ムーンライト

 ちょっとダウナーな曲で、酔った気分で、吐く不満はきもちいい。恋を、わすれるための渦におぼれる、ような、錯覚。
 体育の授業でならった泳ぎ方では泳いでいけない。ぶあつい布が隔てたそこに、きみがいる。波はかえらない。いつでも。思うようには、どうしても。
 へたに泳ぎをおぼえたせいで、すきにおぼれることさえできなくなった。わすれかたは、ならわないじゃないか。きみのこと。きみのすべやかな足の裏。ていねいに切られたつめ。キャップからこぼれた、襟足。
 死んだらおわり、ゆうれいも、あのよも、ない、わたしの思想はこのためだけの救いになる。死んだらきみを、わすれられる。
 でもそうできない、きみのなみだの海だけは、泳いでいかれない。
 おぼえることばかり強要されてきた。くりかえし、くりかえし、波のように、静謐な、夜をくりかえし、わすれようとする作業は、きみを深く、刻んでゆく。

ムーンライト

ムーンライト

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-05-05

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND