうちに大きくなるなんてことがあるのだろうか。原町が特別なのだろうか。
 歩いていくと、泉のほとりは茸で埋め尽くされている。茸の泉にきた時にも生えていたが、こんなにたくさんではなかった。
 こうして、泉レストランについたときには、道以外のところは茸しか見えないほどになった。
 泉レストランにはいると、一人の女性がウエイターに注文していた。後は誰もいない。席に着くと、別のウエイターは左手に紫色の茸を持って、メニューを持ってきた。
 「草片荘の主人からラーメンがおいしいときいてきたのですが」
 「はい、お昼はラーメンを注文される方が多いですね、うちの茸ラーメンはよそのものとは違いますから」
 どう違うのか説明はなかったが、ともかく茸ラーメンを注文した。
 出てきたラーメンにはさすがの私も驚いた。ラーメンどんぶりに、いろいろな茸が汁に浸かっててごろごろしている。その上に麺がほんのちょっとのせてある。茸汁に麺が少しばかりかけてあるといった風情である。麺が茸で麺がチャーシューがシナ竹と言った感じである。
 ままよ、箸をとって食べてみると、ラーメンの味付けだが、茸がなかなかうまい。色々な茸が入っている。茸の種類はわからないが、それぞれ口の中での感触と味わいが違うのは楽しい。麺はラーメンという名前をつけるために入れてあるようなものである。
 食べ終わって泉のほとりに戻ると、たくさんの人が歩いていた。片手に必ず茸を持っている。
 人々は茸堂に向かっているようだ。
 私もその中に混じって歩いていった。
 茸堂ではすでに大勢の人たちが入り口に立っていた。神父さんの格好をした坊主頭のおじいさんが片手に茸を持って集まった人たちに挨拶をしている。
 私も入り口のところで立っていると、坊主頭の神父さんがやってきて、「観光客の方ですな、どうぞ前の方でごらんください」と、入り口に私をつれていった。
 「お子さんとご両親がきますので、その後ろについてください、喜ばれますから、原町の住人でない人に介添え人になっていただくと、その子供はグローバルな人間になるといわれてましてな」
 そう言うことで、私は介添え人にされてしまった。ただ付いて行けばいいだけのようで、式が間じかで見られるのは面白いかもしれない。
 拍手が起きた。お母さんとお父さんに手をつながれて五歳ほどの男の子が泉の道から人々が並ぶ間を通って入ってきた。
 坊主頭の神父が、私を両親に説明すると、両親が私のところにやってきて「よろしくお願いします」と頭を下げた。私もなんと言っていいのかわからなかったが、「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げた。
 男の子もぺこんと頭を下げた。
 こうして、両親につれられた男の子の後ろについて、祭壇の前まで行った。
 祭壇の大きな黒い茸がゆらりとゆれて、傘から汁を滴らせた。ぼうず頭の牧師が柄杓にその水を受けると、子供の頭の上からたらした。
 「さあ、ぼおや、とっておいで」
 そう言われたぼうやは、両親から手を離して外に向かった。
 どうするのかなと見ていると、「観光客の方、外まで見送ってやってください」
 と坊主の牧師に言われた。子供の後を行くと、ぼおやは泉のほとりの道にでると、ゆっくりと道をすすみはじめた。
 私も行くべきか迷っていると「観光客の方はそこまででいいですよ、帰るまでお待ちください」
 と言われた。
 「ぼおやはどうするのです」
 坊主の牧師に聞くと「泉の周りから、気に入った茸をひとつ採ってくるのです。本当に気に入ったのでないと茸堂の茸神に拒否されます。その間、みなさんにはジュースがふるまわれますので、のどを潤してください」という話だった。
 女性がワゴンを押してやってきた。見たことのある人だと思ったら、朝、茸のジュースを飲んだ喫茶店「草」のウエートレスさんだった。
 集まった人たちがワゴンの周りに集まって、紙コップを受け取っている。私も一つもらって飲もうとしたら、ウエートレスさんが「ゆっくり、ちびりちびり飲んでくださいね、ぐーっとのむと大変なことになりますから」と注意してくれた。強いお酒でも入っているのだろうかと思って、少しずつ口に入れたのだが、たしかに最初の一口で、体がかーっと熱くなった。しかしアルコール分は入っていない。二口目は、頭がすーっと軽くなり、目の前が明るくなった。三口目は空の上に吸い込まれるようになってきた。
 坊主の牧師さんが近づいてきた。
 「初めての方にはきついでしょう、茸堂の中で腰掛けてお休みください」
 足下がふわふわするので、坊主の牧師さんについて中に入った。
 「このジュースはなんでしょうか」
 「これはね、紅天狗茸のジュースで、町の人はこのお祝いの時だけ飲んでいいことになっているんですよ、それで、抽選に当たった人がお祝いにこれるのです。観光客の方は誰でも入れるのです」
 不思議なお祝いである。
 三十分も経ったのであろうか。入り口の方で拍手が聞こえるので見ると、ぼおやが一人でもどってきた。片手に白い茸をもっている。人々も茸堂の中に入ってきた。私も椅子から立ち上がった。
 ぼおやは気丈にも一人で、祭壇の前にすすむと、赤い水の中に茸をつけた。
 黒い大きな茸の傘からまた汁が滴り落ちた。坊主の牧師がそれを柄杓でうけると、赤い水の中に垂らした。白い茸が赤く染まった。
 ぼおやが、赤い水の中から茸を拾い上げると拍手がおきた。
 牧師が「茸神さまが祝福していらっしゃる」と声を張り上げ拍手をした。
 両親が私のところにきて礼を言い、少年の後をついて茸堂の外に出ていった。みんなもぞろぞろとでていく。
 「観光客のお方、無事終わりました、ありがとうございました、ぼおやも茸をもって、これで原町の住人になれました。
 坊主の牧師がそう言って奥に入っていった。
 時間を見るともう四時近い、森の鳥たちを観察するのは明日の朝早くのほうが良いだろう、歩いて疲れたこともあり、ペンションに戻ることにした。
 
 草片荘にもどると、主人が「よかったでしょう、茸初めは」と笑顔で迎えてくれた。
 「あのような儀式があるとは知りませんでした」
 「まだあまり知られていませんからね、さっきも言いましたが、夕食は六時からです、それまで、どうぞごゆっくり、部屋の温泉はいいですよ、飲み物はそこの自動販売機でお願いします」
 それで、缶ビールを買って、部屋にもどった。部屋の冷蔵庫にビールを入れると、風呂場に行った。風呂場の窓からも茸の泉が見渡せた。景色がいい。
 湯も温泉でとても気持ちがよかった。
 テレビをつけニュースを見ながらビールを飲んでいると、今日の茸初めという映像が流れた。さっき見てきた茸堂の中が映し出され、祭壇の前にいる私の姿があった。先ほどの出来事がすべて流れた。
 不思議に思って、チャンネルを変えるとNHKになった。もとにもどすと、原町チャンネルという文字がでた。どうもローカルチャンネルを見ていたようである。
 なんだか眠くなり、押入を開けて枕を取り出すと横になった。すぐ寝てしまったようだ。
 気が付くと5時半である。
 そのとき、戸を誰かがノックした。
 どうぞと声をかけると男性の声が聞こえた。
 「係りのものです、布団を敷きにきましたが、早すぎましたか」
 「かまわないですよ」
 入ってきた係りの人が「茸初めに行ってこられたのですね、テレビで見ました」
 「おもしろい風習ですね、とても日本とは思えない」
 「ええ、原町ですから」
 そう言いながら、片手に茸をもちながら、布団を敷き始めた。
 「茸をお持ちじゃないそうで」
 私がうなずくと、
「一晩大丈夫なら問題ありませんが、夜、窓を開けないでくださいね」
 と言った。
 いぶかしげな顔をしてたのであろう、
「もうすぐ食事ができていると思います、そんなに心配いりません」
 といって、布団を敷き終えると出ていった。
 下に降りると、食堂の一つのテーブルに食事が用意されていた。
 主人がカウンターからでてきてテーブルの前に座った私のところにきた。
 「今日はお客さん一人になりました、来る予定の家族がこれなくなったんですよ、何でも子供が熱をだしちまったそうですよ」
 彼は、並べられている食事の説明をした。
 「茸のお浸し、茸と鱒のフォイル焼き、鹿肉のステーキに茸ぞえ、茸のスープ、茸ブレッド、です、パンの代わりに茸ご飯もあります。飲み物はなににしましょうか」
 「ビールをください」
 「はい、ゆっくり召し上がれ」
 出てきたビールを飲んだら、ともかく気持ちよくなって、ふわふわしてきた。瓶のラベルには真っ赤な茸の絵があった。茸堂の儀式で飲んだ紅天狗茸のジュースを飲んだ時と同じようだ。真っ赤な茸の絵は紅天狗茸なのかもしれない。
