山春
段々畑の下方 墓地では鬼火がとび ひかりの跡
月が ぽかりとあいた天球をそのまま
照らしだしたほがらかな夜は
黒い海に慰霊の灯し火
家畜小屋は寝静まり
笛の音が山に返る
坂路の荷車も
(蛙のなくねも かねの音も)
そのどれもを相変わらず月が照らした
すこしずつ
人肌ほどの温度でみたされる
山のすみまで
なめらかにうつろうこよみ
ふたたび交合うわたしと春
たがいの躯に手を差しいれるように
微温い宵のなかへしずみこむ
(ああ、春は遠くからけぶつて来る、)
月は未だ山間にあり
九天はなお澄みわたり
山春
引用
高野辰之「朧月夜」(作曲・岡野貞一)
萩原朔太郎「陽春」
朧なき夜