金魚が泣く

 健やかに君が呼吸をしていればいいと祈る遠い星のどこかでしゃぼん玉のように飛んでは壊れる誰かのやさしさを指折りかぞえる。いずれ町をやさしさの膜がおおって浸透してゆけばいいよ怒りや哀しみを溶かして君が残していった水の中の赤い金魚がときどき泣いているような気がする。こういう日はふかふかのホットケーキを焼きたい。
 神さまという不確かな存在に縋り執着し妄信し僕を捨てた母のことを僕はでもうらんでいないよ。可哀想だとは思っている。せんせいがくれた趣味の悪い柄のネクタイが首を絞めるそれであると静かな夜に訴えてくる無上の愛をせんせいがあたえてくれるのならばそれだけで。おわらない生をもとめて自分の子どもよりもいるかどうかもわからない神さまを選んだ母の人間臭さみたいなものを理解はできないが割り切ることは容易かった。君がいない生活になじみたくはなかったのに時間はひとの心をていねいにすこしずつ作り変えてゆく。密度をうしなった部屋。からだのどこかにあいたあな。せんせいがくれる中途半端な愛と君にあげられなかった僕のひとりよがりな愛と母が僅かのあいだでも僕にそそいでくれた愛をみんな一緒くたにして真夜中の高層ビルから放り投げたい。きょうもどこかで顔もなまえもしらない誰かが傷つき苦しんでいるのを想像してどうか君だけはと思う。どうか。どうか。

金魚が泣く

金魚が泣く

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-05-04

CC BY-NC-ND
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