 ともかく、この夕食は今まで泊まった宿やホテルのなかで一番おいしいものであった。
 部屋に戻って、もう一度湯に入った。風呂の窓から外を見ると泉の周りがライトアップされていてとてもきれいだ。波打っている水面が光を反射して、光が踊っているようだ。岸辺が緑一色ではなくて、赤、黄、白、紫、いろいろな色の粒が見える、マーブルチョコレートのようだ。目を凝らすと茸たちのようだ。そう言えば茸堂に行ったときニョキニョキ生えてきた。茸の泉の意味は茸が湧き出る所ということかもしれない。
 その日はいろいろなことがあったからだろう、眠くなり早く床に入った。
 夜中のことである。
 ざわざわ、ゴソゴソとたくさんの何かが動いている音がして目が覚めた。枕元においておいた腕時計を見ると、夜中の二時である。部屋の窓がぼんやりと明るい。泉はまだライトアップされているようだ。
 早く寝てしまった為もあるが、もう眠気もない。何かが集団で動く音も気になるし、起きあがった。
 窓を覗いてみると、岸辺で赤、黄、白、紫いろいろな色が緑の中で動いている。ザックから双眼鏡を取り出した。野鳥観察のために山には必ず持ってくる。
 のぞいてみて驚いた。茸たちが揺れている。いや動き出した。ダンスを踊っている。どうなっているのだろう。倍率を上げて見ていると、赤い茸と白い茸が同じ調子で飛び跳ねたりお互いの周りを回っている。しばらく見ていると、岸辺の茸たちが一斉に泉に向かって走り出した。なん百何千という茸である。なにが起こるのだろうと、見ていると茸たちが泉に飛び込んでいる。ザブンザブンとおとが聞こえるようだ。さらに倍率を上げてみると、茸たちが泳ぎだした。からだをぐるぐる回しながら進んでいるようだ。競争をしているらしい。どうも向こう岸に向かっているようだ。水面を茸が集団で泳ぐ様など見たことがない。かなりの早さである。
 これは面白い、茸たちが小さくなってきたので、窓を開け、双眼鏡の倍率をさらに上げた。茸は水しぶきをあげて進んでいく、やがて見えなくなった。
 変な事が起こるものである。寝ぼけているのであろうか。いや夕べ飲んだビールのせいかもしれない。もう一度床にはいるか、と窓を閉めようとしたところ、泉の水面に水しぶきが上がった。また双眼鏡で覗いてみた。これは大変だ。さっき行ったばかりの茸の大群がもどってきた。先頭にいるのは黄色の茸のようだ。紫色の茸が追いかけている、そのあとに赤いのが二つ競っている、すごい大群だ。
 どの茸が一着になるのか楽しみになって来た。窓を大きく開けて乗り出して双眼鏡を覗いていた。
 紫色の茸が先頭に立った。
 とうとう紫色の茸が岸辺に飛び上がった。他の茸もどんどん上がってくる。
 その時、紫色の茸が私が覗いている双眼鏡の方を見た。明らかに見た。すると、紫色の茸だけではなく、すべての茸が走り出して、こちらに向かった。すごい早さだ。双眼鏡など要らない、どんどん近づいてくる。
 あっという間に私のペンションの下まで来た。何をするのか見ていると、茸たちは壁を伝わって、開いている私の部屋に飛び込んできた。
 びしょびしょの茸が私にぶつかってくる。どんどん茸が部屋の中に入ってくる。私は押し倒されて仰向けになったまま畳に押し付けられている。ぎゅうぎゅうになっても、茸はまだ窓から飛び込んでいるようだ。二十畳もある部屋に茸が一杯になり、私は押しつぶされそうだ。肺が苦しくなって来た。畳みでなくて床だったら潰されている。
 いかん、死にそうだ。何とか足を持ち上げて膝を畳みに打ち付けた。あまり音がしない。しかし手足を何とか動かして畳をたたいた。
 どのくらい経ったのであろうか。顔の周りは茸だらけでむんむんする。目は茸出押されて見えない。鼻も茸に押されている。手足からだはみな茸でおしつぶれそうだ。は茸でひしゃげ、息がもうすぐできなる。
 そのとき、「こらあ」と言う声がした。
 すると、体が軽くなっていった。からだを少し動かせるようになると、茸が窓から外に飛び出しているのが見えた。
 戸が開いて、主人が私の傍に来ると手を引いて立たせてくれた。
 「良かった、間に合いましたな、また死んじまったかと思った」
 私は息を整えて、やっと声を出した。
 「ありがとうございました」
 「窓を開けちゃいけないと言ったでしょう、でも命があってよかった。前に泊まった人は亡くなっちまってね、往生しましたよ」
 主人の左手には茸が握られている。
 「あの茸はなんですか」
 「ここは原町、茸と供に生きているんですよ、あ、まだいた」
 赤い可愛らしい茸が、枕の上で震えている。
 「今日茸初めをごらんになったでしょう、あれは、ここで生まれて5歳になった子のする成人式ですがね、どういうことかと言うと、泉の茸の中から一生付き合う茸を一つ選ぶ儀式なんですよ」
 「どういうことか分かりませんが」
 「この泉からは茸が湧いてきます、そのたくさんの中の選ばれたものだけが、人間と共生して、長い人生を楽しめるのです。それで、洗礼された茸を持っていない人の部屋に押し寄せて、選んでもらおうとするのです。我々も茸をもっていないと、ねらわれることがあるのですよ」
 そういえばウエイトレスさんが両手で食器を運ぶ時、ドアを閉めてから茸をカウンターの上においていた。
 「彼らも、いい一生を送りたいのですよ」
 「茸が人といて何かメリットがあるのですか」
 「まず、その人の寿命をもらえます、同じだけ生きることが出来る、寿命が一週間ほどしかない茸たちは岸辺で踊ったり、泉で競泳をしたりはできますが、それも原町だけです」
 「しかし、茸にとって長生きだけではしょうがないじゃないのですか」
 「たくさん胞子を飛ばせる、それに、その人間と喜怒哀楽をともにできる。面白いテレビを人間が見ていれば、茸も楽しいのです。逆に人間にストレスがたまると、それを弱めてくれます。共生関係ですな」
 赤い茸が震えながらまだいた。
 「ほら、この茸、怖くて動けなくなっちまった、きっとあと一日二日でしなびちまうんだろう」
 なんだかかわいそうになった。
 「一晩だけでもいいのでしょうか」
 「そりゃあいいですよ、だが、なんだ、もし気に入ったら、洗礼をうけることもできます、なにも5歳と限ったものではないのですよ、いくつになっても共生関係はつくれる、ただ、原町に住むことになる」
 それは難しいにしても、一晩くらいはいいだろう、私は赤い茸をそうっと手のひらに載せた。
 ドキッとした、茸が大喜びしているのが伝わってきた。うれし泣きをしている。
 「それじゃ、窓をしっかり閉めて、お休みください」
 主人が出て行った。私は赤い茸を持ったまま、窓を閉めた。岸辺に戻った茸たちがこちらを見ているように思えた。赤い茸の幸運を羨ましく思っているのだろうか。
 寝る時はどうするのか分からなかったので、ともかく手に持ったまま床に入った。
 なんだかサワヤカで、すぐに寝入ってしまった。
 朝起きたとき、赤い茸がすやすや寝ているのに気が付いた。それにいつもは見ない夢を見た。はっきりしないが青春、若い頃のような夢だ。
 朝食にも赤い茸を持って食堂に行った。
 「どうです、赤い茸は」
 私はなんだか恥ずかしくて、ただ頷いて、こう聞いた。
 「原町に住むのは大変ですか」
 「あんたさん、何やってるのかね」
 「生きものの小説を書いています」
 「それじゃ、ここだって出来るだろう、インターネットもあればなんだってある。そういう人こそ、ここで暮らすべきなんだよ」
 「旅行に行く時には茸はどうしたらいいのでしょう」
 「はは、おとなしく家で待ってるよ」
 私は赤い茸が可愛くなって、洗礼を受けることにした。
手の中の茸がほかほかと暖かくなっている。茸も幸せのようだ。

 そういうことで、私は原町のマンションを借りた。いずれ、茸の泉の畔に家を建てよう。都会に住んでいる人々を呼んで、この町の住人にして、茸を幸せにしてやろう。
左手で持っている赤い茸は、いろいろな動物の話を思いつかせてくれる。昨日赤い茸にカメムシが止まった。隣の虫湖の住人だ。カメムシは人間との関係を色々語ってくれた。それだけで面白い話になる。
 原町は茸と供に生きる町である。

茸初め

茸初め

見知らぬ駅で途中下車をした。きれいな町で、茸の泉のほとりにあるペンションに泊まることにした。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-05-08

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